吉川友梨ちゃん捜索の輪!・管理人の日記より

管理人の別サイトの日記から「捜索の輪!」に関する内容だけを抜粋しました。
また、2005年2月13日からはblog版「捜索の輪!」からも転載しております。(不定期更新)

2006年8月3日

一昨日栃木県の吉田有希ちゃん殺人死体遺棄事件で懸賞金が出たニュースを見ました。

栃木県警の当該ページも8月2日に更新されていました。
事件から8ヶ月、情報は相当寄せられているように感じますし、目撃情報も有ったように思います。
しかし事件解決に繋がる有力情報には至っていないようです。
行方不明になった栃木、そして死体が遺棄された茨城の皆様是非もう一度事件当日の事を思い出して下さい。

栃木・茨城県警察合同捜査本部
殺人死体遺棄事件に関する情報提供のお願い〜情報提供謝礼金制度が開始されました〜 平成17年12月1日(木)午後2時ころ、小学校を友達と徒歩で下校し、午後2時50分ころ今市市土沢地内で友達と別れた後行方不明になり、12月2日(金)午後2時ころ、茨城県常陸大宮市東町地内のおおみや広域聖苑南東約450メートルの山林内において遺体で発見されました。
  栃木・茨城県警察では、殺人死体遺棄事件として合同捜査本部を設置して捜査をしています。

http://www.pref.tochigi.jp/keisatu/hanzaisousa/hanzaisousa-imaiti.html

2006年8月2日

3年の報道が有ってから2ヶ月強。

あれから報道らしい報道は全くありません。
この時期に友梨ちゃん行方不明事件を知って頂くのは「ポスター・ステッカー」そしてwebだけです。

先日掲示板に「関西圏以外」の方からの書き込みを頂きました。
お住まいの地域ではあまり知られていないと書かれていました。

私は和歌山在住、大阪市内勤務、担当エリアが泉州地区と国道26号線に沿っての生活・活動エリアになります。
その為、事件現場や捜査本部に行く機会にも恵まれています。

時々情報交換の為に捜査本部の担当者様と面談したり、一人事件現場に行ったりします。

人一人行方不明になっている事、未だに全く手掛かりが見つからない事。
いつもいつも不思議に感じます。

突然女の子が行方不明になり3年以上も手掛かりが無いのは異常としか言いようがありません。

何故情報が出て来ないのか?
何故犯人に近づけないのか?
何故友梨ちゃんに見つからないのか?

人が行方不明になった事はそんな在り来たりの事でも良くある事でもないはずです。

大変な事件だと言う事をもっと分かって欲しいと思います。



2006年8月1日

昨日埼玉県の市民プールで小学2年生の女の子はプールの吸水口に吸い込まれて死亡しました。

吸い込まれないようにガードをしていた網が外れたのを監視員が補修をしようと工具を取りに行った間の事故です。
監視員が利用者に注意をしていたそうですが、「何故ポンプを停めなかったのか?」「他の監視員を吸水口の前に立たせていなかったのか?」悔いの残る判断でした。

その注意が何処まで浸透していたのかは分かりませんが、保護者にちゃんと伝わっていれば、全員にプールから出るように指示が出ていれば・・。
そんな事ばかり考えてしまいます。

事故が起こってから何を言っても仕方が無い事ですし、あとからなら私のようにいろいろ言えるかもしれません。
しかし、その全てを想定して監視する事が出来ていれば事故は起きなかったはずです。

今回早々に「市長のお詫び会見」がありましたが、その様子をテレビで見て、先の「パロマ事件」を思い出しました。
今回のお詫び会見はパロマ事件が無かったらもう少し遅れていたように感じました。
早々にお詫びをする事で非難の一端を回避出来るとの判断が大きく働いたと思います。

あまりにも人命や安全を軽く見過ぎた事故だと思います。



2006年7月31日

一昨日のwebと昨日の読売新聞の朝刊に警察官の怠慢の記事が載っていました。

交通事故現場で人が車両の下にいるのを気が付かず「物損事故」として処理していたそうです。
事故から4時間後に発見された時には既に死亡していたとの事で「新潟県警」は「即死」の発表をしています。
今回の事故に駆けつけた警官は2年目の新人?だったようですが、我々民間人は新人であろうがベテランであろうが「警官は警官」とて認識しています。

今回の事故処理に疑問を感じた遺族が「県公安委員会」に警官の懲戒処分を求め文書を送ったそうです。
人一人が死亡した(生存の可能性は否定出来ないが)事故のミスを単に「口頭注意」だけで済ます甘い体質。
そして本当に「即死」だったのかと言う疑いは拭えません。

今回この事を書くのは友梨ちゃん事件にもある意味大きく拘ってくるからです。
「警察の怠慢」「身内に甘い体質」「責任逃れ」
どれもこれも警察を信頼出来る内容のものではありません。
友梨ちゃん捜索の活動をしている我々としてはそんな警察の状態でも警察を信頼して情報を送って欲しいと思っているからです。

その為あえてこの日記を書きました。



2006年7月28日

本日、blog版「捜索の輪!」が90,000アクセスになりました。

一昨日はHP版が800,000アクセス、そして今月の10日に本館サイトが80,000アクセス。
携帯サイトは両方で71,000アクセスですが、委託版はカウンターを管理人版のカウント数を14,000アクセスくらいで引き継ぎましたので実際は両方で57,000アクセスくらいでしょうか?

管理人版は一時捜索の輪からリンクを外していたのでその間アクセス数が激減していました。
今は両方ともトップページにリンクをしていますのでほぼ同じ位の上がり方をしています。

また4月に作ったmixiの訪問数は2,300くらいになりました。
残念ながらコミュニティへの訪問者数は把握出来ませんが、こちらはまだまだ少ないと思います。

これらのすべてを合計すると延べ1,000,000人以上の方に訪問して頂いた事になりますので少しは発信の役目を果たせていると思います。

これからも出来る限り工夫をして訪問して頂けるように努めて参りますので皆様宜しくお願い致します。


2006年7月27日

今日営業車で走っていると、忠岡町の交番で友梨ちゃんのポスターを見かけました。

以前捜査本部に伺った時に「情報を必要としている警察の掲示板にポスターが貼っていないのはおかしい」と言いました。
「誰が情報を必要としているのか?」
親御さんであり、警察であるはずです。
情報を必要としている側からアピールする事でその必要性が伝わります。

当事者からの発信はそう言う意味で絶対必要な事ですが、交番の前をどれだけの人が通り、目を留めるか?
実は私は徒歩で交番の前を通る事は年に一度か二度しかないと思います。

では公共機関は?
役所、公共施設(市民ホール、市民会館、体育館)、学校施設。
これもほとんど入る事はありません。
交通機関は毎日通勤に利用しますが、立ち止まって見る事はほとんどありません。
しかしどれも必要な場所に必要として貼られています。
例え立ち止まらなくても貼ってある事で知っている人にとれば充分訴求効果はあります。

それなら知らない人の場合は?
毎日のように足を運ぶ「コンビニ」が一番効果的だと思います。
レジ待ちの間でも暫くは見て頂く事が出来ます。

警察、公共機関、交通機関、そして「コンビニ」「スーパー」。
それぞれ貼る場所での役割があると思います。
これからはもっと「コンビニ」への働きかけが必要だと思います。



2006年7月26日

本日HP版捜索の輪!が80万アクセスになりました。

カウンターを設置したのが3年前の7月20日。
いつも感じるのですが普段のアクセス数は400前後。
webに友梨ちゃんの記事や関連する事件が載った時は倍〜数十倍のアクセスが瞬間的にあります。
しかし普段は400。

80万÷3年=730アクセス。
大きな数字の時が何度かあった為平均訪問数は730/日になります。

多くの方の支援のお陰で3年経った今でも何とか400前後を推移しています。
多いのか?少ないのか?は私には判断が出来ませんが、捜索の輪!活動は多くの支援者の皆様に支えられてこれまで続ける事が出来た事は断言出来ます。

最近仕事が忙しくて帰りが遅いので平日の作業時間が30分ほどしか取れなくなりました。
掲示板やメールの返信の遅れやスルー、その他の更新作業の遅れお許し下さい。



2006年7月25日

秋田県の事件の初動捜査の事は前にも書きましたが、事件を事故として片付けただけではなく、事件(事故)現場を自宅近くの川原と大沢橋と現場自体が間違っていた事には呆れ返りました。

それを「事故と事件の両面で捜査をしている」とは言い訳にもならない発表までする始末。
「申し訳ございませんでした事件の捜査はしていませんでした。」と素直に非を認める方が往生際が良いと思ってしまいます。
一般素人が考えたって「警察の偽証」だと言う事が判ります。

私は警察の方とは友梨ちゃんの事で拘っていますので警察の不祥事や怠慢を目にすると複雑です。
すべての警官が同じだと思われる事、特に友梨ちゃんの捜査本部の担当者がそう思われる事は活動をする上で非常にマイナス要因になります。

「そんな警察は協力するに値しない」
そう思われてしまう事が一番怖い事です。

今の警察の状況を見ているとそう思われる方は少なからずいると思います。
それなら警察への協力では無く吉川様への協力と言う形でご支援を願いたいと心から願っております。


2006年7月24日

7月22日の読売新聞に「2人死亡の部屋、5か月前にも死亡発生…パロマ事故」の記事が載っていました。

間違いの無いように原文のまま掲載します。

パロマ工業の瞬間湯沸かし器による一酸化炭素中毒事故が相次いだ問題で、1989年4月に北海道北見市内のアパートで2人が死亡した事故の5か月前にも、同室で男性が死亡していたことが22日、わかった。
 北見署は当時、「急性心不全による水死」として処理していたが、男性の遺族は「息子はガス中毒死ではないか」と再捜査を求めている。
 この男性は、一人暮らししていた塾講師斎藤慎也さん(当時29歳)。88年11月21日夜、お湯を張った浴槽の中で死亡していた。釧路市在住の父武雄さん(74)と母よしみさん(68)によると、事故前日に部屋を訪れた際、湯沸かし器のカバーが外されていたため、慎也さんに理由を聞くと、「火が付きにくいから、ライターで付けやすいようにするため外した」と答えたという。
(読売新聞) - 7月22日13時31分更新

まず第一に警察が「ガス中毒としなかったか」為に、第二の事故が起こった事は明白です。
ガス事故なら当然発生源の機器を調べ、使用禁止、買い替えに繋がったはずです。

先日テレビで大きく報道されていた青年の場合も一酸化中毒ではなく、心臓発作か何かで事故処理をしていたはずです。
今回、製造メーカー、修理業者、機器の管理者以外に新たに「警察」にも責任の一旦が出てきたように思います。

秋田の事件も初動捜査に大きな疑問がありますが、今回の一連の事故でも一酸化中毒以外の死因で処理をされたケースが他にもあると思います。

事故が起きる時は原因が重なって起きる事が多いです。
その中で一つでもクリア出来ていれば今の犠牲者が半数以下に減っていたかもしれません。

製造メーカー、修理業者、機器使用者、警察。
責任の所在を明確にして頂かないと事故は再発します。



2006年7月22日

パロマのHPに今回の件での「受付件数」などが載っています。
日々更新されているのかを思っていたら毎日でもないようです。
当時の総販売台数は把握できても現在の使用件数までは把握していないと思います。
しかし、その中に「改造件数」も掲載されています。

「改造」安全装置の短絡の事ですが、これは一体誰の指示で行われたのでしょうか?
1.業者が修理に行って部品が無かったので応急処理で改造をおこなった?
2.修理代がかかるからユーザー、オーナーの指示でやった?
3.ええかげんな業者が直した振りして修理代を取った?(無償だった場合もあり)

今回取り立たされている不正改造の原因の究明も必要な事だと思います。

1.の場合は部品が入った時点で訪問しなければなりません。また部品の供給が無い場合はその旨を使用者に伝えて即座に使用を止め買い替えの促進を図らねばなりません。
2.の場合は一概に業者だけは責められませんが、専門家ですので危険性を充分に説明し1.のような対応をとらなければなりません。
3.の場合は重大な過失があります。

今回の事件を考えるとだんだんメーカー側だけが悪いと思えなくなって来ました。
持ち家に住んでいる場合はユーザー自身、賃貸に住んでいる場合はオーナー若しくはメンテ会社に管理の責任が多分にあるように思えてなりません。
そして業者も充分な説明を怠って「大丈夫ですよ!」と言っていたかもしれません。
しかし、年数を考えると危険性は見えてくるはずです。

今回の事件のニュースを見る限り賃貸マンションが多いように思いました。
一体問題の給湯器の所有者は誰だったのでしょうか?
誰が買い替えを先送りにしたのでしょうか?

・・・と20日に上の文章の下書きをしたところ「製造上の問題」が浮上して来ました。
製造から2年ではんだが割れる故障が起こっていたとの報道がありました。
何でも「寒冷地仕様」の機器が10度ではんだにヒビが入る事故が起きていたとの事でした。

本来ならこの時点で何らかの処理をしていれば「不正改造」に繋がらなかったかもしれません。

この事件の原因(発端)は何処にあるのでしょうか?
もしかしたらこれが事件の原因分子なのかもしれません。

今回の事故を生んだ発端をはっきりする事が益々重要な事だと思わせる発表でした。



2006年7月21日

15日の「社告」では、改造が原因で事故が起きた事を協調している内容になっています。

「メーカーとして仕方が無いから修理をしてやろう!」と言う驕りがひしひしと伝わってくる「社告」です。
しかし、18日の会見で「経年劣化で不具合が出た」と不正改造だけでは無く機器自体の不具合を言及しています。

一度出てしまった「社告」は仕方が無いですが、もう一度今分かった事実を再度「社告」として全国紙に掲載して欲しいと思います。
そして早急にパロマ工業のHPのtopicsの『06/07 経済産業省の「半密閉式瞬間湯沸器による事故」報告命令に関する対応について』の訂正を願いたいと思います。
責任逃れ、逃げ腰の対応ではこれからも事故が起こる可能性があります。

今回のパロマ工業の対応は前半は「三菱自動車型」の無責任、後半は「JR西日本型」の責任転嫁と大きな事故の悪い部分だけを学んだ酷い企業です。

ただ先の松下の事故と同様使用年数が20年以上経過していれば「経年劣化」はある意味仕方が無いことかもしれません。
食品に賞味期限、消費期限があるように「耐久消費財」にも使用期限を設ける、検査期間を設ける必要があるかもしれません。

そして賃貸マンション・団地等の設備の管理者や個人使用者も使用年数を考えて点検をしていかなければいけません。
製造者側だけに責任を押し付けるのではなく、管理・使用責任を放棄してはいけません。

<追記>

パロマのHPを開くとトップページがイキナリ「お詫びとお願い」に変わっていました。

大きなサイズだったのでじっくり読んでみると不思議な文章が・・。

「なお該当商品は、製造後すでに相当長期間を経過しておりますものですので、
お客様が希望される場合には、無償にて新型の製品と交換させていただきます。」
何故そこまでする必要があるのでしょうか?

「耐久消費財」は耐用年数がありますので買い替えが当たり前のはずです。
発売後間も無いものならその処置は正しいと思いますが、使用が20年以上も経っているものまで無償で交換するのはおかしな対応です。
使用者・管理者側が買い替え時期の判断を誤った部分もあったはずです。

今回の事でメーカーがそこまですると、なんでもかんでも無償で交換する事態に陥る可能性があります。
メーカー保証はあくまで無償修理までに留めないと際限なく交換の世の中になってしまいます。

事件の本質と対応をしっかりしないとすべての製造メーカーに大きな負担を残す結果になります。
今回はパロマの対応に問題があった為、異例の処置になったのだと思いますが正しい判断かは疑問です。

無償交換だけはしてはいけない事ではないでしょうか?



2006年7月20日

一環して「不正改造」と「憤り」を繰り返していたパロマ工業の社長の口から「お詫び」の言葉が出ました。

社内の危機管理の認識の甘さ、責任逃れの体質は「JR西日本」のそれと良く似ています。
それを考えると、昨日書いた「三菱自動車」のリコール隠しと同様、企業に大打撃を与えた事件の教訓は全く生かされていなかったようです。

「人の振り見て我が振り直せ」
それは他人や他の企業だけでなく「パロマ工業さん、あなた自身も含まれているのですよ!」
松下の事故、三菱自動車の事故、そしてJR事故。
一体どのような気持ちでニュースを見ていたのでしょうか?
「大変な事故やなぁ!」
「リコールしたら金かかるやろなぁ!」
他人事のように思っているから危機管理が疎かになるのです。
一体これらの事故の後、どれだけの企業が危機管理、安全管理、品質管理を見直したでしょうか?

事故を未然に防ぐ努力をしても事故は起こります。
まずは予防、そして起こった後の速やかな対処で第二、第三の犠牲者・被害者を一人でも少なくする事が可能です。

責任逃れや隠匿は被害を大きくするだけで解決ではありません。

現実を真摯に受け止め、対処する事が被害者を減らし、企業の信用に繋がるのです。



2006年7月19日

「パロマ湯沸かし器死亡事故」で製造メーカーのパロマ工業は終始「不正改造」を口にしています。

製品には問題は無い、不正改造した方が悪い。
何が不正改造なのか良く分からないのでwebで調べてみると多分この事を不正改造と言っているのだと思います。

瞬間湯沸かし器はパロマ工業製の4機種をはじめ、燃焼ガスを屋外に逃がすための電動ファンが内蔵されたタイプが大半だが、煙突を付けただけの自然排気タイプもある。後者は設置後、排気管の途中に電動ファンを後付けするケースが多く、その場合は不完全燃焼を起こさないよう、ファンの電源を落とした状態で給湯器が作動しないことを(2)の項目の中で確認する必要がある。
 ところが、電動ファンが内蔵された機種については、排気管が屋外に出ているかどうかを確認するだけで、電源を落とした状態の検査が義務づけられていなかった。経済産業省ガス安全課はその理由を「製品自体はすでに安全基準を満たしているため、点検の対象にはしていない」と説明する。

まず一つは、電動ファン内蔵タイプの点検時に電源を落とした状態での検査の問題があります。
これは検査の問題で不正改造に言及はしていませんが、内蔵タイプは電源を落とした状態ではガズの供給を止める安全装置をパスしていた可能性(不正改造)があります。

もう一つは電動ファン非内蔵機種タイプに後付けでファンを付けるケースの場合です。
後付ですので安全装置との連携は無く、何かのトラブルでファンが止まった時に充分に排気がなされなかったケースを言っているように思います。
前者は業者に多大な責任はあると思いますが、その事実を把握して対処しなかったメーカーにも多くの責任はあると思います。
後者の場合は製品自体に問題があったと推測されますが、メーカー側のコメントがはっきりしません。

何れにしろ最初に死者を出した時点で何らかの動きがあって然るべきだったと思います。

リコールは自動車メーカー、家電メーカーで多く発生します。
先日の松下電器のFFの事故、先の三菱自動車の事故。
死者は出なくても火災の可能性があるものは時々リコールが出されています。

製造責任はその製品が市場に出た時点から発生します。
早い時期のリコールは使用者を守るだけでなく製造メーカー自身も守る事を先の三菱自動車の件で学んだはずです。

それがまだ分かっていないメーカーが有ったとは本当に残念でなりません。



2006年7月18日

秋田県警の捜査の在り方が連休中のテレビ番組で大きく取り上げられていました。

それとは別に一旦報道され今はあまり公になっていませんが畠山鈴香容疑者が卒業した高校の卒業文集の事がweb上で飛び交っています。
当時の担任を呼んで注意をしたとの報道もありましたが、当時の畠山鈴香容疑者はどのような人物だったのでしょうか?

内容を読んでみると相当酷い事が書かれており、当時の彼女の境遇を考えると・。

擁護的な見方をすると当時彼女は周りから阻害され、苛めの対象になっており、その影響が後年まで続いたと想像出来ます。

逆に書いた方を支持的に見ると彼女の言動で周りが相当迷惑や被害・危害を受けていたのではないかと思われます。
担任もそれをそのまま受け入れた事を考えればそのような風潮になっていたのだと思います。

少年(少女)犯罪の裏側には親の躾、家庭環境が問題視されます。
人格が未成熟な人間はその庇護を受ける人間から与えられる外的要因に大きく左右されます。
それを跳ね返すだけの経験や善悪に対する認識が未熟な為に最悪の結果を招く事も多く有ります。

自分をしっかり持っていればそれに立ち向かって打ち負かす事も出来ますが、そうでない子は負けてしまいます。
また持って生まれた気性の為に犯罪を起こすケースもあると思います。

しかし今回の鈴香容疑者は33歳。
トラウマを持ったまま大人になったのか?


2006年7月17日

しかし、不思議な事件です。

畠山鈴香は自分で殺人を犯しておきながら彩香さんの事故死を「事故ではない、再捜査を!」と警察に詰め寄った事、情報提供を求めるビラを作った事。

一つは簡単に事件(事故)の幕が下りてしまった事で
「悲劇のヒロイン」の出番が無くなった為。
事故と断定された事に対する警察への不信感。
一説では「犯罪被害者給付金」を貰う為に事故では無く事件にする必要があった為。

何れにしろ彩香さん事件を早々に事故として処理をした秋田県警の怠慢が第二の殺人を生んだ一番の原因だと思います。
初動捜査がきっちりと行われていれば「豪憲君」殺害は間違いなく回避された事は明白です。

「育児放棄をした鈴香容疑者」
「捜査放棄をした秋田県警」
どちらの責任も大きいです。



2006年7月16日

秋田県の豪憲君殺害事件の容疑者の娘さんの死の真相が見えて来ました。

「事故」では無く「事件」です。
それも第三者が絡んだ事件では無くて豪憲君殺害事件の容疑者と同じ畠山鈴香、彩香さんの母親が犯人でした。

今回の自供で「やはり!」「そう思った!」方が多いと思いますが、私も豪憲君事件の時に畠山鈴香が怪しいと思った事がありました。.

しかし今回一番問題視されるべき事は秋田県警の彩香さん水死事故(事件)の捜査のあり方だと思います。
テレビのインタビューで「警察は事件よりも事故の方がお母さん良いでしょう」と言うような事を捜査員から言われたと言っていましたが、まんざら嘘ではなかったように思います。

今になって事件当日橋の近くでの二人の目撃情報も多数寄せたれていると聞きます。
一体どのような初動捜査がなされたのでしょうか?
「事件より事故にしたかった。」
「事件だと忙しくなるから事故にしよう。」
本当にそう思っていたように思います。

事件の真相とは別に県警の姿勢を追及して欲しいと思います。



2006年7月14日

先週2泊3日で家を空けて帰ってからメールを確認すると381通のメールを受信しました。

そのうち13通が「普通のメール」それ以外がスパムメールでした。
先日支援者の方から対処方法の一つとしてHTMLエンティティ化の方法を教えて頂き、サイトの修正をしました。
これから徐々にスパムが減ってくると思いますが、いつもながらアホラシイと言うか腹が立つと言うか・・・。
これだけ大量に送られて来ると必要なメールすら消しかねない状況ですのでスパムメールなど尚更見る事もリンクをクリックする事もありません。
どうせ送るならもっと相手を選んで送って貰いたいものです。
私は「スパムを相手にするほど暇では無い」と何度も書いています。
無作為に送る前に一度サイトを覗いて欲しいくらいです。

そうすれば無駄な事が理解して頂けるはずなんですが・・・。



2006年7月13日

移植関係のリンクを貼っています。

その中の一つに「ななみちゃんを救う会」があります。
リンクを貼ってからほぼ毎日状況の確認をしていましたが、最近忙しくて・・。

今日やっとゆっくりとサイトにお邪魔すると、「7月6日(現地時間:5日15時50分)移植手術が始まりました」との連絡が載っていました。
そして現地時間の6日5時12分無事移植手術が終わったとの報告がありました。

術後の経過も良好ですのでまずは大きな関門を通過したと思います。
これから拒絶反応や体力の回復等々まだまだ課題が山積みだと思いますが、これからもサイトを通じて経過を見守って行きたいと思います。

移植手術の成功おめでとうございます。



2006年7月12日

先日現場に同行して頂いた協力者の方と電話で話をしました。

前回の同行の時の話やその後気付いた事などを話し、最近近隣で不審者が出没している事などをお聞きしました。
先日も得意先の近所で刃物を持った男が現われた事があり、益々物騒な世の中になって来ました。
「子供見守り隊」や保護者の皆様が下校時の警護をして下さっておりますが、不審者・変質者は一向に減りません。
逆に増加の一途を辿ってるようにも感じます。

季節の変わり目には多いと聞きますが、この時期でも多いのには恐怖すら感じます。
もう一度不審者・変質者の洗い直しをして動きを封じ込めて欲しいと思います。
警察が動いている事を知れば少しは大人しくなると思います。

事件が起こってからの検挙より、事件が起こる前に抑止する事、防止、防犯が大事です。



2006年7月11日

先日から少しアクセス数が多かったの原因を調べてみました。

解析でリンク元を調べても大きな変化は見られませんでした。
「絶対何かある!」そう思っていろいろ調べてみると、いつものyahoo!からの訪問に原因がありました。

現在捜索の輪!のyahoo!の登録を遡ると「捜索の輪!」→「大阪小4女児行方不明」→「行方不明者」になります。
その中に「北朝鮮拉致事件」が登録されており、そこからの流れではないかと思われます。

先日から大きくマスコミに取り上げられていましたのでポータルのyahoo!を見て気になって訪問して下さったのだと思います。

直接的・間接的に拘らず何かの動きがあればそのまま数字に表れます。
自分で動けないから余計に周りの動きに数字が左右されます。
一人でも多くの方に知って頂くにはまだまだ出来ていない事が多いです。

一体何をすれば良いのか3年経っても結論は出て来ません。



2006年7月10日

仕事に追われて友梨ちゃんの活動が4年目に入った事を忘れていました。

2003年6月24日。
この日が今の活動を始めた日です。
休暇中にGSでじっくりポスターを見たのが切欠でした。
その日は6月上旬でしたが、それから約2週間悩みに悩んだ末自分のHPの1ページとして活動が始まりました。
それから徐々にページを増やして現在の形になりました。

長かったような3年、短かったような3年。
私は活動をしながらでもオン・オフがありますが、吉川様にはオフの時間は無かったはずです。

4年目を迎えても基本的な活動は変わりません。
少しでも活動の底辺を支えられれば何かが動くと思います。



2006年7月7日

今回の友梨ちゃんのポスターは今まで違う色使いをしています。

今までは赤色、黄色を多用していましたので「印象」が変わるように「青色」を使用しています。
内容は先の謝礼金の物とあまり変化はありませんが、「ぱっ!と見た時の印象」は大きく違うように感じます。
風景の一つに映らないように。
注意して見て頂けるように。

ポスターは貼った事で役目を終えるのではありません。
何が書かれているのか?何を訴えているのか?を見た方に知って頂くのが役目です。

今回は大阪府下や近隣の警察署にも貼って頂けるだけの枚数が出来上がりました。

「関心」「風化の防止」「協力」「支援」そして「情報」
様々な役割を持って皆様の目に触れる事と思います。


2006年7月6日

日記が2日も抜けてしまいました。

土日は前から「休刊日」にしているのですが平日は必ず更新をするようにして来ました。
最近仕事が忙しくて休日も思うように取れない状態が続いており、書きだめや、0時過ぎてのアップ等がなかなか出来ません。
書く余裕も徐々に無くなって来ているのが現状です。

今回は研修の為に横浜に2泊3日で行って来た為に抜けてしまいました。
従来なら行く前の夜に当日分、0時過ぎて翌日分の更新をして、帰ってから前日分、当日分の更新をして2泊3日の空白を埋めて来ました。
しかし今回はストックが無く完全に2日分空いてしまいました。
短い文章でも毎日更新する。
blog(HP)を見た方に「毎日更新している」事を実感して頂く目的で続けて来ましたが、今回は小休止です。

また明日から平日の更新を続けて参りますので宜しくお願い致します。


2006年7月3日

本日「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」に新しいポスターを追加しました。

このポスターは七山地区の皆様が友梨ちゃんの無事を信じて新たに作成したものです。
今回は府警管轄の警察署や多くの施設、団体に配布出来るだけの枚数を作られたそうです。
原紙はA3ですが、家のスキャナーがA4の為、縮小版ではございますがご家庭のプリンターで1枚でも印刷して頂き掲示のご協力をお願い致します。



2006年6月30日

先日泉佐野の得意先で友梨ちゃんの話をしたところ・・・

噂話かもしれませんが、気になる話を聞きました。
その話を先日捜査本部の担当者様に伝えると、「もう少し詳しくお聞きしたいですね」と言う事で近々捜査員が伺う事になりました。
気になる話、不確かな話でも多くの情報を集約すれば、一つの線で結ばれる事もあります。
「早速、捜査員がくるかもしれませんので宜しくお願いします。」とお電話をしました。

今日仕事の用事で電話をしたところ「警察が来たよ、余計な事を言わなかったらよかった!」と言われました。
上記に書いたような事をご説明させて頂き、またそれだけ捜査が難航している証拠ですのでご協力のお礼を述べさせて頂きました。
何も無いところから噂が出ません。
それが誇張・湾曲されて伝わったとしても何か原因になる事があって初めて噂が出ると思います。

情報源を遡って行けば噂の原点に突き当たるかもしれません。



2006年6月29日

捜査本部の担当者様から友梨ちゃんのポスターが出来たとの連絡を頂きました。

たまたま泉南地区を営業で走っていたので泉佐野の得意先を回ってから捜査本部にお伺いしました。
今回のポスターは七山地区が費用を出して作ったものですが、担当者様は「3年経っても地元がこれだけ支援してくれすのは稀なケースです。」と仰っていました。

その話を聞いた時「他の行方不明者の方々の地元はどのような状況なのか?」と気になりました。
他の方の支援活動の状況はほとんど見えて来ません。
状況は全く同じですので同じような動きをされていると思いますが、我々がその動きを知る機会はあまりないように思います。

もっと大きく報道して欲しい。
もっとwebを活用して欲しい。
そう感じました。


2006年6月28日

あれから掲示板も落ち着きを取り戻したようです。

いつも思うのですが、書き込んだ方は一体何をしたかったのでしょう?
例の推理のページを削除したかったのでしょうか?
私は今まで匿名やちょっと変は書き込みに対してもすべてレスを返して来ました。
掲示板を管理する者の務めだと思い、スレッドの最後は管理人のレス。
そう自分で決めて実行して来ました。
しかし今回の件を契機にその方法を変えようと思います。
必要で無いと判断した書き込みにはレスを入れない。
そう思っていてもレスを入れてしまうと思いますが・・・

今回今更ながら感じたのですが、投稿者名が無いのに気が付きました。
「題名が無題」で「お名前が題名」と非常にふざけた書き方をしています。
この時点で安易はレスをしなければ良かったのだと思いますがついつい・・。

IPも解っていますのでこれ以上書き込みが有れば当局に通報します。



2006年6月27日

また掲示板が荒れました。

一昨日掲示板に二月様の推理の投稿についての疑問を投げた方がいました。
私はたまたま掲示板を開いていたので気になりながらも直ぐにレスを入れました。
すると程なくまたまたレス。

あくまで推理は推理であってそれ以上でもそれ以下でも無いのですが、それを執拗に突いてきます。
こうなると非常に不味いパターンになるのでそのまま放置していたのが大きな間違い。
Cat's oh!様が見かねてレスを下さりました。

あとは掲示板を見て頂ければ一目瞭然、本来の趣旨とは違う問題で応酬合戦になってしまいました。
私が管理人の責務を果たさなかったばかりにご迷惑をお掛けしました。
レスを入れて下さったCat's oh!様は自分に矛先を向けようとして下さった事に深くお礼とお詫びを申し上げます。
また突然のお電話申し訳ございませんでした。

本来意見を言うのは自分の身分を明確にしなければならないと私は思っています。
責任の所在を明確に出来ない書き込みは無視すれば良い事なんですが、同じレベルで回答した私のミスです。
これからはその辺をはっきりとしたいと思います。

レスは管理人の責任→レスは管理人の判断



2006年6月26日

一昨日「友梨ちゃんの掲示板」にある書き込みがありました。

「吉川友梨ちゃん行方不明事件に関する、犯人像を推理した投稿」を対する批判の内容です。
このページは協力者の二月様が自分の推理を書かれていますが、あくまでご自身の推理でありこれが切欠であたらな関心や皆様に改めて考えて頂く事が出来ればと思い原文のまま掲載しております。

「強引な誘導とも思える推理を掲載するのですか」
「悪意を感じます」との書き込みを頂き困惑しております。
あくまで個人の推理ですのでそれをどのように取るかは個々の判断だと思います。

また「少し冷静になって考えてください。」とも書かれていました。
冷静になって欲しいのは私では無く投稿者本人では無いでしょうか?
私はいつも冷静にサイトを管理しているつもりです。
しかしこのような書き込みが冷静さを欠く結果になっている事だけは事実ですが・



2006年6月23日

先日捜査本部にお伺いした時に新しいポスターを作る話を聞きました。

七山地区が費用を出して一昨年に作った「謝礼金」のポスターを作られるそうです。
前回の謝礼金のポスターは掲載期間が過ぎていて使えないので新しく来年の7月までの期限の分を10,000枚作成中との事です。
何でも期間を一年にしなければならないそうですが、何故期限が必要なのかは私には判りません。

先日isagi100様が捜査本部に100部ほどご自宅で印刷して下さったものを届けて下さりましたが、ストックも1,000枚ほどになっているようです。
今は充分な枚数を送る事が出来ないようですが新しく作成されれば府下の各交番や施設、支援団体の皆様に配布して頂けるようです。
これでやっと色褪せたポスターを新しくする事が出来ると思います。

まだまだ「発信を続ける事」が大事な事です。
その為にはまずポスターから・・・。



2006年6月22日

2ヶ月以上前の話ですが友梨ちゃんが夢に出てきました。

私は写真の友梨ちゃんしか存じ上げないのですが、夢に出てきた友梨ちゃんは中学生くらいになっていて顔も写真に比べて面長な感じでした。

行方不明から3年が経過していますので今はどんな風に変わっているのかわかりません。
身長は?体重は?髪型は?表情は?

今何処かですれ違ってもご両親以外は解らないかもしれません。
女の子の9歳から12歳は随分容姿が変わっていると思います。

その中で我々に出来る事は「事件当時の情報の呼びかけ」「風化の防止の為の呼びかけ」しかないのかもしれまません。
しかし多くの方が独自で活動をされるケースも増えて来ているのも事実です。
一つでも多くの窓口から発信を続ける事であたらな支援が芽生える事と思います。

少なくとも今の活動を縮小する事は出来ません。
拡大しても関心が薄れていくので現状を維持するだけ精一杯かもしれません。
「支援の拡大」と「関心の減少」
どちらのスピードが速いのでしょうか?



2006年6月21日

担当者が変わってから教育委員会とは疎遠になってしまったのでほとんど情報が入って来なくなりました。

本来私の活動は警察と協調してでは無く、教育委員会と協調すべき活動だと思っています。
しかし、悲しいかな「温度差」「思い入れ」が違い過ぎた結果今の状態になってしまいました。

行方不明当初から拘って来たご担当者様は昨年の春に学校現場に異動され、それまでは電話やメールで日々連絡を取り合っていましたので非常に残念でなりません。
こちらからのお願いには快く協力を頂き、「今度こんな事をやりますので・・・」と連絡も頂きました。
しかし今度の担当の方からは1年経って一度も連絡がありません。
今まで教育委員会とは協調して活動をして来たつもりだったのですが・・・。

前担当者様が異動して1年。
「立場」よりも「気持ち」だったのしょうか?
それとも必要ないと判断されたのでしょうか?



2006年6月20日

先日掲示板に下記のような書き込みを頂きました。

初めまして。アクセス解析よりこちらのサイト様で私のHPがリンクされていることを初めて知りました。このような活動を広げていることは素晴らしいとは思うですが、私のHPタイトルが明らかに間違っていることと私のサイトとは趣旨が違うため、削除していただきたくお願いいたします。

最初は意味が解らずまた「いきなり不躾な書き込み」を送られるた事に少し憤慨しておりました。
「ゆりちゃんの輪!!」の1500のリンクからその一つのサイトを探し出してやっと訳が推測出来るところまで来ました。
不思議な事に3年近く前にリンク協力をして下さったサイト様のurlと今回ご指摘を受けたurlが同じだったのです。
多分協力を頂いたサイト様が閉鎖されその後同じurlで別のサイトが出来た為に今回の書き込みなったようです。

私も訳が解らないのと同じで相手も解らないのですから、いきなり不躾な行為には憤りを覚えます。
まずは事実関係の問い合わせでもして頂ければお互い気持ち良く対応が出来たはずです。

一方的にこちらに非がありきのスタンスでものを言って来るのは流石の私も腹が立ちます。
毅然とした態度の文章ですが、思い込みは時には相手の心に土足で上がり込む結果になります。

禍根を残すような事は極力避けたいと今回の件で勉強させて頂きました。



2006年6月19日

いつもご支援を頂いているisagi100様が今日友梨ちゃんが行方不明になった現場に行かれました。

途中捜査本部にもお寄り頂きポスターを捜査員に託されたそうです。
isagi100様本当にありがとうございました。
現場を歩かれたご様子を掲示板に書いて下さっております。

私も初めて現場を歩いてみて多くの事を感じました。
写真で見るより狭く曲がりくねって道。
車の通行量。
周辺の状況や通学経路。
行ってみなければ分からない事、感じ無い事を自分の肌で、自分の感覚で確かめる事が出来ました。

isagi100様も今までと違った感覚に襲われていると思います。
でも行って良かったとも感じておられるはずです。

その肌で感じた事を多くの方に伝えて行って頂きたいと思います。



2006年6月16日

秋田の事件の容疑者の自供に疑問を感じます。

豪憲君殺害の動機が未だに見えてきません。
どうも計画的では無い事を全面に出しての自供のようですが、腰紐や軍手が手元に有ったとは考え難いように思います。
毎日に豪憲君の冥福を祈っているという供述も容疑者の人となりを想像すると有りえないよな気もします。

真実は彩香さん殺害の真相が究明されて初めて解る気がします。
本当に悲しんでいるのか?殺害はしていないのか?

そちらを先に解明しないと真実は見えてこないかもしれません。


2006年6月15日

昨日の午後5時から急にアクセスが増えたので調べてみると、捜索の輪!のトップにリンクを貼っている「北山結子さん」が不明から丸9年の記事の配信がありました。

彼女が行方不明になったのは1997年6月13日。
当日の午後8時過ぎ、アルバイトから帰る途中、友人宅に電話をしたのを最後に行方が分からなくなりました。
友梨ちゃんと同じように目撃情報も無く、持ち物や自転車も発見されていません。

友梨ちゃんの3年、北山結子さんの9年。
2人とも不明のまま、しかし犯人はその3年間、9年間をのうのうと暮らしている。



2006年6月14日

シンドラーエレベータ社製の商品は社長や最高責任者が言っていた「製品(製造)上の故障は一度もない」と言っていましたが、結構世界で事故を起こしているようです。
やっと一応の「謝罪会見」をしましたが、日本人の心情を考慮しての異例の会見だったようです。

事故の自己責任の回避は「JR西日本」と同じ体質なような気がします。
欧州企業と日本企業の風土は違えども基本的な企業風土は同じだと思います。
JR事故は発生当初は「置石の可能性」と発表されました。
シンドラーは「メンテの問題」と言いました。

責任逃れの構図は全く同じです。

2006年6月13日

一昨年の夏頃からご来訪者数が固定化しリンク協力数の伸びが鈍化しました。

その為、捜査本部にお伺いして新しいソースの提供を行って来ました。

普段よりアクセス数が増える日も時々あります。
しかし、永年400台を維持していたアクセス数も3年を迎える少し前には300台がほとんどで200台の日もありました。
報道のお陰で「瞬間風速」で一気にアクセスが上がりましたが、すぐに落ち着き少しの間ですが、500台、600台の日もありました。
今は400前後を推移していますので、捜索の輪!の実力値は400なのでしょう。

1,000以上のサイト様でリンクを貼って頂いているにも拘らず400。
報道のお陰で下げ止め、底上げを繰り返して今まで維持出来たのだと思います。

先月の報道以来やっと永年続いた400台に戻りました。
しかし本当に不思議です。

何故400なのか?何処かにその根拠が潜んでいると思います。



2006年6月12日

金曜日の日記の続きです。

犯人像を推測する事は否定しませんが、私は掲示板をそのような目的で作った訳ではありません。
あくまで「協力のご報告」「応援メッセージ」の為に作ったつもりでいます。
そして極力犯人を刺激しないように努めて来たつもりです。

しかし3年と言う歳月が多くの方に不満と不審の気持ちが募って来たのだと思います。
「警察が解決出来ないのなら我々がやる!」
そう言う気持ちが「推理」へと繋がり「推理合戦」へと発展したのだと考えます。

しかし、この掲示板は上記目的で作った事だけは忘れないで頂きたいと思います。
掲示板を作って2年以上。
常に皆様に気持ちよく利用して頂く事を念頭に置いて運営をして来ました。
「悪戯」「誹謗中傷」「苦情」
削除したスレも沢山ありました。
警察に通報した書き込みもありました。
しかし大半は協力・応援の書き込みです。

一人でも多くの方に利用して頂き、その中から協力・支援に繋がれば幸いです。



2006年6月11日

昨日の日記にエレベーターのメンテの事を書きましたが、今回の事故を起こしたシンドラー社のエレベーターの事故が意外と多い事に驚いています。

保守の問題だけでなく製造も問題も多分あるように思います。
シンドラー社のHPでは終始自社の正当性を主張するコメントばかりで、遺族や被害者に対してお詫びの言葉は一言もありませんでした。

「世界第2位のメーカー」を自負し、そのようなメーカーの機械なので製造側の責任では無いと言いたいようです。
しかし、webで調べてみるとメーカーメンテされたシンドラー社製エレベーターでも事故が起きている事を考えれば強ちメンテのせいにも出来ないと思います。

もっと事故を真摯に受け止め「世界第2位のメーカー」と言うプライドも捨てて原因究明に当たって欲しいと思います。



2006年6月10日

シンドラーエレベーター事故で今のメンテの実態を垣間見たような気がします。

数年前からメーカーメンテよりもメンテ会社(保守専門会社)が安い料金でメンテ契約をしてメーカーメンテが減って来ています。
この業界では代理店でも特約店でも無いので技術講習や作業の資料の提供はメーカー側からメンテ会社には行われません。
競争相手ですので当然の事です。

部品の供給は仕方無しに行っているようですが、技術の提供が無いのでメンテ会社のサービスマンはメーカーメンテの作業風景をビデオカメラに撮って(隠し撮りや強引な方法で)それを資料にしていると聞きます。

今回の事故は「製造責任」なのか「保守責任」なのかはまだ解明されていませんが、メーカーがバックに無いメンテ会社はメーカーメンテと比べて背負っている責任が違い過ぎます。
メーカーメンテは保守責任と同時に製造責任を背負って作業をしています。

安い料金でメンテをしたい気持ちは解りますが、それで安全もコストダウンさせるのは危険過ぎます。
価格にはそれ相当の値打ちがあって価格が決まります。
安易に価格だけで走るとどんでもない事になるのは最初から解りきっていることです。

これを機会にメーカーメンテの再考を願います。



2006年6月9日

一時期掲示板が「推理合戦」の様相になって事がありました。

皆様本当に友梨ちゃんの事を心配して「可能性」を追求して下さりました。
しかしその側面には「警察」に対する不信感や不満があった事は言うまでもありません。
3年近く経って「どうして発見出来ないの?」「どうして解決出来ないの?」
その思いが今回の「推理」へと繋がったと思います。

玄人では見落としてしまう推測もあったと思います。
素人だから閃く事もあったと思います。
ほとんどは既に捜査済みのだとは思いますが、心理的な部分は可能性があると思います。
少しでも可能性があればその一つ一つに対して裏を取って頂きたいと願っております。

友梨ちゃん発見はご家族、警察だけでは無く皆の願いです。



2006年6月8日

秋田県の豪憲君事件の容疑者が殺害を自供しました。

連日容疑者の人となりをニュースで流れているのを見ると、殺人とは別に世間に同じような親が多いように感じました。
子育てをしない親でも子供にとっては大切な親です。
その子供の気持ちを顧みないで好き勝手な事をしている気持ちは私には理解出来ません。

豪憲君殺害の動機はまだ自供していませんし、彩香ちゃんの死の真相も解っていません。
彩香ちゃんは事故なのか、事件なのか、そして母親が殺害したのか?
何れにしろ彩香ちゃんの件が今回の豪憲君殺害に大きく関係している事だけは間違い無いと思います。


2006年6月7日

昨日「捜索の輪!」のリンク数が1,500になりました。

以前の日記(3月29日)に「1,500達成は6月」と予想しましたがその通りになりました。
1,400から1,500の100増に約8ヶ月もかかりました。
すぐに数字の事を書いてしまいますが、1ヶ月に13弱の増は関心の薄れを如実に表われているように感じます。

まだまだ私の知らない所でバナー貼って下さっていると思いますが、増え方に危機感を感じます。
閉鎖・移転等々で一割以上は減っていると思いますが、修正作業まで手が回っていません。
現在の実数は1300前後かもしれません。
その1300のサイトから今一度呼び掛けをして頂けないでしょうか?
「捜索の輪!」は皆様のサイトからも輪を広げる事が出来ます。

どうか今一度呼び掛けをお願い致します。



2006年6月6日

先日友梨ちゃんのお父様からメールを頂きました。

協力者の方からの情報をお伝えする為にこちらからお送りしたメールの返信です。
私が吉川様からメールを頂いたのはこれで2度目になります。

メールをお送りする時にどんな事を書こうかと画面を見ながら1時間近く悩みました。
結局簡単な挨拶だけで趣旨を書いてお送る事にしました。

「頑張って下さい」「応援しています」どの言葉も私には書く事が出来ませんでした。
返信に対するメールには何も挨拶を入れずに送るのが精一杯でした。

初めてお会いしたのは2年前の支援集会の時でした。
教育委員会様に間に入って頂き実現しました。
しかしそこでも「初めまして」の言葉しか言えませんでした。

あれから2年も経ちました。



2006年6月5日

101通。
この数字は6月3日の受信メールの総数です。(午後10時現在)
その中に捜索の輪!の支援者からのメールが1通だけ入っていました。

以前のような「スパムメール」とすぐ判る件名なら問題ないですが、非常に巧妙?な件名が付いているので内容を見ないと削除が出来ません。
半数以上がスパムフォルダに入りますが残り半数がそのまま受信トレイに残ってしまいます。

大事な1通のメールを誤って削除してしまう危険もあります。
アドレス帳に登録している送信者以外を拒否する事を出来ませんので、以前考えた「メールフォーム」の検討をしなければなりません。

受信側のプロバイダでの制御はもう限界に来ています。
送信側でもっと厳しい運用基準を作って頂かなければwebの崩壊が近い気がします。


2006年6月2日

昨日の日記に書いた方からメールを頂きました。

捜査本部の担当者様と電話で話をして下さったところまでは良かったのですが、どうも根掘り葉掘り聞かれたご様子でお詫びのしようもございません。

我々は人を信じることから出発しますが、警察は疑う事から始まります。
その為、ご本人に素性やアリバイめいた事まで事細かく聞いてしまったようです。
非常に残念は事にメールの最後に「もう多分かかわることもないと思います、ありがとうございました。」と締め括られていました。

情報提供、協力は当事者にとっては有り難い事です。
しかし、一方でご協力頂いた方のお心を傷つける結果になる事も多々あります。
状況が状況だけに仕方が無いと片付けられてしまう事になりますが、「協力」が一転して「疑い」に変われば誰だって疑心暗鬼になってしまいます。

しかし警察は疑っているのでは無く、潔白を証明する為に質問をさせて頂いた事をご理解下さい。
質問攻めにあってご立腹だと思いますが、これからもご協力の気持ちを持ち続けて頂きたいと切に願います。


2006年6月 1日

先日私信を頂いた方が捜査本部の方に電話をして下さりました。

今まで沢山の方が捜索の輪!経由で捜査本部の刑事さんと話をして下さりました。

直接警察に言うのを躊躇している方。
こんな事を言っても大丈夫?
あまり自信がないけど・・。
警察はどうも苦手。

いろいろな理由があると思います。
しかし、黙っている事が出来ない方が捜索の輪!に連絡を下さります。
お送り頂いた内容は全て捜査本部に一旦お送りしてから担当者様とお話をさせて頂いております。

そして必ず「一度直接お話をさせて下さい。」と言う返事が来ますので、それから情報を送って下さった方にコンタクトのお願いをさせて頂いております。
私からの説明やメールだけでは情報提供にはなりません。
直接ご本人様との話をして初めて情報になります。

大変ご面倒をおかけ致しましたがご協力本当にありがとうございました。



2006年5月31日

先日掲示板に書き込みを頂いた方から私信を頂きました。

詳細はこちらには書きませんがすぐに大阪府警にメールを転送させて頂きました。
少しでも捜査のヒントや補完の役目を果たしてくれればと思います。

しかし3年が過ぎた今でも「動機」が見えてきません。
犯人からの接触が一切ないのが大きな原因ですが、身辺からも何も出て来ないのでしょうか?
最初から事件なのかそれとも先日の佐賀県のケースのように事故から事件へと発展したのか?

何れにしろ犯人と友梨ちゃんは近くにいるとしか思えません。
平静を装っていても何処かでおかしな行動があったはずです。
その変化を一番知っているのは犯人のすぐ近くに住んでいる方々だと思います。
疑う事は良く無い事ですが、はっきりしたいと思っている方もいると思います。

蟠りを持ったまま過すのでしたら情報を送って下さい。
お願い致します。



2006年5月30日

先日の報道から急にウイルスメールが増えました。

今日は21通のウイルスメール、74通ものスパムメールがやって来ました。
アドレスを変えてから一時減っていたメールも元の状態(数)になってしまいました。
本当に他人に迷惑をかける奴の顔を見てみたいです。
隠れてこそこそしか出来ない卑怯者が人様の前に出てこれる訳はないでしょうが・・・。

そんな奴だからこんな姑息な事しか出来ないのでしょう。
きっと暗くて陰湿なやつなんでしょうが、たまには外に出てチラシ配りの手伝いでもすれば生まれ変われるかもしれません。

人に迷惑をかけるよりも人の為に少しは頭と体を使って欲しいです。



2006年5月29日

あれから10日が経ちました。

HPは何も無かったかのように平静に戻りました。
「瞬間風速」は何時もの事です。
しかし、その瞬間風速が何かを運んでくれたと信じています。
新たな関心・協力がそれです。

3年が過ぎれば次の報道(瞬間風速)は何時になるか解りません。
もしかしたらもう吹かないかもしれません。
しかしそれをとやかく言ったところで仕方が無いと思います。
「マスコミの力」や「ペンの正義」
良い意味での影響力は喉から手が出るくらい必要な事です。

しかし我々民間人に出来る事を精一杯続けて行く事が「使命」だと思います。
それしか出来ないですが出来る事をする。
ただそれだけです。



2006年5月26日

友梨ちゃんが行方不明になって3年、そして1週間が過ぎました。

泉州地区の沢山の掲示板には友梨ちゃんのポスターが貼られていますが、ほとんどが色褪せています。
ポスターは貼った時点でその役割を果たしますが、そのポスターを貼って頂いた方の役割はその時点で終わったのでしょうか?
「更新する事」を忘れていないでしょうか?

HPは更新をしないと古新聞と同じで誰も見向きをしてくれません。
掲示板のポスターも色褪せた時点でそれと同じ事が言えないでしょうか?

「協力して頂く事」は本当に有り難い事です。
しかし「協力を続けて頂く事」は難しい事だと思いますが、友梨ちゃん救出には必要な事です。

どうか協力して頂いた時の気持ちを思い出して、今一度ご協力をお願い致します。


2006年5月25日

最近スパムメールは減って来ましたが、ウイルスメールが毎日来るようになりました。

webの「罪」の部分です。
私はHPを始めて「功」の部分に多く触れて来ました。
「支援」「応援」「協力」そして「良き仲間」です。

昔はwebの付き合いはバーチャルな付き合いだと思っていましたし、実際そう言う付き合いもして来ました。
しかし、支援活動を通じて多くの方と交流するようになりました。
実際お会いして現地に行ったりポスターをお渡ししたりご協力のお礼にお伺いしたり・・。

最近忙しくて現実の世界だけでなくwebの世界でも疎遠になっている方も多いですが、いつも何処かで繋がっていると言う感覚があります。

また近々そのような方とお会い出来ると思っています。



2006年5月24日

先日(17日)に営業車に貼っている友梨ちゃんのステッカーを貼り変えました。

以前貼ったのは何時だったかと思い過去日記を読んでみると、昨年の10月17日に貼り替えたものでした。
家で印刷したものですので夏場は2ヶ月で色褪せてしまいましたが、日差しの緩い秋から春の時期でしたので7ヶ月耐えてくれました。
家で印刷した最後の一枚ですので、もう貼り替える事の無い様、友梨ちゃんが無事発見される事を願いながら貼りました。

6枚印刷して1枚をカッティングで失敗しましたので合計5枚。
一枚目を貼ってから1年1ヶ月。
貼り替える度に「これを新しいものに替えるまでに」と願い続けて4度。

もう新しいステッカーを印刷しなくても良いように・・。



2006年5月23日

「捜索の輪!」活動は報道と報道の間を補完する役目があると思っています。

新聞などに掲載された時は検索エンジンからのアクセス数が普段の数倍から10倍ほどに伸びます。
しかし、普段はブックマーク、リンク協力サイト様からがほとんどです。

先日チラシ配りをされた青年団の方から連絡を頂き、彼の心の叫びを聞きました。
「チラシを受け取ってくれた時は思い出してくれますが、すぐに忘れてしまうのだろう」と・・

「皆様に知って頂く為に」
「皆様に思い出して頂く為に」
そして「皆様に忘れられない為に」この活動を続けています。



2006年5月22日

年数を考えると今回の報道が最後では無いかと危惧しております。

3日、3週間、3ヶ月。
これが事件解決へのステップだそうです。
この節目に解決が出来なければ次の節目だと記者の方が仰っていました。

3年は余りにも永過ぎます。
先日取材の時記者の方にお聞きすると言葉を濁しておりました。
何か進展がある、証拠が出た、糸口が見つかった。
変化が無いとこれからの報道には期待出来ません。
しかし友梨ちゃんが行方不明になっている事は紛れも無い事実です。

世間に知って貰う事、世間に忘れ去れない為にも次の報道を願います。



2006年5月21日

昨日で友梨ちゃんが行方不明になって3年を迎えました。

一昨日の夜に友梨ちゃんの記事がヤフトピに掲載された影響で「捜索の輪!」への訪問者が一昨日の23時台の1時間だけで約5,400。
昨日の11時台にヤフトピから外れるまでの約12時間で19,000弱。
この2日間だけで約26,000の訪問を頂きました。
最近の数字からだと2か月分の訪問に匹敵する数値です。

先日から秋田での事件の影響で普段より少し訪問数が多かったですが、今回のこの数字は予想もしておりませんでした。
改めてyahoo!トピックスの影響力には驚かされました。

しかし一昨年の2月20日にも同じようにヤフトピに掲載して頂きました。
その時の2日間で86,000アクセスの数字を考えると確実に関心が薄れて来たように感じられます。

しかしこの影響もすぐに沈黙すると思います。
「瞬間風速」なのはいつも同じですが、その風が何かを残してくれる事を願っています。
しかしこれからは今回のような風は期待出来ないと思います。

あとはその風を感じて下さった皆様から新しい風を吹かせて頂ければ幸いです。
そして地道な活動を通じて一人でも多くの方に伝えて行くしか方法はありません。


2006年5月20日

今日、友梨ちゃんが行方不明になって3年を迎えました。

昨日から新聞やニュースで大きく取り上げられ関心が高まっているように感じます。
しかしそれは瞬間風速でしかないのかもしれません。
今日も友梨ちゃんのお母様がチラシ配りをされました。
もう何度愛する娘さんの為に皆様にお願いをした事でしょう。

今日の3年は本当に大きな意味がある日だと思います。
今までから確実に関心度が下がって来ている状況下で3年を過ぎるとどれだけ意識が低下するのか?
3月4月は卒業・入学の記事が出来ましたがそれも次は3年後になります。
節目は時と共に永くなって来ます。
マスコミの報道も少なくなるでしょう。
世間の関心もそれに正比例して少なくなるでしょう。

これから益々webでの活動が重要視されると考えます。
マスコミのように一度に多くの方に情報の提供は出来ません。
しかし地道な活動は出来ます。
皆様のお力をお借りして一人でも多くの方に知って頂き情報に繋げて行きたいと思います。



2006年5月19日

今日「共同通信」の配信記事が各地方紙に掲載されました。

テレビのニュースでは先日のチラシ配りの様子が報道されていたようです。
今日の記事を読んで一つ気になる事が書かれていました。

・・記事抜粋・・
通学路と脇道の交差点付近でわずか数秒の間に事件に巻き込まれた可能性があることが19日、府警泉佐野署捜査本部の調べで分かった。
・・ここまで・・

3年を目前に解った事はこれだけ?
それを調べるのにこれだけの時間を費やしたと思うと警察側に立てば「それだけ難しい事件」と言えると思いますが、我々にしてみれば「発表出来る事はこれしかないのか?」と憤りを隠せません。

明日は友梨ちゃんが行方不明になって丸3年、4年目を迎えます。
各報道機関が記事の配信をしてくれてる思いますが、その後の事を考えると複雑です。

どうかこれからも報道を続けて下さい。

<SNSより転載>


2006年5月18日

秋田県で昨日から行方不明になっていた山勝豪憲君(7つ)が遺体で発見されました。

本当は昨日行方不明になった豪憲君の事を書こうと思っていたのですが、時間が無くて今日書くつもりでいました。

ところが今日研修中にニュースで知り、ショックを受けました。

ニュースを見た時は「発見」されたと一瞬思ったのですが、良く聞いてみると「遺体で発見」と知り驚きと同時に衝撃を受けました。
「事故」では無く「殺人事件」と聞いて尚一層気持ちの置き所を失いました。

報道では豪憲君の家の2件隣の女児が先月水死体で発見されたばかりだそうです。
私もその事故の事はニュースで見たのを憶えています。
しかし、その時「水難事故」と聞いて少し疑問に感じた記憶があります。
当時「事故」として捜査が終了したようですが今回の事件で再捜査をするようです。

子供が被害に遭う「事故」「事件」はもう二度と聞きたくないと思っていますが後を絶ちません。
何かが狂っているとしか言いようがありませんが、その狂った何かを早く見つけなくてはなりません。


2006年5月17日

1年ぶりに毎日新聞社様の取材を受けました。

朝9時半に記者のI川氏に会社までお越し頂き、近くの喫茶店で約30分話をさせて頂きました。
「サイト開設の経緯」や「今後の活動」など少し話をさせて頂き、後は情報交換のような形でした。
日記を読んで頂いていたのでほとんどの事(私の思いや活動など)は把握して頂いており、確認のような取材でした。

以前も書きましたが、「捜索の輪!」は受身の媒体です。
新聞、テレビ、そしてポータルサイトからの情報を元に皆様がキーボードを叩いて始めて皆様の前に姿を現します。
3年を目前に一人でも多くの方に知って頂く為にはどうしてもメディアの力が必要です。
20日前後に記事が出るかもしれませんが、出ない場合もあると思います。

紙面の都合で仕方が無い事ですが、少しのスペースでも載せて頂きたいと思っております。


2006年5月16日

日曜日のチラシ配りの様子が記事に出ていました。

今回は130名のボランティアの皆様が各配布場所で1万7千枚ものチラシを手渡しました。

記事と共に写真も掲載されていましたが、今回も友梨ちゃんのお母様でした。
お父様は昨年から体調を崩されているご様子ですが、お母様は写真で見る限り気丈に振舞われているように感じました。

以前一度だけご両親にお会いする機会がありご挨拶をさせて頂きましたが、その時も気丈に振舞われておりました。
内心は非常にお辛いはずですが周りの方に心配をかけないようにしている姿には頭が下がる思いです。
「無事を信じているから」こそ気丈でいられるのだとその時感じました。

しかし3年近くもその気持ちを持ち続けている精神力は私には到底真似の出来ない事です。
そのお姿が報いられる時が必ず来ると信じております。

20日には難波、貝塚、和泉中央でチラシ配りが行われます。
情報をお持ちの方は是非捜査本部までご一報下さい。



2006年5月15日

先日捜査本部のご担当者様と電話でお話をさせて頂きました。

「5月20日を目前にサイトから発信する事はないですか?」
今までに何度も同じような事をお聞きしましたが、いつも返ってくる答えは、「皆様からの情報」「不審車両の事」の2点に集約されます。

特に昨日の日記にも書きましたが、「不審車両」「容疑車両」そして「皆様の車両」
「容疑車両」+「皆様の車両」=「不審車両」だと言う事をもう一度考えて頂きたいと思います。

「その日にその付近を通った」と申告して頂く事で「不審車両」−「皆様の車両」=「容疑車両」
の答えが限りなく「1」に近づきます。
その答えを導く為の方程式は上記の簡単な式でしかありません。
しかし、今はまだ「100」であり「1,000」であり「10,000」なのです。

「皆様の車両」の数が限りなく「不審車両」に数に近づくようご協力をお願い致します。



2006年5月12日

5月14日に泉南地区のスーパー数箇所でチラシ配りをするとの話を聞きました。

今まで何かの機会に何度と無く実施されていますが有力情報には繋がっていません。
特に5月20日前後、友梨ちゃんの誕生日の3月31日。
ボランティアさんや地元の方々、PTA関係が集まって必死に呼び掛けをされています。
大阪南部の方で友梨ちゃんの事を知らない人は少ないと思います。
「風化の防止」の為の側面はありますが、「情報提供」が本来の活動目的です。

何十万枚ものチラシを配ったにも拘らず、3年経って未だに進展のしない事件。
あまりにも目撃情報が少な過ぎる事件。
しかし、誰かがきっと知っているはずです。
犯人以外の誰かが・・・。

その一人かもしれないその人からの情報を待っています。



2006年5月11日

未だに不審車両の絞込みが難航していると聞きます。

「その日のその時間にその辺りを通行した!」
「知り合いの車とすれ違った!」
不審車両の特定は「絞込む事」よりも「対象から除外する事」が大切になります。
多くの車両から事件と無関係の車両を除外する事で事件解決への視界が開けます。

一台でも多くの車両を不審車両から外す事で容疑車両に一歩近づきます。
分母を減らす事で限りなく「1」に近づいて行きます。
今はまだ「数百分の1」なのか「数千分の1」なのか、もしかしたら「「数万分の1」なのかもしれません。

「分母を減らす事」これが皆様からの情報、申告が無い限り一向に減りません。
いや、減るのに時間が掛かり過ぎます。
その為の情報提供、自己申告が必要になって来ます。

もしかしたら皆様の車が不審車両のリストに載っているかもしれません。



2006年5月10日

各ページに貼っていたメアドを削除してから徐々にスパムメールが減って来ました。

日に寄っては10通くらいの日もあれば50通を超える日もありますが、以前よりも確実に減って来ました。
これで当分メアドの変更の必要が無くなったと思います。

しかし、今送られて来る内容のほとんどは「出会い系」のサイトです。
個人名で送られて来る事が多いので全て中身の確認をしないと削除出来ません。
今まで何度も消しかけて「これは違う!」と言うシーンが時々あります。
本当に「ややこしいメール」は送らないで欲しいものです。

私はそんなに暇ではありません。
短時間でHPやblogの更新、メール・掲示板の返信をしなければなりません。(blogのレスは半年以上失念しておりますが・・)
何度も書きますが協力して欲しいとは言いませんが、邪魔だけはしないで頂きたいです。

送る方は適当に送って相手がエサに掛かるのを待っているだけですが、私は協力者の方から送られて来たメールの選別をしなければなりません。
今は少なくなりましたがその一通のメールを心待ちにしているのです。


2006年5月 9日

小学1年生だった息子が友梨ちゃんが行方不明になった時と同じ4年生になりました。

私も4月で転勤して1年半になります。
息子の入学、私の転勤どちらも昨日の事のように感じます。
しかし、吉川様は私のように平穏無事な年月では無かったのです。
日夜友梨ちゃんの帰りを待ち続け、来る日も来る日の捜索の日々を送られております。

何時ゴールに辿り着けるのか?
何処がゴール地点なのか?
ゴール地点もゴールまでの距離もわからないマラソンほど辛いものは無いと思います。

「ゴールがあるから前に進めます。」
「目標があるから頑張れます。」
今の吉川様の目標は当然友梨ちゃんの無事帰還である事は間違い無い事ですが、一体何時?
今日なのか、明日なのか、それとも来月なのか?

必ずゴールまで辿り着ける事を信じています。
私は沿道で声援を送る事しか出来ませんが、立ち止まらないで前へ進んでください。


2006年5月 8日

先日半年振りに「友梨ちゃんが行方不明になった現場」に行って来ました。

前回は車から降りませんでしたが、今回はゆっくりと歩いてみました。
本当に狭い道ですので、道に車が止まっているだけで目立つ事を改めて感じました。
そして「意外と」通行量がある事にも驚きました。

今回の時間は休日の午前中。
犯行時間は平日の3時頃。
どちらの方が通行量が多いのかは解りませんが、歩いていると一台一台の車両の特徴が印象に残りました。
意識をしているからだとは思いますが、もっと現場付近からの情報(目撃情報、有力情報)があっても良いのでは・・。

そう感じた一日でした。



2006年5月 5日

最近漸く解析をしながら「ゆりちゃんの輪!!」へのリンク作業を再開しました。

以前はこれが一番大きな作業でしたが、リンクが多くなるにつれて減って来ました。
連絡を頂いたサイト様だけを載せるようになって長時間経ちました。
しかし今でも連絡なしで呼び掛けをして下さっているサイト様を多く見かけます。
帰宅してからの作業時間が限られているので毎日は出来ませんので休日にリンク元解析を続けようと思っています。

解析システムからリンク元を突き止めて、「ゆりちゃんの輪!!」のページに掲載・未掲載をチェックしてからリンク作業をしています。
しかし時々「重複」して掲載してしまう時があります。

現在1,492サイト。
しかし一割強は閉鎖、移転、リンクの解除があるように思いますので実数は1,300くらいしょうか?
その1,300サイト様からの訪問が全体の85%ほどになっています。
その他検索エンジンから10%、ブックマークから5%。
総訪問数が増えれば、検索エンジンからの訪問が単純に増、ブックマークは減。
減ればその逆の減少です。

協力サイト様、ブックマークからの訪問者様はある程度固定化されているようですので数字の変化は外的要因が影響しているようです。
それはマスコが動いた時です。
ニュース・記事の配信が関心に繋がり検索をする。
それが一つの切欠で新たな協力に繋がって行きます。

5月20日まであと2週間。
そろそろマスコミの動きが出て来ても良い頃だと思います。



2006年5月 4日

以前「SNS」の事を書きましたがblogと同様横の繋がりが非常に早い媒体のようです。

現在PCサイト、携帯サイト、blogから情報発信をしておりますが「SNS」でもその動きが出て来ました。
私はこれを第4のサイトと呼ぶ事にします。

「SNS」は友人、知人の紹介が無いと登録が出来ません。
それだけ繋がりが必要であり、その繋がりが威力を発揮します。
自分のサイトを作り友達を増やす。
次に共通の趣味などの集まりの場である「コミュニティ」を作ったり参加したりする訳です。
そしてまたそこから新しい友達を作る。
そうしながらどんどん知人を増やして行きます。
当然それと同時に情報も一緒に付いて行きます。

困った事、緊急な案件などをそのネットワークを使って発信する。
それが友達から友達へ、知人から知人へと伝わって行きます。

情報はある時期から急に一人歩きを始めます。
それまでは知って貰える様に努力・工夫が必要です。



2006年5月 3日

昨日のアクセス数の続きです。

昨日も書きましたが、HP版「捜索の輪!」への窓口(ポータル)の為にblog版「捜索の輪!」を作りましたが、開設して少し経ってからの解析の結果HP版とblog版の訪問者は別だと結論付けました。
それなら同じレベルで運用をしても大丈夫だと判断してblogの日記をそのままHP版に転載しています。
HP版400、blog版100。
この数字が「捜索の輪!」の日々の訪問者数です。

また、現在別の窓口を構築中ですがこちらは今のところほとんど訪問がありません。
手法が違うのか、訴求方法が違うのか、暫く静観して進退を決めようと思っています。

今は少しでも多くの蛇口を作って情報の発信をしていこうと思っています。
webでの発信は何かの切欠で大きく化ける事がありますので地道に続けて行く事が必要です。

きっと一人歩きを始めてくれると信じています。



2006年5月 2日

一時期減っていたアクセス数が少し増加傾向にあります。

永年400アクセス/日が続いていましたので発信の強化の為、蛇口を広げる為にblogを作りましたが一向に上昇傾向には至りませんでした。
blog版「捜索の輪!」からHP版「捜索の輪!」への訪問はたったの0.5%。
10,000アクセスの内50アクセスにしかなりません。
逆にこの数ヶ月は日を追う事に徐々にアクセス数が下がり300台の日が多くなりました。
200台の時も時々あり、このままではサイトの存在意義が無くなってしまうのではと感じる事もありました。
しかし、4月6日の友梨ちゃんの入学式を境に以前の400台に戻りました。

他の有名サイトでは10,000/日を超えるところも多くありますが、私はこの400を死守していかなければなりません。

たかが(たった)400 されど(貴重な)400。



2006年5月 1日

今日から5月です。

あと20日で友梨ちゃんが行方不明になって3年になります。
時々捜査本部の担当者と情報交換をさせて頂きますが、あまり芳しい話を聞く事が出来ません。
重要な情報を握っているかもしれませんが一般人には教えては貰えませんので・・。

この3週間は警察にとっても非常に重要な時期になってくると思います。
世間の関心が友梨ちゃんの卒業式から入学式、そして5月20日と繋がっている時期だからです。
この時期に一気に情報収集にしなければ3年を過ぎてからとでは大きな違いがあります。

今年の5月20日は重要な「ターニングポイント」になる事は間違いありません。
これからの一日一日が勝負だと思います。

2006年4月28日

先日「呼び掛けをしたいのですがどんな方法が良いか?」との問い合わせを頂きました。

私は返信で「売名行為」の事と「協力」の事を書かせて頂きました。
以下に抜粋した内容を明記致します。

上が「売名行為」のついての私の意見。
下が「協力」に対する意見です。

企業、団体からの協力の時に「売名行為と言われる事を覚悟して下さい」との言葉を添えて返事をさせて頂いております。
そして「今一番大事な事は情報の発信だと思います。」とも言わせて頂いております。
個人なら「協力」、企業・団体は「売名」
そう解釈する人が少なからずいる事も確かです。
私は「売名」でも「偽善」でもそんな事は気にしません。
そして気にしないで欲しいと思います。
先に書かせて頂いたように「何が大切か」それだけだと思っております。

非常に難しい問題だと思っております。
何故なら「自主的な協力」が「依頼的協力」になるかもしれない」と言う事です。
サイトに訪れてくれた方が自分の意思で協力して下さる、それが現在の捜索の輪!
の基本活動だと思っております。
自分に出来る事(リンクを貼る、知り合いに協力を依頼する、ポスターを配る等々)を自分で考え、行動してくれています。
その自主性が今までサイトを支えてくれた原動力だと思っています。

協力を頂いて偉そうな事を書かせて頂きましたが活動を始めて3年弱。
その間に皆様から教えられた事です。
私は回りに何を言われてもそれに甘んじる覚悟で活動を行って参りました。
それは友梨ちゃんやご両親の苦しみは比べたらとるに足らない事だと思っています。



2006年4月27日

HP版捜索の輪!の近況情報を時々読み返しています。

2003年の5月、6月は「捜査」の状況についての記事が多かったですが、その後8月と11月に少し、それから1年を迎えた2004年5月までは「ビラ配り」「安全対策」等、捜査状況の記事はありませんでした。
2005年の5月に至っては「有力な手がかりはなく、捜査は難航している」とのコメントがあるだけです。

目撃情報の乏しさ、物的証拠も皆無と厳しい捜査を強いられているのは理解していますが、捜査の進展が全く見えてこないのが心配です。
後3週間ほどで友梨ちゃんが行方不明になって丸3年になります。
今までの捜査資料から友梨ちゃんに、そして犯人に辿り着けるのでしょうか?
一歩でも二歩でも近づいて行っているなら時間は掛かっても辿り着けるはずです。

しかし、事件発生からその場に立ち止まっているなら・・・。



2006年4月26日

「友梨ちゃん」と「友梨さん」

先日「近況報告」の作業をしている時に初めて気付きました。
私は今まで一貫して「友梨ちゃん」と言っていましたが、4月に入り急に「さん」が増えたので中学生から「さん付け」になるのかと思い記事を読み返してみました。

すると「毎日新聞社」は行方不明当初から「友梨ちゃん」ではなく「友梨さん」でした。
何故か2記事だけ「ちゃん」があるのは記者が違うからでしょうか?

家の4月6日付の読売新聞の夕刊は「友梨さん」になっていました。

先月までは「友梨ちゃん」になっている事を考えれば概ね中学生からは「さん」にすると言う認識が各社にあるような気がします。
小学生が中学生になるだけでこんな部分でも違ってくるのだと思うと複雑な気持ちです。
それだけ長期化しているのが敬称にも現われています。

これからの報道は「友梨ちゃん」ではなく「友梨さん」になるのだと思いますが、捜索の輪!ではこれまで通り「友梨ちゃん」と明記して行きます。

報道期間の呼び方が変わっても「ご家族」や「我々」は写真の吉川友梨ちゃんを捜しているのだと思います。
止まったままの時間が早く動き出して欲しいと心から願っております。


2006年4月25日

JR福知山線脱線事故から1年が経ちました。

私が事故を知ったのは前の事務所に勤務している時でした。
ビル1Fの守衛室でテレビに齧りついている守衛さんに声を掛けられ、最初は「また事故か!」と思いテレビの画面を覗き込むと信じられない光景が飛び込んで来ました。

あれから1年。
先日から新聞では遺族の方々の生活などが特集として組まれています。
突然愛する家族を奪われ「怒りのぶつけ様の無い心情」「奥様を亡くされ家事全般をやりながら奥様の軌跡を追い続けている姿」
「携帯電話にメールを送り続けているご家族」様々な1年を過ごされております。

1年前に自分のblogで下記のような事を書きました。

『この20日に向けてのメディアの動きが先の「JR事故」の影響でどうなるのか懸念しておりましたので少し安心しました。
以前もある新聞社の取材の時「急な事件が入ったので・・」とドタキャンがありました。
「事件」「事故」で動くのが社会部記者です。
「JR事故」では相当数の社会部記者が取材に動いたと思います。
不謹慎な言い方ですが「事故」が20日前なら完全に紙面から弾かれていたと思います。』

苦情が寄せられる事を承知で載せましたが予想通り来ました。
例え方が不味いのは充分認識しての発言でしたが「大惨事」は当然大きく報道がなされ、また皆様の記憶に深く残ります。
しかし「友梨ちゃん事件」はたった一人の少女の行方不明事件です。

死者107名負傷者460名とは比較にならないかもしれませんが、ご家族にとってはたった一人の大事なお嬢さんです。
ややもすれば世間から忘れられてしまう事件かもしれません。
その為マスコミの報道が非常に大事であり大切であり必要なのです。

ご家族は「節目は感じた事が無い」と仰っていますが、マスコミや世間は「節目」を感じるのだと思います。

昨年の5月14日に新聞社の取材の事を書いた時に先の内容を載せました。
「事件・事故」で動くのが社会部記者です。
今年も何か大きな「事件・事故」があれば人も紙面もそちらに注力するはずです。

だからこそ非常に大切な5月20日なのです。



2006年4月24日

昨日漸く友梨ちゃんが行方不明になった現場周辺の写真を入れたページをアップしました。

以前から掲示板やメールで「現場の写真を」との要望があり、また私も今まで一度しか現場を訪れていなかったので、念願の二度目の現場訪問に併せて写真を撮って来ました。
過去に現場を通った方、事件前後に通った方は改めて現場周辺の事や当時の記憶を、そして一度も現場を訪れた事の無い方は実感として受け止めて頂けたと思います。

この場所の何処かで友梨ちゃんは何者かに拉致されました。
目撃情報が無いので確定ではありませんが、ほぼ車両が犯行に使われた事は間違い無い事だと思います。
こんな狭い道で停まっている車なら通行の妨げになります。
そして非常に目立つはずです。

2003年5月20日(火)午後3時前後にこの付近を通行した方、そしてその時間帯に走行並びに駐車していた車を見かけた方は是非捜査本部までご一報下さい。

皆様からの情報がもっと必要です。



2006年4月21日

ついに2年11ヶ月が経過してしまいました。

後1ヶ月で友梨ちゃんが行方不明になって3年です。
1年、2年、そして3年。
何かにつけて3年は大きな節目だと思います。
幼稚園は年少・年中・年長の3年、小学生は低学年の3年、高学年の3年。
そして中学生の3年、高校生の3年。

「石の上にも3年」
この言葉は「何事も3年続ければ何とかなる」と言う意味だと私は解釈しています。
また別の意味は「3年続ければ見極めが出来る」のだと思います。
それだけ多くの意味・心構え・信念・判断が交差するのが3年だと思います。

そう考えれば「一区切り」の時期なのかもしれません。
捜査・報道も転換期が来ているかもしれません。
捜査方針・取材方針も今までの3年間とは違ってくるかもしれません。

しかし「捜索の輪!」は今までと同様、いや今まで以上に活動を続けて行く所存です。
友梨ちゃんが見つかるまで「区切り」や「転換期」はありません。



2006年4月20日

「スパムメール対策」の一環として、現在捜索の輪!のトップページ以外に貼っている「連絡先」を削除しました。

前回のメアド変更の前までは全てのページに貼っていましたが、同じ内容のスパムメールが複数来るのはこれが原因だと思い一部を残して削除しました。
しかし、相変わらず複数の同じメールが来るのでトップページ以外のメアドは全て削除をさせて頂きました。
これで新規?のスパムメールが一つでも減ると有り難いのですが・・・。

本来各ページに連絡先を入れていたのは、ページを訪れて下さった方が「ちょっと連絡しよう!」と思って下さった時に判りやすいと思い貼っていたのが悪影響を及ぼしたようです。
今後は大変申し訳ございませんが、トップページからお願い致します。
これで駄目なら「メールフォーム」を利用しないといけなくなりかもしれません。

しかし連日50以上のスパムメールが送られて来ます。



2006年4月19日

先日、友梨ちゃんのポスター・ステッカーを貼っている車を6台見かけました。

今までは2.3ヶ月に1台でしたのでその多さに驚きと同時に嬉しさを感じました。
それは友梨ちゃんの入学式の頃でした。
その時の報道を見て協力して頂いたのか、以前からなのか?

協力は本当に些細な切欠から始まると思います。
「人から聞いた・テレビ・新聞・webで見た」
「自分も同じように子供がいるから」
「ポスター・ステッカーを貰ったから」
偶然なのかもしれませんし必然なのかのしれません?
何れにしろ「気になったから」協力に繋がったのだと思います。

事件を知り、何かしようと思い、そして材料がある。
それが車のポスター・ステッカーであり、街角のポスターだと思います。



2006年4月18日

先日久しぶりに泉佐野警察に行って来ました。

捜査本部の担当者様と近くの喫茶店で情報交換と同行の打ち合わせ。
今回は捜索の輪!の掲示番の書き込みを印刷したものと他の資料を持ってお伺いしました。
約1時間お話をさせて頂きましたが、未だに不審車両の捜査が難航しているようです。

「容疑車両を捜す前に容疑車両から除外する作業」
私は「2年11ヶ月前の事は憶えてないでしょう」と言うと「仕事や商売をしている人なら手帳や伝票からその日の行動を思い出して貰えるはず」と仰っていました。

納品伝票などには日付が入っているからです。
伝票を繰って頂き2003年5月20日の伝票を探してみてください。

きっと記憶が蘇って来るはずです。



2006年4月17日

「まなちゃんを救う会」にまなちゃんのお父様からのメッセージが掲載されていました。

「無事渡米出来た報告」と「まなちゃんや現地の様子」です。
非常に丁寧な報告は現地での落ち着いた様子が伺えます。
それはまなちゃんの容態が安定している事を物語っていると思います。

募金総額も2億円を超えましたのでそれも気持ちを落ち着ける要因になっているのでしょう。
また近々お母様からのメッセージがあるようですのでまた違った報告を知る事が出来そうです。

以前も書きましたがwebの良いところはこんな事を言うのだと思います。
新聞にも載らない事実・現実。
時には悲しい知らせを目の当たりにする時もありますが、まなちゃんのように刻々と変化する現地の状況をする事で無事を祈っている多くの方に伝える事が出来ます。
「応援して良かった!」「募金して良かった!」「元気でいて欲しい!」

更新する事は大変な事だと思いますが、時々で良いですので続けて欲しいと思います。
まなちゃんが無事移植が出来る日まで、いやそれ以後もご家族3人元気で頑張って頂きたいと思います。


2006年4月14日

一昨日の「まなちゃんを救う会」のHPにまなちゃん渡米の報告がありました。

ご両親からのメッセージはまなちゃんの状況報告ですが、非常に落ち着いた感じで書かれていますが必ず元気で帰って来るとの力強い意志も感じました。
それはきっと多くの方の支援が背中を押しているからだと思います。
沢山の方がまなちゃんの移植の費用の為に奔放され、多くの方がそれに答えて下さりました。
「私達家族だけでは無い。沢山の方がまなちゃんを見守ってくれている。」そう感じて下さっていると思います。

出発は昨日。
無事現地の医療チームにバトンタッチが出来、移植まで万全の体制でいて頂きたいと思います。
そして手術の成功、拒絶反応のと闘い。
まだまだ多くのハードルがありますが、必ず元気な姿で帰国出来る事を信じております。

「まなちゃん!行ってらっしゃい!」


2006年4月13日

少し前の話になりますが、下表は4日の「捜索の輪!」のアクセス推移です。

19時台にyahoo!のトピックスに友梨ちゃんの記事が載り22時台に外れました。
2004年の2月20日に同じようにyahoo!のトピックスに掲載された時は1日で80,000アクセスあった事を考えれば関心度が極端に低くなっています。
その時は「捜索の輪!」の紹介もして頂いたのが数字に表れたのかもしれません。
しかし80,000と1,000ではあまりにも違い過ぎます。
yahoo!のトピックスに載らなくても記事の配信があれば1,000を超える事もありますので2年と言う歳月がそのまま数字に表れているでしょうか?

yahoo!トピックス友梨ちゃんの事が載ってもこの有様ですので、それを考えれば今回の数字には危機感すら感じます。

31
17

22
14

11
8

4
2

6
5

2
2

10
6

7
5

12
7

9
9

12
9

18
11

13
10

19
13

13
7

19
14

32
13

55
29

34
16

128
78

205
125

286
130

174
83

71
30

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23


2006年4月12日

一昨日のアクセス数の原因が解りました。

9日秋田県で行方不明になっていた畠山彩香ちゃん(9)が遺体で発見されたニュースが関連しているようです。
キーワードは「行方不明」、彩香ちゃんは友梨ちゃんが行方不明なった時と同い年です。
残念な結果に終わりましたが、事件性は無いようだと報道されています。
しかし、事故にしろ事件に巻き込まれたにしろ大事な命が失われた事には変わりは有りません。

大人がもっと注意して子供の安全を守っていかなければならない事を改めて感じました。
事故の経緯はまだ公表されていませんが、誤って川に転落したのか、誰かに突き落とされたのか?

誰かが見ていれば防げた事かもしれません。
誰かが見ていれば助けられたかもしれません。

一人で歩いている子供をもっと注意深く見て行く事が大事な事です。
彩香ちゃんのご冥福をお祈り申し上げます。



2006年4月11日

昨日は久しぶりに700アクセスを超えました。

リンク元を解析すると「yahoo!登録サイト」からが全体の24%ありました。
700アクセスの24.5%ですので、約170アクセス。
何かの報道がされた時はここからのアクセスが増えます。
今回は何処からの報道なのか判りませんが、何処かで何らかの形で報道されたのだと思います。
普段は大体3〜6%ですので、数倍から10倍近いアクセスになります。

検索エンジンからのアクセス数を調べてみると直近の3ヶ月では数%〜10%ですので概ね同じような数値が出ています。
何れにしろマスコミの報道は大きな牽引力になります。
「忘れられない様に」
「思い出してもらえる様に」

これからも記事の配信を強く願います。



2006年4月10日

「羽純さんを救う会」様のサイトにお伺いして・・・。
4月2日にドナーが見つかり無事手術が成功したと書かれた次の行に・・。

術後様態が急変して手術から3時間後に羽純さんは20歳の生涯を閉じました。
あまりの突然の事で言葉も見つかりません。

サイトには彼女のコメントが書かれていました。
何気ない言葉ですがとても重い言葉だと思います。

皆さん何気なく生活していると思いますが、
その何気なさが幸せなんですよ!
今、頭をかかえて悩んでる人、人生
つまんないなぁ〜と思っている人、
今までずーっと幸せじゃないって
コトはないと思います!!
それに今が幸せなんです!!
とにかく私が言いたいコトは自分や家族、
他人の命は大切に!
                羽純


その文章を読んで今の自分が「何でこんな事でクヨクヨしているのか!」そう感じました。
生きている事、元気な事、それが幸せな事なんだと・・・。

羽純さんのご冥福をお祈り申し上げます。



2006年4月7日

昨日は記事の配信が多くありました。

先月の卒業式の時もそうでしたが、今回も式の事だけしか書かれていませんでした。
捜査は未だに遅々として進んでいないようで時間だけで虚しく過ぎて行っています。
もっと具体的な捜査内容を公表して欲しいといつも思うのですが、事件の特異性を考えれば「公表する時」=「解決の時」なのでしょうか?

寄せられた情報はこれまで2,000件に達していますが有力情報には繋がっていないようです。
時間が経てば経つほど情報の信頼性、鮮度が落ちて行きます。
今までの情報の再確認・再検証、そしてあたらな情報を如何にすれば得られるか?

友梨ちゃんと犯人が接触した時点の情報が一つでもあればもっと早く解決していたはずです。
しかし不思議にもその情報がありません(公表されていないだけかもしれませんが・・)

接触地点は?接触時間は?それは何分間か?犯人は男か女か?単独か複数か?車両は?
3番目まではほぼ特定されているようですが、後の3つで糸口になるのは車両だけだと思います。
それも膨大な台数からたった1台を見つけるのに今まで費やした時間だけでは足りないのかもしれません。

「その日のその時間帯にその付近を通行した!」
皆様からのその一言で絞込みが出来るはずです。



2006年4月6日

今日は友梨ちゃんの中学校の入学式でした。

先月の卒業式。
そして今回の入学式。
どちらも本人不在のまま式が執り行われた事に深い悲しみと憤りを感じます。

子供の成長を見るのが親御さんの一番の楽しみだと私自身も実感しています。
健康で人様に迷惑を掛けなければ多少勉強が出来なくても運動が駄目でも親とすれば一日一日の成長が喜びであり、生きる張り合いでもあります。
その対象である我が子の成長を2年10ヶ月もの間見る事が叶わない悔しさは言葉には表わせません。
今月の20日で2年11ヶ月、そして5月20日で3年です。

今日は新聞・テレビ、そしてwebで記事の配信がありました。
またご協力者の笠原様よりweb配信記事のご連絡を頂きました。
いつも気にかけて頂き本当にありがとうございます。

我々に出来る事は一日でも永く、一人でも多くの方の記憶に留めて頂く為の情報発信。
そして、有力情報に繋げる為の情報発信しかないと思います。



2006年4月5日

昨日友梨ちゃんの記事の配信があります。

久しぶりにyahoo!トピックスに掲載されました。
関連ニュースでは他の行方不明の子供さんを呼び掛ける警察のサイトがリンクされていました。
しかしその中で8年9ヶ月前から行方不明になっている「金子恵理ちゃん」の記事を見つけました。
捜索の輪!にリンクしていなかったので検索エンジンで捜してみると・・・
2005年7月9日の捜索の輪!のblogに辿り着きました。

その時は「岩手県警のHPには情報呼び掛けのページは無いようでした。」と書きましたが、今日改めて調べて見ると所轄の「久慈警察署」のサイトで呼び掛けをしているのがわかりました。
恵理ちゃんは行方不明当時の年齢は6歳現在14歳になっています。

捜索の輪!でも昨日急遽リンクを貼らせて頂きました。
事件の事、恵理ちゃんの事を知って頂きたいと思います。
そして情報をお願い致します。


2006年4月4日

3月31日の友梨ちゃんの誕生日の日の記事をyahoo!で見つける事が出来ました。

毎日新聞の配信記事です。
今年は友梨ちゃんのお母さんが難波駅でビラ配りをされた事が書かれていました。
昨年、一昨年はお父さんが難波駅でビラを配られたのですが、最近体調を崩されていると聞いていますので自宅で友梨ちゃんの帰りを待っていた事でしょう。

愛する娘の誕生日にお祝いが出来ずビラ配りをする。
本当に酷い事だと思います。
誕生日、半年区切りと「節目は感じていない」と仰っていましたが、どうしても節目には動かずにはおれないのだと思います。
私は今まで一度もビラ配りに参加した事がありません。
人それぞれ役割があると自分では思っています。
「ビラを配る人」「ポスターの掲示をお願いに回る人」「webで呼び掛ける人」

出来る範囲でそれぞれ活動をされていると思います。



2006年4月3日

残念ながら友梨ちゃんの誕生日が終わってしまいました。

31日は何かしらの報道があると期待していましたが、私が調べた限りでは記事の配信は見つかりませんでした。
掲示板の書き込みから推測してテレビのニュースで取り上げられたかもしれません。
しかしアクセス数から考えるとそれほどニュースにもならなかったように感じます。

以前新聞の取材の時にある記者の方が「記者が記事を書いてもそれを紙面に載せるか載せないかの別の人の判断になるので・・・」と仰っていました。
現場に一番近い人間は思い入れもあれば現場の空気も感じています。
しかし現実はもっとクールな状況で紙面の編集が行われます。

次は4月6日の入学式が重要な一日になると思っています。
これが過ぎると次は5月20日です。



2006年3月31日

3月31日、今日は友梨ちゃんの12回目の誕生日です。

私事ですが昨年は私の母親の誕生日(3月30日)を忘れてしまうほどこの日に固執していました。
「誕生日だと言う事」
「メディアからの発信が期待出来る事」
と言う理由から非常に大事な一日だと認識し活動を行って参りました。

昨年の3月は新聞社様に友梨ちゃんに関する記事の提供をお願いし、産経新聞社様、毎日新聞社様、読売新聞社様から記事の提供を受け「近況情報」に私がwebから集めて転載した記事以外の多くの記事の掲載をする事が出来ました。
また、仙台で行方不明になっていた女の子のblogやyahoo!の記事から多くの方に訪問して頂きました。
何度も書く事ですが、友梨ちゃんの事やサイトの存在を知って頂く事は、何かの切欠や媒体から誘引するしかないと思っております。

その為にメディアの露出は非常に大切なファクターだと思います。


2006年3月30日

明日は友梨ちゃんの誕生日です。

行方不明になってもう三度目のこの日を迎えます。
行方不明の時の年齢は9歳(小4)、そして明日で12歳になります。
捜索の輪!で年齢を掲載している箇所は明日までに全て変更する事になります。
今日までは11歳(小学6年生)が明日からは12歳、そして「新中学生」です。

明日の誕生日、そして4月6日は彼女の新しい出発の日の熊取町立北中学校の入学式があります。

入学式まであと一週間。
今度は彼女の為に用意された「椅子」に友梨ちゃん本人が座れる事を願いながら今日の日記を終わりたいと思います。


2006年3月29日

現在のリンク協力サイト数は1,400以上。

その一つ一つのサイト様から情報の発信を行って頂いております。
そのうち約1割は閉鎖・移転をされているように思いますがその修正作業までは手が回りません。

今まで100サイト増えるのに最長でも4ヶ月でしたのが、1,400が昨年の8月ですので既に7ヶ月以上経過しました。
現在1,473サイト、1ヶ月で10サイト増の計算になります。
この分で行くと1,500サイトになるのは今年の6月です。

アクセス数、リンク数、メール、掲示板への書き込み等。
全ては少なくなっています。
blogに至っては100アクセス前後を何とか維持していますが、何もしないと4.50の日もあります。

今一番必要なのは「捜査状況の報告」だと考えます。
「警察は本当に捜査をしているの?」
「一体何を調べているの?」
それを伝える事で今以上の関心・協力に繋がると思います。

「何も見えないから・・・」
「止まっているとしか思えないから・・・」



2006年3月28日

アクセス数が減った影響で10,000アクセスに1ヶ月を要するようになりました。

今までは月別に変動しても平均二ヶ月で30,000アクセスを維持して来ましたが、今年になってから単月で10,000強のアクセスしかありません。
1,000以上のサイト様でリンクを貼って頂いてこの数字には危機感を感じます。

以前「クワガタ関係」のサイト様の協力でクワガタ繋がりでリンク数が増えました。
また、少年野球のサイト様の呼び掛けもありました。
最近そんなカテゴリーでの繋がりがほとんどありませんでしたが、先日より「柔道繋がり」での協力がありました。

webの強みはリンクと言う「繋がり」だと思います。
同じカテゴリーのサイト様でバナーを見つけサイトにご来訪頂き協力に繋がる。

これが「かおりん様」がblogにも書かれていた「善意のバトン」だと思います。


2006年3月27日

「まなちゃんを救う会」の募金額が1億8,000万円を超えました。

目標額に達した今でも金額は増えています。

25日のお母さんの日記を読んで「生きている事の尊さ」を感じました。
我々は普通に生きて行く事が当たり前なのですが、まなちゃんには一日一日が生きる為の闘いなのです。

彼女の心臓はおっぱいを飲む事が出来ないほど衰弱しているそうです。
しかし、まなちゃんは「実際の愛は、おっぱいをしゃぶったまま眠りに付くほど、おっぱいに対する根性を見せています。何としても生きようと、愛なりに必死なのかもしれません。」
とのお母さんの言葉です。

生きる為の本能を一番持っているのが赤ちゃんの時期なのでしょう。
「頑張れ!まなちゃん!」



2006年3月24日

17日に1,000アクセスを超えた事を書きましたが、翌18日はその半分のアクセスに減ってしまいました。

瞬間風速、それも「そよ風」程度の風でした。
一昨年の2月20日、昨年の3月。
その時は数千から数万のアクセスが数日続きました。
前者はyahoo!トッピクスに載った時、後者は娘さんを捜すblogの反響でした。

webで活動している者はwebの反応が気になります。
そのバロメータの一つがアクセス数です。
「今日は何人の人が来て下さった!」
「今日は何人の人に友梨ちゃんの事を知って頂いた!」
「今日は何人の人が呼び掛けを協力をして下さった!」
日々そのような事を思いながらカウンターを見ています。

「そろそろ風化の足音が聞こえて来たか?」
そう思う時もあります。
急にアクセスが増えると「記事の配信があったのか?」
アクセス数の裏に隠された反応や動きや状況。
アクセス数に一喜一憂しながら見ています。

我々民間人の出来る事は「捜査」では無く「捜査を助ける為の情報発信・情報提供」です。
「風化を防ぐ為の呼び掛け・活動」です。

「知って貰う事」から「忘れないで貰う事」
「協力して貰う事」から「協力を続けて貰う事」



2006年3月23日

今回(3月17日、18日)の記事の配信で当方が確認・転載出来た記事は6記事でした。

毎日新聞、共同通信、時事通信の配信記事です。
goolgeアラート、yahoo!ニュース、そして支援者の笠原様から記事のご連絡を頂きました。

配信記事でwebに載らない記事はもっと多くあったと思います。
また、テレビニュースの記事がwebで瞬間的に掲載されましたが、私が帰宅してurlを開いた時には既に削除された後でした。

刻々と情勢は変わっているのは判りますが、せめてその日一日だけでも何処かに残して置いて欲しいと思います。
あまりにもサイクルが早過ぎて、見逃してしまう記事が多過ぎます。

友梨ちゃんの記事を意識している私でさえ見逃してしまうくらいですから、多くの方が友梨ちゃんの事を知らずに過しているかもしれません。


2006年3月22日

先週の金曜日、新聞・テレビのニュースの影響で久しぶりに1,000アクセスを超えました。

大きく報道して頂く事で関心・協力に繋がります。
しかしその反面「おかしな書き込み」とも同時に繋がってしまいます。

いつも感じるのですが、面白半分や無責任な事を書き込んでくる人って一体どんな人間なんでしょう?
自分の身内や知人が同じような目に遭っても同じ事が出来るのでしょうか?
「自分には関係ない」「他人の不幸が楽しい」
以前も同じような事を書いた事を思い出しました。

何度も書きますが協力して欲しいとは言いませんが、邪魔だけはしないで下さい。



2006年3月21日

昨日「救う会」様より目標達成のご報告を頂きましたので拙サイトにて掲載をさせて頂きます。

リンク等の協力の連絡を送った方全員に送られたのだと思いますが大変な作業だったと思います。
以下に内容の一部を掲載させて頂きます。

--以下内容--

「救う会」の活動へのご理解とご協力、誠にありがとうございました。
おかげさまで3月17日に募金総額は目標の1億3600万円を達成いたしました。

これもひとえに多くの皆さま方の多大なるご支援のおかげでございます。
本当にありがとうございました。
まなちゃんのご両親にかわり厚く御礼申し上げます。

これより先、まなちゃんは本格的に米国での心臓移植手術に向けての準備段階に入ります。「救う会」は引き続きまなちゃんを支援して参ります。
皆さまには、まなちゃんが無事渡米し移植手術が成功して元気に帰ってくるまで、温かく見守って頂けましたら幸いです。
今後の経過に関しましては、下記ホームページにて随時お知らせいたします。

--以下省略--



2006年3月20日

「まなちゃんを救う会」の募金総額が16日に目標額を達成しました。

目標額1億3,600万円。
目標額が達成された今も増え続け17日現在で1億5,296万円になっています。
「みつみちゃん」「ななみちゃん」「そしてまなちゃん」
それぞれ病気が判明した時のご両親の落胆から始まり、多くの支援者を得て希望を持ち、「みつみちゃん」のように移植が成功し、「ななみちゃん」のように無事渡米出来ました。
そして次は「まなちゃん」の番です。

まなちゃんの事を知り、サイトの存在を知り、多くの方が情報の発信をしました。
それによって短期間で情報が広まり、その情報を見た多くの方が募金を送ってくれました。

昨日「救う会」事務局様より目標金額達成のご連絡を頂きました。
明日その内容を紹介させて頂きます。

皆様ご支援ありがとうございました。



2006年3月17日

友梨ちゃんの小学校の卒業式が終わってしまいました。

友梨ちゃんが行方不明になって2年9ヶ月25日。
小学校に通ったのは3年と1ヶ月ちょっと。
6年間のうちの約半分しか通えませんでした。
友梨ちゃんの代わりに卒業証書を受け取るご両親の心中を察すると・・・。
いや、私には到底ご両親の気持ちが判る訳がありません。

友梨ちゃんは4月から中学校に進級する事になっていますが、今度も友梨ちゃん不在のまま入学式を迎えるのでしょか?
ご両親は友梨ちゃんの今の身長も体重も判らないまま制服を注文した事と思います。
また新しいカバンや教科書も用意される事と思います。

あと2週間で友梨ちゃんの誕生日です。



2006年3月16日

明日は友梨ちゃんの卒業式です。

本当に時間がありません。
しかし、民間人の我々にとっては発信する事しか出来ません。
発信をし、それに応えて協力して下さる方、情報を警察に連絡して下さる方。
その結果に期待しながら発信を続けるだけです。

捜査の状況は我々が知る事は出来ません。
「友梨ちゃんに少しでも近づいているのか?」
「犯人に少しでも近づいているのか?」
そんな事を考えながら自分に出来る事を行って来ました。
「捜査本部」「教育委員会」
何かアクションを起こしてくれているのでしょうか?
「報道関係者」
情報発信の重要性を認識しつつも商業ベースに乗らない記事は書いて頂けないのでしょうか?

直近の事件・事故の報道も必要ですが、友梨ちゃんは過去に事件では無く、まさに今の事件なのです。

今日明日は友梨ちゃんの事件を大きく報道して頂く事を願います。



2006年3月15日

今日久しぶりに友梨ちゃんのステッカーを貼って下さっている車両を見かけました。

和歌山ナンバーの大型のパネル車でした。
少し後ろに付いて走っていると貝塚港方面に曲がって行きましたので、和歌山〜貝塚を定期的に走っているでしょう。
熊取町近くを走行するので協力に繋がったのだと思います。

私は昨年の10月から泉大津〜泉南郡を担当していますので連日湾岸線、国道26号線を走っていますが、友梨ちゃんのポスター、ステッカーを貼っている車両は2.3ヶ月に一台見るか見ないかです。
頻繁に見ているのでしたら、今日の日記のように「久しぶりに・・・・」など書かないのですが、本当に滅多に見る事はありません。
意識していてこの状態ですので意識しなかったら本当に・・・。

何度も書きますが、我々民間人に出来る事は「情報の発信」が唯一出来る事だと思っています。
一枚のポスター、ステッカーを一人でも多くの方に見て頂く事を続けて行かなければならないと思います。
その小さな積み重ねが事件解決に大きく役立つと思っています。


2006年3月14日

「まなちゃんを救う会」の募金総額が1億円を突破しました。

目標の1億3,600万円まであと少しです。
以前なら「街頭募金」や「店先に置いてある募金箱」、そして「送金」などですが、送金に関しては意識をしないと忘れがちです。
「振込み先は?」
口座名、銀行、口座番号、新聞記事等を持っていないと解りません。
それを忘れて外出してしまったら「送金」したくても「何処に送れば?」
それが今では職場のパソコンからでも確認をする事が出来ます。
私も送金した時は会社で印刷して近くのコンビニから送金した記憶があります。
「しようと言う気持ち」「その為の情報」
両方持ち合わせていないと行動する事は出来ません。

「人間が本来持っている善意の気持ち」と「今の情報化」
それが上手く噛みあっての今回の成果だと思います。



2006年3月13日

先日の日記に「スパムメール」を事を書きました。

するとその件についてのメールやコメントを数件頂きました。
皆様同じような被害に遭い、いろいろな対応をされてるようです。
プロバイダーによっては完全に排除出来るところもあるようですが、それもそれまでには2ヶ月くらい掛かったそうです。

コメントの中で「メールフォーム」を推奨して下さった方がおりました。
実は前回のメアドの変更の時にそれも考えましたが、どうも味気無い気がして変更のみの対応をしましたが、この状況が続くようでしたらそれも視野に入れて次回の対応を考えたいと思っています。

「一生懸命」やっている活動の邪魔をされる事は、webの世界以外でも腹立たしい事です。
「無視」出来ないところまで来ている「スパムメール」の対策は公の機関がもっと本腰を入れて当たって欲しいと思います。

ウイルス然り、スパイウェアも然りです。




2006年3月10日

新しいメアドに変えて2ヶ月になります。

変更した当初はほとんどスパムメールが来なくなりましたが、最近また増えて来ました。
10日ほど前までは3日間で90通、1日30通平均で送られて来ました。
「また増えてきたな!」と思っていると、昨日くらいから60通近くのスパムメールが来るようになり、まさに「いたちごっこ」の様相に怒りの矛先を何処にぶつけたら良いのか?と思ってしまいます。

旧のメアドは2月末で完全に使用不可能になってしまいましたが、相当数サーバーの溜まっていたと思います。
「たかがメアドされどメアド」

変更作業に時間が掛かりますが、それ以上に多くに方にご迷惑がかかります。
しかし、また近々変更する事になるかもしれません。

皆様その節は宜しくお願い致します。



2006年3月9日

友梨ちゃんが行方不明なって既に2年9ヶ月以上が経過しました。

その間、本当に多くの方のご協力・ご支援を頂きましたが、未だ有力情報に繋がっておりません。
 
今一度この事件について最初から考えなおしてみる必要があると思います。
先日捜索の輪!の協力者の二月様から掲示板に「事件について犯人を推理」した投稿して頂きました。 
その文面をそのままお借りしてページにアップさせて頂きます。 
 
事件発生当初の状況や犯人像、犯行方法等、新聞報道記事からの情報を元に独自の検証をされております。 
今大事な事はその検証を読んで頂く事であらたな情報(記憶が蘇った・思い出した等) 
また、「私ならこう言う風に考える。」 
「あの時見た人は、見た車はもしかしたら・・・・」等。 
 
今からでも遅くありません。 
気づいた事、思い出した事がございましたら「捜査当局」へご一報をお願い致します。

「吉川友梨ちゃん行方不明事件に関する、犯人像を推理した投稿」


2006年3月8日

昨日「羽純さんを救う会」様から捜索の輪!のリンク協力のご連絡を頂きました。

サイトにお邪魔して初めて知ったのですが、ななみちゃん、まなちゃんと同様移植の為の募金活動をされているサイトでした。
昨日緊急でリンクを貼らせて頂きましたが、一日遅れではございますが本館と捜索の輪!のHP版、blog版の3つの日記に書かせて頂きました。
今回は街頭募金や送金の他に「ダイヤルQ2」による募金も出来るようになっています。
一回300円ですが、簡単に募金が出来るので非常に有効な手段の一つだと思います。

皆様是非ご協力をお願い致します。

羽純さんを救う会


2006年3月7日

「まなちゃんを救う会」の募金額が5,600万円になりました。

2月27日の記者会見の後から募金を始め、初日の街頭募金額は44,362円。
初日を終えて1億3,600万円もの途方も無い金額に呆然としたかもしれません。
1日4万円で推移すると1ヶ月120万円、1年で1,440万円。
10年スパンでないと達成出来ない金額になります。

しかし街頭募金をはじめwebでの呼び掛け・協力のお陰でたった8日で進捗率41%。
今までの日数と金額から計算すると700万円/日。
初日の44,362円からは想像も出来ないハイペースで募金が集まっています。

1億3,600万円を700万円で割ると19日強。
このペースで推移すると達成予定日は3月18日ですが、日に日に募金額が増えていると思われますのでもう少し早い時期に達成出来ると思います。

渡米までもう日が無いです。
何時でも出発出来るよう準備をお願い致します。


まなちゃんを救う会


2006年3月6日

4日の読売新聞の朝刊や産経新聞に友梨ちゃんの記事が出ていました。

読売新聞の朝刊の記事は自宅で読みました。
その記事をミッキィートム様が掲示板に転載して下さりましたので近況情報のページに掲載をしました。
また産経新聞の記事は帰宅後webを通して知る事が出来ました。
「不明の友梨ちゃん、中学生に 大阪・熊取町教委が手続き」との見出しの記事がそれです。

あと1週間ほどで友梨ちゃんが不在のままの卒業式が執り行われようとしています。
そしてこのままでは友梨ちゃん不在のままの入学式になるかもしれません。

一生の思い出がまた一つ積み残してしまいました。



2006年3月3日

捜査本部のご担当者様と時々電話で話をさせて頂きます。

先日も以前捜査の協力を頂いた方の事で話をさせて頂きました。
また、掲示板の書き込みの内容についての捜査のお願いや、送られて来た情報についての事など様々な事をお願いしています。
半年以上連絡を取らない時もあれば月に数回電話する時もあります。

ほとんどご担当者様の携帯電話にかけさせて頂きますが、先日久しぶりに泉佐野警察署の方に電話をしました。
情報の窓口ですので、事件当初の対応と比べると非常に良い対応になったように感じました。
「客商売」では無いですが、窓口で嫌気がさすと情報が止まってしまいます。

是非これからも真摯な態度で情報提供者と接して頂きたいと思います。


2006年3月2日

滋賀の幼稚園児殺害事件でいろいろな意見が出ています。

私の周りでも「加害者擁護発言」も散見されます。
「殺人」はどのような理由が有ろうとも許す訳には行きません。
しかし「その前に事件を食い止める事が出来なかったか?」
その部分についての意見も多いように思います。

言葉の問題、文化の問題、加害者を取り巻く環境の中で彼女の心の奥底を、心の叫びを誰も聞いて上げられなかったのか?
また、被害者の保護者の意見を取り上げる事が出来なかったのか?

「グループ送迎」と言う送迎方法を私は今回初めて知りました。
他人の子供を交代で送迎する事は基本的に非常に危険は事だと誰でも気が付く事だと思います。
殺人の危険性では無く、交通事故の危険性です。
事故を起こした時の責任は?
賠償問題は?
子供が友達同士だったとしても、親が知り合いだったとしても、いや、そうだからこそ余計に亀裂が生じます。
そんな危険は行為を何故続けていたのでしょう?

それが交通事故では無く「殺人」と言う形で知る結果になった事は残念でなりません。



2006年3月1日

今日いつもご協力を頂いているかおりん様からメールを頂きました。

「ななみちゃん」の時もいち早くご自分のblogで募金の呼び掛けをされており、私はかおりん様のblogで「ななみちゃん」の事を知りました。
今回ご連絡を頂いたのは生後5ヶ月で「拡張型心筋症」であることが分かり、心臓移植をしないと余命半年と宣告をされた「まなちゃん」の移植費用の募金を募るサイトのご連絡でした。
最近多忙の為、かおりん様からご連絡を頂くまでサイトの存在を知りませんでした。
今回の募金総額は1億3,600万円。

早速blogとHPで呼び掛けをさせて頂きます。
皆様どうかご支援をお願い致します。

最後になりましたが「かおりん様」ご連絡ありがとうございました。

まなちゃんを救う会


2006年2月28日

「2月末まで生きている可能性は1%以下」

そのななみちゃんは元気で病気と闘っています。
今日で2月が終わります。
3月、4月、5月、そして2007年とこれからも力一杯生き抜いて欲しいと祈っております。

まだまだ移植に耐えうる年齢・体力には達していません。
今は「騙し騙し」命を繋いで行くだけです。
これから移植までに何が起こるか予断は許しません。
その中でご両親は立派に現実を見ているように感じます。
「今日も生きていてくれた!」「明日も生きていて欲しい!」
そう願い続けながら毎日毎日ななみちゃんを見守っています。

どうかご両親も無理をなさらず、ななみちゃんの為に元気で付き添ってあげて下さい。
きっと元気になって日本に帰ってこれると信じております。



2006年2月27日

先日久しぶりに記事の配信がありました。

「友梨ちゃんにも卒業証書 熊取町教育委員会」との見出しで、友梨ちゃんに卒業証書を発行する動きが出てきました。
3月3日にも正式決定がなされるそうですが、複雑な気持ちです。

4年生の5月から2年10ヶ月間就学せずに卒業です。
ほとんど半分の通わずに卒業証書の授与される事はご両親も納得出来ない事だと思います。
卒業式までに友梨ちゃんが帰還出来なければご両親が貰う事になりますが、その時の心中を考えると・・・。

卒業式まで後3週間もありません。
どうか友梨ちゃんが自分の手で卒業証書を受け取る事が出来るようご支援をお願い致します。


2006年2月24日

「人は何に関心を持つかの?」

原因はいろいろあります。
興味がある事、身近な出来事、共感出来る事、自分に関係ある事。
人それぞれ温度差は否めません。
「自分には関係ない」
「まさか自分の子供が・・・。」
「関心を持ったところ何も出来ない」

実は私も同じような事を思っていました。
友梨ちゃんが行方不明になった時、テレビや新聞で報道されたのを見ました。
その時は「どうしたんやろう?」程度の認識しかありませんでした。

しかしこの活動も2年9ヶ月が過ぎました。
活動を始めて数ヶ月経ってからは「これは自分に与えられた使命」だと思うようになりました。
協力や支援では無く「使命」。

自分でも不思議ですがこれが今の心境です。



2006年2月23日

時々情報を送って頂いた方とメールのやり取りをします。

その方々にはその件で捜査本部まで電話をして頂く事が多くあり本当に感謝しております。

警察、教育委員会等にも情報が少なくはなりましたが未だに多くの方から情報が寄せられています。
特に捜索の輪!には「気になっていた事」と言う内容の連絡が良く来ます。
事件当時から「心に引っかかっていた事」を寄せて頂く事で、心の置き場を見つけて頂いたと思います。

頂いた情報はすべて捜査本部に連絡をさせて頂いておりますので、要請がありましたら是非ご協力をお願い致します。
捜査本部も必死で関連を調べて下さります。

沈滞ムードが続いておりますが、活動に活気を出す為に是非皆様からの情報をお願い致します。


2006年2月22日

昨日、二月様より掲示板にメッセージを頂きました。

事件発生時の状況から犯人像等、ご自身で検証されています。
犯人像は私も多方面から考えましたが未だに確証には至っておりませんし捜査当局も確実な証拠を掴んでいないかもしれません。
メッセージの中にはそれ以外にも「友梨ちゃんの生存を信じている事」そして「今一度この事件に関心を持って欲しいと言う事」

事件から2年9ヶ月。
「地元住民はどのようにこの事件を考えているのか?」
「どれだけ初動捜査の協力をして頂けたのか?」
当然地元住民、保護者の皆様が寝る間も惜しんで「捜索」に携わった事と思いますが、「捜査協力」はどうだったのでしょう。

今一度当時を振り返って「捜査協力」をお願い致します。


2006年2月21日

最近、移植関係では「ななみちゃん」の事ばかりを取り上げていますが、「みつみちゃん」のその後はいつも見守っています。

時々サイトにお邪魔して新しい写真などがアップされているのを楽しく見せて頂いております。
昨年の3月に募金を始め、5月に目標金額達成。
そしてすぐにドイツに渡り、6月に移植手術。
10月は元気に帰国する事が出来ました。
そして11月からは学校にも通えるようになり、みつみちゃんの頑張りには勇気付けられました。

webの普及で緊急かつ広く支援を要請する事は昔に比べると格段に進歩しました。
そのツールを上手く利用出来た良い例が「みつみちゃん」であり「ななみちゃん」です。
多くの方が協力する事、その方法を学んだ事と思います。
これが今後同じような案件が発生した時に「どのような行動をするか?」

その事を多くの方が感じる事が出来た事は素晴らしい事だと思います。



2006年2月20日

2004年2月20日

この日から「捜索の輪!」が大きく変わりました。
今からちょうど2年前の出来事です。

捜索の輪!活動を初めて半年間はリンク協力サイト様を検索エンジンで探しては「ゆりちゃんの輪!」のページに掲載する事が多くありました。
それが捜索の輪!の一番の作業でした。

活動を始めた頃はメールアドレスの掲載をしておりませんでしたし、掲示板の開設に至っては2004年2月15日からでした。

当初は協力の連絡をしようにも連絡先が解らない状態にしていました。
その為、ページには「リンクフリー・二次加工フリー」のクレジットを入れておりました。

皆様に自分の意志でリンクを貼って頂いたり、協力をして頂く事。
管理人の私は一切表に出ないと決め、友梨ちゃんが無事発見された時点でサイトを閉鎖出来ればと願いながら活動を行って来ました。

新聞で大きく報道して頂き、yahoo!トピックスに掲載されたお陰で沢山の方に知って頂き協力を頂きました。
一日でリンク協力が100サイトも増えました。

現在のリンク協力サイト数は1,464。
一部閉鎖や移転はありますが本当に多くのサイト様からの情報発信をして頂いております。

あれから2年。
今日で行方不明から2年9ヶ月です。



2006年2月18日

環境に馴染めない、自分の子供が苛められている。

そんな事で・・。
加害者にとっては動機として充分だったかもしれませんが、それを許す事は出来ません。
その環境に自分が耐えられなかったらその場から逃げれば良いではないですか?
もっと周りに助けを求めたら良いではないですか?
子供を殺せばすべて解決する問題なのですか?

どのように考えても因果関係が解りません。
問題解決にもならない事で、自己中心の考えだけで犯行に及んだのは狂気としか良いようがありません。

以前も同じような事件がありました。
それも被害妄想的な動機だったように記憶しています。

何故その矛先がいつも子供に向けられるのでしょう?



2006年2月17日

また幼い命が無残にも奪われました。

子供の生命と安全を守るべき大人が・・・。
いや、今回はその大人でも保護者です。
衝動的な犯行のような状況ですが、車内で包丁で刺すと言う行動から計画的な犯行のようです
動機はこれから解明されて行くと思いますが、どうして罪も無い幼い命に牙を向けたのでしょう。
同じ子供を持つ親なら愛する子供がどれだけ大切か、奪う事が許され無い事を知っているはずです。

「取り返しの出来ない事をしてしまった」と悔やんでも、謝罪しても二度と帰って来る事が出来ない事を少しでも考えたのでしょうか?


2006年2月16日

「ななみちゃんを救う会」の親御さんの手記の中に聞きなれない言葉を見つけました。

「SNS」と言う言葉です。
今回の募金の呼び掛けで「HP」「blog」の他にこの言葉がありました。
初めて聞く言葉だったの調べてみると・・・。


参加者が互いに友人を紹介しあって、新たな友人関係を広げることを目的に開設されたコミュニティ型のWebサイト。誰でも自由に参加できるサービスと、「既存の参加者からの招待がないと参加できない」というシステムになっているサービスがある。
 自分のプロフィールや写真を公開する機能や、新しくできた「友人」を登録するアドレス帳、友人に別の友人を紹介する機能、サイト内の友人のみ閲覧できる日記帳、友人間でのメッセージ交換に使う掲示板やカレンダーなどの機能が提供される。
<資料:IT用語辞典 e-Wordsより>


今回は多くの支援者が自分が持っているネットワークを駆使して多くの仲間と連絡を取り合って緊急かつ大規模な活動が行われました。
その一翼を担ったのが「SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)」です。


2006年2月15日

「ななみちゃんを救う会」のサイトで現地からの報告がありました。

2月4日と9日の12日の3回です。
アメリカへの移送は非常に心配していましたが無事に現地の医療チームにバトンタッチが出来たようです。
その後、ななみちゃんの様態が逐次報告がなれてれいます。
無事渡米する事が出来ましたが、未だに予断を許さない状況なのは変わりません。

2月末までに彼女が生存している可能性の1%以下は少しは改善されているのかも現段階では予想すら出来ません。
しかし親御さんの手記からは「生きる希望」が充分感じられます。

2月末まで後半月。
3月の声を聞く事が出来れば安心とも言えません。
もしかしたら明日にも容態が急変するかもしれません。
今は一日一日を大事に過して行くだけだと思います。

どうか元気で生きていて欲しいと願っています。


2006年2月14日

「blog」を作って昨日で丸一年になりました。

これまで書いた日記は「323」になります。
当初はほぼ毎日日記を書いていましたが途中から「100日続けてみよう」と決意して実行しました。
しかし、その反動か体調を崩し土日を休刊日にして現在に至っております。

時々抜ける事、緊急案件で休刊日に書く事もありますが何とか1年続けることが出来ました。
「blog」を作った切欠は「HP版」への誘導のつもりで作りましたが、あまり当初の目的通りには行きません。
「blog」だけの訪問で「HP版」への訪問は本当に少ないです。
「blog」の訪問数も最近は50〜100アクセスまで減って来ました。
HP版も300台を推移し、今までより2割ほど減っています。
しかしその減って来た訪問数も「継続」する事で少しは発信も出来ている思っています。

是非「HP版」への訪問をお願い致します。
情報の多くはHP版の方に置いておりますので是非宜しくお願い致します。



2006年2月13日

2006年2月13日

今日で友梨ちゃんが行方不明になってちょうど1,000日になります。
節目を意識する訳ではありませんが、先日ふと日数を数えてみて今日が1,000日だと言う事を知りました。
簡単に1年や2年と表示すると時間の経過が安易に思えてくるようです。

1年だけでも365日。
1,000日もの夜を友梨ちゃんと吉川様は過した事になります。
そして夜布団に入って「今日も見つからなかった!」「明日は必ず!」と心に誓って朝を迎える事になります。
その回数が1,000回です。

朝起きて
「友梨ちゃんがいないのは夢であってほしい!」
「すぐ横に友梨ちゃんの寝顔があってほしい!」
「夢なら醒めてほしい!」
そう願い続けた1,000日だっと思います。

時の流れの酷さを感じます。



2006年2月10日

今から2年半近く前、友梨ちゃんが通っている学校のPTAの役員さんからメールを頂きました。

その時初めて「地元の様子」を知る事が出来ました。
友梨ちゃん捜索の為のチラシ配りは当初は学校関係者が中心になって行っていたと思います。

私はメールを頂くまでは「この前はありがとうございました。」と言う会話が吉川様と支援者の間でなされていると思っていましたが、実際は違いました。

友梨ちゃんのお母さんが人目を避けるように買い物に出られていたようです。
周りの方に余計な気を使わせないようにとのご配慮だと思いますが、この話を聞いて衝撃を受けました。
また、あまりにも安易に考えていた自分を恥ました。

そして、もっと真剣に取り組む為、独立サイト形式「吉川友梨ちゃん捜索の輪!!」を作りました。


2006年2月9日

HP版「捜索の輪!!」に「捜索の近況情報」と言うページを作っています。

行方不明当時からの新聞記事を纏めたページです。
捜査状況、支援状況を皆様に知って頂き、またその記事を読んで何かを感じて頂きたく作りました。

以前はwebで配信された記事のみしか掲載する事が出来ませんでした。
また、一部の方からは「無断転載」とのお言葉も頂きました。
取材の時、その旨を記者の方に確認をさせて頂いたところ、「使用目的には問題が無いので大丈夫です。との見解を頂きました。

以前ある新聞社の記者の方から「担当が替わりました。」との電話を頂きました。
その時「最近あまり記事が出ませんね。」と言うと「大阪版には出ていますよ。」と言われ無理を承知で記事の借用のお願いをしました。
その一件が切欠で各紙に記事の借用の依頼をしました。

現在「近況情報」には253記事を掲載しております。
そのうち正式に新聞社から承諾を得て借用・掲載した記事は約170記事になります。

経緯は経緯として大事な事ですが、これからがもっと大事になります。

報道機関の皆様、是非記事の配信をお願い致します。


2006年2月8日

警察に親近感を持っている方や協力的な方は少ないと思います。

私もこの活動を始めるまではその一人でした。
何故なら警察の方と話をしたのは「交通違反」の切符を頂く時だけでしたので・・・。

活動を始めて必然的に警察と拘るようになり、逆にこちらからお願いや要望を沢山投げさせて頂きました。
その都度真摯な態度で対応・回答を頂き「警察も捨てたもんじゃない!」と実感が出来ました。

既に2年以上お付き合いをさせて頂きましたが、大変熱心に話を聞いて下さり、小さな事でも返事を頂いております。
捜索の輪!には警察に不信感を持ちながら、協力しようと言う方からの情報が時々寄せられます。
「情報を誰かに伝えたい・協力したい」

そんな気持ちが多く齎されます。
その為の「窓口」が捜索の輪!だと思っております。



2006年2月7日

昨日HP版「捜索の輪!」の掲示板にある書き込みを頂きました。

忠告のつもりで送って頂いたと思いますが、個人を特定出来る内容でしたので削除をさせて頂きました。
ご忠告の意図は充分認識はしておりますが、不特定多数が閲覧する掲示板に個人が特定出来るような内容の書き込みは今後はご遠慮頂きますようお願い申し上げます。

個人が個人の情報を簡単に世間に公表する権利は無いと思いますし、してはいけない事だと思います。
その為に司法・刑法があるのだと思います。

今回お送り頂いた内容は捜査当局に連絡をさせて頂きましたので、しかるべき対応をとって頂けると思っております。

今後同じような内容をお送り頂く時は、直接警察か、メールにてご連絡をお願い致します。


2006年2月6日

先日捜査本部のご担当者様にお会いしました。

仕事で泉佐野周辺を営業していましたので、いつものようにコンビニの駐車場で10分ほどで昼食を済ませて行って来ました。
いつも「捜索の輪!」活動を全然的にバックアップして頂いておりますのでご挨拶を兼ねての訪問です。

喫茶店で少しお話をさせて頂きましたが、本当に地道な捜査を事件発生当初から今まで続けておられます。
もっと多くの情報が寄せられれば「容疑車両から外せる車」も多くあるように感じました。

前にも書きましたが「容疑者・容疑車両」を特定する前にそれらから「除外する」事が急務です。
その為に事件当日に現場周辺を通過した皆様からの情報(申告)が必要になります。
どうか今からでも遅くありません。是非情報をお寄せ下さい。
分母が小さければ小さいほど、「一」に近づきます。

その一人、その一台が事件の核心です。

※この記事は、先月の中頃にアップする予定でしたが、なみちゃんの緊急記事と差し替えをした為今日になってしまいました。


2006年2月3日

以前「吉川ゆりちゃんを捜しています!」のページの事を書きました。

これから何も主題が無い時は順次「捜索の輪!」のページ紹介をしていこうと思います。
今回は「ゆりちゃんの輪!!」のページの事を書きます。

「ゆりちゃんの輪!!」とは情報呼び掛けの協力をして下さっているサイト様を紹介しているページです。
このページを作ったのは活動を初めて1ヵ月後の7月22日です。
ページをアップした時のリンク協力数は16サイト(17ページ)でした。
それが9月初旬で66サイト、10月6日で100サイト、11月19日にスポーツ紙、地方紙で紹介して頂いたお陰で翌20日で200サイト。
年内には300サイトを超えました。
それから時々新聞で紹介して頂く様になり、リンク数が伸びて行きました。
リンク数が伸びれば伸びるほどweb上で目にする機会が多くなります。
「このバナー何やろ?」「吉川友梨ちゃんって?」

「ゆりちゃんの輪!!」で協力して下さるサイト様を紹介する事で、「これくらいなら私にも出来る」
「私ならこんな協力が出来る」。

自分が協力している(協力しようとしている)事にどれだけ参加しているのか?
どんな人が協力しているのか?
何も見えないものには躊躇してしまう時があります。

目に見えるようにすれば、後は皆様が考えてくれるはずです。
そう言う目的でこのページを作りました。



2006年2月2日

タレントの島崎俊郎様のサイト「島崎俊郎-アダモちゃん★ねる」が1月で閉鎖されました。

情報呼び掛けのご協力を頂いたのが2004年1月。
ちょうど2年のお付き合いでした。
閉鎖の理由は「諸事情により」とだけ書かれておりますので計り知れませんが、長期間のご協力本当にありがとうございました。
また再開の節は是非ご支援をお願い申し上げます。

当初はタレント繋がりを期待しておりましたので、サイトを管理されているご担当者様にお願いをした事がありました。
そのお陰で昨年6月からオスマン・サンコン様のオフィシャルサイト「オスマン・サンコンオフィシャルサイト」にリンク協力をして頂きました。

多くの方に知って頂く事が活動の出発点です。
是非芸能関係のサイト様のご支援をお願い致します。

本日でリンクを解除させて頂きます。



2006年2月1日

「ななみちゃんを救う会」のHPに連日数千のアクセスがあります。

募金額が達成された今ですが、多くの方がななみちゃんの容態を心配して毎日見てくれているのだと思います。
私も毎日近況を見させて頂いている一人です。

HPによると当初の出発予定の1月30日に無事彼女はアメリカに向けて出発しました。
そして1月31日にマイアミの病院に無事着くことが出来た模様です。
容態も大変安定してとの事でまずは一安心です。

これからの治療で「彼女は2月末までに生きている可能性は1%以下」を乗り越えて欲しいと願います。


2006年1月30日

「株式会社メルファム」様の田中様と電話で話をさせて頂きました。

実は先日のチラシ寄贈のお礼のメールは送らせて頂きましたが、直接お礼を言っておりませんでしたので、遅ればせながらではございますが今日の電話に至りました。
話の中で「私はこれくらいの事しか出来ませんので・・。」と仰られ、益々田中様の姿勢に感服致しました。
私はサイトを管理しているだけですので、恐縮しっ放しの会話に終始しました。
田中様にはこれまで30,000部以上のチラシの配布、寄贈をして頂きました。

チラシは警察、自治体、有志の皆様からの寄付でこれまで数十万部が作成・配布がなされました。
以前、予算の関係で増刷が出来ない時期があり、「捜索の輪!」にもチラシの要望のご連絡を頂いた事があります。
その為一枚でも印刷して頂き、活用が出来るようにチラシを載せたページを新設致しました。
しかし、大量のご利用には対応が出来ない為、田中様に援助を何度かお願いしました。

ご好意に甘えてばかりですが、今は一人でも多くの方の善意にお縋りするしか方策はありません。


2006年1月28日

「ななみちゃんを救う会」の募金額が1億2,100万円になっていました。

達成後は募金額の更新は週一で行っているようですのでもう少し増えると思われます。
一人一人の力は小さいですが、このような大きな目標が短期間で達成された事は少しでも拘った(バナーを貼っただけですが・・・)一人として大きな喜びです。
あれから「ななみちゃんを救う会」を再度検索すると117,000ページがヒットしました。
因みに捜索の輪!は微増の14,100でした。

「ななみちゃんを救う会」に1月24日にご両親の手記が掲載されていました。
19日には目標金額達成のお礼、そして今回はななみちゃんの様子と渡米準備の事。
明日30日に出発される予定になっていますので、安全な移送を願っております。
そして今後の治療、移植とまだまだ困難は課題が残されてますが一つ一つ着実にクリアして行って元気に帰国して欲しいと思います。

ななみちゃん頑張れ!


2006年1月27日

いつもチラシの印刷並びに配布のご支援を頂いている(株)メルファムの田中様から新しいチラシのデータを送って頂きました。

チラシ本体は昨日捜査本部に14,000枚届けて頂き、近畿の各警察署、吉川様、七山地区自治会の方に捜査本部から手渡して頂いたそうです。
現在、6,000枚ほどストックが有るとの事ですので有意義に使って頂けると思っております。
是非この機会に大阪府下の警察署、交番、公共施設に掲示して頂きたいと思います。

「新しいポスター」はそれを見た方への訴えと同時に「活動している事」を知って頂けます。
過去の出来事にしない為、今も情報を必要としている事。
一枚のポスターが多くの事を伝えてくれるはずです。
その為にもっと沢山の「蛇口」を作る必要があります。
チラシ、ポスター、インターネット。
人から人へ直接伝えて行く事も一つに方法です。
そして、マスコミ(新聞、テレビ、ラジオ)からの情報も定期的に発信して頂きたいと切に願います。

もうすぐ2月です。
彼女に小学校の思い出を、卒業式の記憶を・・・。



2006年1月26日

友人のblogに「あまりにもしょうもない書き込みが9割を越えていますので、現在トラックバックは受け付けておりません。 悪しからずご了承下さい。」と書かれていました。

実は私は最近、TBや掲示板の書き込みを全く見ておりませんでしたが、先日TBを見て何件かを削除しました。
(掲示板の書き込みは追ってレスをさせて頂きますので今暫くお待ち下さい。)
私は元々TBの手法には疑問を持っております。
簡単にリンクと同じ事が出来るのは便利な事ですが、こちらの意思を無視した相互リンクのような形になっているのに疑問を感じます。
それがblogと言われればそれまでですが・・・。

話題の共有は賛同出来ます。
しかし全く関係ないblog、全く話題とかけ離れているblogは、ただ自分のblogに導く為の手法でしかありません。

「道具は使う者によって・・・」
今回もそう感じた出来事でした。



2006年1月25日

ついにスパムメールが300通/日を超えてしまいましたので、先日まで使っていたメールアドレスを本日削除致しました。

新しいメールアドレスは既に本館・別館サイト、「HP版捜索の輪!」そして「管理人版携帯サイト」に掲載しておりますので今後はそちらの方にお願い致します。
サイト開設以来、3年3ヶ月慣れ親しんだアドレスですが、あまりにも酷い状況になりましたので今回の処置を取らせて頂きました。
ほとんどが「出会い系」のサイトのようですが、受信するだけでも相当時間が掛かります。

また、それを削除しながら「必要なメール」を探す作業も一苦労です。
今までは毎日我慢してその作業を繰り返して来ましたが流石に限界を感じ決断しました。

たかがメアドですが永年使っていただけに削除するのは悲しいです。

「道具は使う者によって・・・」
そう感じた出来事でした。



2006年1月24日

先日、長野県の事件(事故)の報道が切欠で普段の倍ほどのアクセスがありました。

何度も書きますが「行方不明者」がキーワードになっています。
yahoo!の記事から「行方不明」のカテゴリーを見る方が多いようです。
今は新聞よりもyahoo!等がポータルになっているのがアクセスから推測出来ます。

それだけネット人口が増え、情報収集に利用されているのは新聞よりも情報が早い為です。
今回の事件(事故)の場合も翌日の朝刊にしか載りません。

テレビ報道はニュースの時間を見逃せば次のニュースの時間まで待たなければなりません。
その点webは絶えず情報を発信しています。
自分の都合の良い時間に見て多くのニュースを知る事が出来ます。
相手に依存しない自分主体の媒体がwebなのです。

しかしどの記事を選択するかは一人一人の判断に委ねられるのです。



2006年1月23日

blogを検索すると友梨ちゃんの事を書いて頂いているのを良く見かけます。

多くの方が心の片隅に友梨ちゃんを置いて頂いているのが解ります。
サイトを見た方や先日の広島・栃木の事件を見て思い出した頂いた方々だと思います。
定期・不定期に拘らず記事を書いて頂く事で友梨ちゃんの事を多くの方に伝える事が出来ます。
そしてご自身の心の中に確実に根付いて行くと思います。

行方不明から2年8ヶ月が経過した事件ですが過去の出来事ではありません。
今も尚助けを待っているのです。

チラシ、ポスター、サイト。
我々は情報発信しか出来ません。
「知って頂く事」これは我々に出来る第一の活動だと思います。

そして、それを見た方からの情報に期待するしか手立てはありません。



2006年1月22日

本日、本館サイト、別館サイト、そして捜索の輪!の全てのメールアドレスを変更致しました。

今回の変更に伴い「捜索の輪!」専用アドレスを追加致しました。
連日スパムメールが大量に送られてくる為、必要なメールを見落としてしまう恐れがありましたので弊害を覚悟で変更致しました。

皆様には大変ご迷惑をお掛け致しますが、作業を円滑に進める為の処置だとご理解をお願い致します。

また、今回の変更に伴い今までメールのやり取りをして頂きました皆様には個別には変更の連絡を差し上げない事をお許し下さい。
そして、呼び掛けをして下さっているサイト様で拙メアドを明記しているサイト管理人様、申し訳ございませんが変更をお願い致します。
新しいメアドは捜索の輪!のトップページその他のページの一番下にリンクしております。

大変ご迷惑をお掛け致しますが宜しくお願い致します。



2006年1月21日

今日も「ななみちゃんを救う会」の募金額が増えていました。

昨日で1億1,600万円。
実は私は今回送金をさせて頂いておりません。
卑怯な事だと思いますが、これだけのハイペースで金額が増えれば大丈夫だと思いリンクだけの協力で終わってしまいました。

捜索の輪!活動は「情報発信の場」としての位置づけです。
多くの方に知ってもらう事が活動の一番の目的です。
情報を全く持ち合わせていない私にとっては発信しかありません。
その為、気なる事があれば拙サイトで発信をしております。

友梨ちゃん以外の行方不明者のリンク、今回のような募金のリンク。
発信をする者、チラシ、ポスターを配布、掲示をする方。
それぞれが自分に出来る事をする事でお互いの補完が出来ると思います。

捜査は警察の仕事です。
その部分に入り込むことは民間人には出来ません。

オンライン、オフラインに拘らず絶えず伝えて行く努力をしていくだけだと思います。

ななみちゃんを救う会


2006年1月20日

「ななみちゃんを救う会」の募金総額が一億円を超えました。

僅かの期間でこんなに多くの善意が寄せられた事は、今後同じような事案が発生した時のケーススタディーになると思います。
今日も検索エンジンで「ななみちゃんを救う会」を検索したところ30,000を超えるページがヒットしました。
ネットの普及と流行のblogの普及が「情報発信」に大きく貢献をしたと思います。

私も自分のサイトにバナーを貼っていたところ友人が掲示板に書き込みをしてくれていました。
それを読んだ瞬間「これが情報発信」「善意の輪!」だと感じました。
そして自分の事のように達成を喜んでくれていました。
以下に書き込みの内容を添付致します。

一昨夜の日記で「ななみちゃんを救う会」を知り、昨日、個人とうちの会社で急いで振込みに走りました。
そしてさきほどサイトを覗くと達成してましたね!!!
何かむっちゃ嬉しくなりました・・・が、これからが本当の正念場。
絶対に元気になって帰国して欲しいです。

その時の状況や気持ちが手に取るように解る文章でとても感動させられました。
今回も多くの方の素晴らしい心に触れさせて頂きました。
心から感謝申し上げます。

ななみちゃんを救う会


2006年1月19日

<緊急告知3>

一昨日緊急告知をさせて頂きました「ななみちゃんを救う会」の募金額が目標金額の9,000万円に達成しました。

12日の記者会見後から募金活動を始め、僅か一週間での達成に心から感謝致します。
それは今回の事案の緊急性を皆様が認識し迅速な対応をして下さった結果だと思います。

昨日検索エンジンの「google」で検索したところ「ななみちゃんを救う会」の検索結果は12,000ページに達していました。
今日改めて検索したところ18,500まで増えていました。
僅かの期間でこれほど多くのサイトが記事、リンクをしてくれた事が今回の結果の一助になったと思います。

また「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」の検索結果は2年半の活動で13,400になっています。
瞬発力が必要な事案、継続して行かなければならない事案。
状況に応じた活動が要求されると思います。
その状況を認識された多くの方が支援、応援して頂いた結果が目標額達成に繋がりました。

しかしまだ一歩前進しただけ、扉を開いたに過ぎません。
ななみちゃんを安全に渡米させる手段(医療チーム同行の上の特別機、チャーター機の手配)
現地病院での医療環境、ご家族の滞在問題、そして延命の為の透析。
また移植に関しては適合したドナーの問題。
無事手術が成功しても拒絶反応との闘い。
まだまだ予断は許されません。

最初の一歩を踏み出すための準備が出来たに過ぎないのです。


ななみちゃんを救う会


2006年1月18日

<緊急告知2>

昨日緊急告知をした「ななみちゃんを救う会」のサイトにお邪魔しました。

昨日はゆっくり見る時間も無く、バナーだけを貼らせて頂きました。
今日改めて読ませて頂くと、募金開始が1月12日(木)。
サイトも今年に入ってから開設されたようです。
マスコミの配信が12日からですので、ニュース報道された途端一気に募金が寄せられえたようです。
募金の初日は5万円そこそこでしたが、翌日新聞各紙(多分ネットにも)の影響もあり一日で2,200万円。
土日は街頭募金、設置募金のみでしたので二日で370万円強。
そして銀行が開いた月曜日には2,800万円、火曜日は2,200万円。
きっと今日で目標の9,000万円を超えると思います。

しかし、これから急ぎ渡米の準備をし、現地でドナーが見つかるのを待たねばなりません。
彼女に残された時間は後40日ほどです。
いや、もしかしたらもっと短いかもしれません。
多くの方の善意を背に受けて「生きる事」」「元気になる事」を信じて一刻も早く旅立って頂きたいと思います。

彼女に残された時間は後僅かです。

ななみちゃんを救う会



2006年1月17日 A

<緊急告知>

かおりん様のサイト[☆。・:+*かおりんブログ*:+:・゜☆]で、あるバナーを見つけました。
みつみちゃんや山田さんと同じ移植の為の募金を募っているサイトです。
サイトにお邪魔して緊急性を感じ本日急遽リンクをさせて頂きました。

彼女は2月末までに生きている可能性は1%以下と宣告されているそうです。
今回の募金目標総額は9,000万円。
今日一日で約2,000万円の募金が集まり、総額7,600万円になりました。
まもなく目標金額は達成されそうですが、あまりにも時間が無さ過ぎます。

皆様どうかご協力をお願い致します。

ななみちゃんを救う会



2006年1月17日 @

捜索の輪!の支援者の方から時々メールを頂きます。

協力サイトのご連絡やサイト移転のご連絡、ご助言等です。
先日も以前からご協力を頂いております[☆。・:+*かおりんブログ*:+:・゜☆]様の管理人様から連絡を頂きました。
そのメールにはご自宅周辺で「友梨ちゃんのポスターが増えている」とのご報告や「いつもサイトにお伺いすると・・・本当に感動します。」との嬉しいお言葉などが書かれていました。

また最後に「いつも信じる事の大切さと勇気を与えてくださりありがとうございます。」とお礼のお言葉まで頂戴致しました。
今までにも沢山の方から励ましや、ご協力のご連絡を頂きましたが、その一つ一つが私の原動力になっています。

「一人では何も出来ない。」
捜索の輪!は多くの支援者が集まって初めてサイトの存在意義・活動が生じます。
「捜索の輪!」の「輪」には人と人との繋がりの意味を込めてサイト名に入れました。
「支援の輪」「協力の輪」「心と心の輪」

これからもその「輪」を大切に活動を継続して参ります。



2006年1月16日

昨日捜索の輪!のトップページにリンクを貼っている「山田修一さんを救う会」のホームページを訪問しました。

昨年11月から忙しかったので久しぶりの訪問でした。
しかし「山田修一さん」は既に亡くなっていました。

同じ移植の為の募金を募っていた「みつみちゃん」は地元和歌山でしたので近所のスーパーでポスターを見たのが切欠でリンクを貼ったのが昨年の3月。
それから6月に移植の為の募金を募っているサイト様へリンクの承諾のメールを送りましたが、唯一山田さんから承諾の返事が来ただけでした。
メールの主は山田さんの奥様からでした。
非常に丁寧な挨拶文と状況が書かれており、海外での移植を残念して国内で移植を待つとの事でした。
しかし山田さんはあれから半年も経たない間に亡くなってしまいました。

享年46歳。
奇しくも私の46歳の誕生日の日でした。

みつみちゃんは移植も無事成功し現在学校に通っています。
しかし山田さんは・・・・。

みつみちゃんのサイトは「生きている証」として、そして山田修一さんのサイトは「生きていた証」としてサイトが閉鎖されるまでリンクを貼っておきたいと思います。

サイトを見て移植について考えて頂ければ幸いです。


2006年1月15日

<長野不明男児>諏訪湖で遺体を収容 外傷なし

 15日午後0時20分ごろ、長野県岡谷市の諏訪湖釜口水門公園にいた人が「湖に子供のようなものが浮いている」と県警岡谷署に通報した。同署は男児の遺体を収容。服装などから昨年12月3日、母親と付近を散歩中に行方不明になった同県諏訪市清水1、市立高島小5年、堀内龍櫻(りゅうおう)君(11)と確認した。
 調べでは、遺体に目立った外傷はないという。服装は、行方不明になった当時と同じだった。詳しい死因を調べている。
 龍櫻君は昨年12月3日午後3時ごろ、釜口水門公園内を家族で散歩中に、母親(49)らがトイレに行っている間に姿が見えなくなっていた。【川崎桂吾】
(毎日新聞) - 1月15日19時17分更新

捜索の輪!でも情報呼び掛けをして参りましたが、最悪の結果になってしまいました。
詳しい原因(事故・事件)はまだ発表はありませんが、若い男女との関連性はどうなっているのでしょうか?
ネットで調べてみると目撃情報に虚偽の可能性があるようですので、もしかしたら行方不明直後に誤って溺れた可能性もあります。

龍櫻君のご冥福をお祈り申し上げます。



2006年1月13日

何度もポスターの印刷並びに発送のご協力を頂いている(株)メルファムの田中様からメールを頂きました。

今までは作成済みのポスターを印刷して頂き郵便局に発送して頂いておりましたが、今回は新しい種類のポスターを一から作って頂けるとの事です。
その為、わざわざ捜査本部まで出向いて頂き掲載内容の打ち合わせまでして頂きました。
友梨ちゃんに関する基本情報や当時の状況。
それ以外に「捜査当局が何についての情報を必要としているのか?」

限られたスペースに必要十分な情報を載せる必要があります。
「見慣れた構図にならないように」
「足を止めて見て頂けるように」
「捜査の意図・目的が解るように」

民間会社、民間の方ががここまで協力して頂ける事は同じ支援者の一人として頭が上がります。
ポスターが完成すれば頂ける事になっておりますので、手元に着き次第「捜索の輪!」にもアップさせて頂きます。

そして善意の気持ちを少しでも有効活用出来ればと思います。


2006年1月12日

最近、大量の「スパムメール」が来ます。

ほぼ連日100通近い数です。
一昨日はついに200通を超えてしまいました。
メールの件名は「メアドかえたよ!」「重要」「緊急のご連絡」「当選しました!」「ご協力下さい」等々、何とか開かそうと馬鹿な頭を使っています。
内容も「私は○○歳の△△と申します。・・・」など、良くこんな文章が書けるものだと思ってしまいます。
自分が「情けない」と思わないのでしょうか?
仕事、金儲けと割り切ってやっているのでしょうが、狂気すら感じます。
これもwebの「罪」の部分ですが、非常に邪魔な「罪」です。
もっと有益は使い方をしないと折角のツールが「悪の権化」だと思われる日がすぐにやって来そうです。
道具は使う人によって役にも立ち、凶器にもなります。

セキュリティーを駆使していろいろやってはいますが、ドメインを変えて送ってくるのが多くあり、何時まで経っても減りません。
このままでは本当必要なメールを見逃して削除しかねません。

その為、近々メールアドレスの変更をしようと思います。
実施日は追ってHP版捜索の輪!の「管理人からのお知らせ」のページにてご案内させて頂きます。
いままでご連絡を頂いた方々に個別には変更の連絡は致しません事をご了承解下さい。
ご迷惑をお掛け致しますが宜しくお願い致します。



2006年1月11日

年末年始の休み期間中(12月30日〜1月5日)までのアクセス数が極端に減少しました。

31日、1日は200台、その他は300台でした。
皆様がwebにアクセスしなかった為だと思いますが、私は逆に休み期間中に訪問して頂けると思っていました。
また5日に少しアクセスが戻ったのは京都府精華町で行方不明になっていた子の発見のニュースの為だと思います。
「行方不明」がいつもキーワードになります。
現在捜索の輪!のトップページには12名の行方不明者の方々のリンクを貼らせて頂いております。
12名とも未だに発見・保護されていません。
年月も相当経っている方も多くいますので情報も少なくなって来ていると思います。

是非今一度ご確認を頂き気が付いた事は担当の警察までご連絡をお願い致します。
詳細は「HP版捜索の輪!」にてお願い致します。



2006年1月10日

友梨ちゃんが行方不明になって3度目のお正月が過ぎました。

そしてまた新たな学期が始まりました。
彼女の6年生最後の学期です。
後2ヶ月強で卒業式です。
友梨ちゃんの帰りを待ち続けた旧友、クラスともお別れになります。
小学校6年間のうちの半分しか彼女は小学校に通っていません。

後2ヶ月。
せめて残りの2ヶ月だけでも元気に友達と小学校で学ばせてあげたいと思います。
担任の先生やクラスの仲間が友梨ちゃんの帰りを待っています。

是非皆様からの情報をお願い致します。
きっと誰かが目撃しているはずです。
きっと誰かが彼女の消息を知っているはずです。



2006年1月9日

「40人のボランティア、除雪に参加 長野・飯山」の記事を読みました。

参加者の一人は地震の時に助け合いの大切さを実感したといい、「何か役に立てれば」と考えて、友人3人を誘って車で駆けつけそうです。
「自分に出来る事」
自分にとって些細な事でも相手にとれば本当に有り難い事かもしれません。
少しでも人の役の立つ事は、相手に喜んで頂けると同時に「役に立つ事が出来る」実感もあると思います。
同じ人生、自分の都合や利益だけの為に生きて行くのでは無く共存していく事が大切です。

その中で自分に出来る範囲での協力をして行きたいと思います。



2006年1月6日

昨日突然「本館」「別館」そして「HP版捜索の輪!」の掲示板すべてが繋がらなくなりました。

どれも同じレンタルサーバーを利用させて頂いておりますのである意味仕方の無い事ですが一部の書き込みの文章を読む事が出来ませんでした。
書き込みを頂いた皆様本当に申し訳ございませんでした。
本日掲示板は復旧しておりますが12月30日から1月5日までのログも消えてしまっております。
皆様が貴重なお時間を割いて書き込み頂いたにも拘らず大変失礼致しました。
重ねてお詫び申し上げます。
書き込み頂いた文章は携帯に転送しておりますので一部は読む事が出来ましたが全文まで転送出来ておりませんのでレス等が出来ません。

これに懲りずに皆様からの書き込みをお待ちしております。
本当に申し訳ございませんでした。



2006年1月5日

京都府精華町で行方不明になっていた女の子が無事保護されました。

今日の夕刊には公開捜査と出ていましたので捜索の輪!でも呼び掛けをしようとwebを検索していたところ「無事保護」の報道を見つけました。
行方不明から丸一日でしたが、彼女の年齢が友梨ちゃんが行方不明になった年齢と同じだったので気になっていました。
幸い友達の家に泊まったそうですので、寒さも凌げたようで安心しました。

ついでにyahoo!の記事を読んでみると「香川県の五色台で行方不明になっている大西有紀ちゃん」と「長野県の諏訪湖から行方不明になった堀内龍桜君」は未だに行方不明にままです。
両者とも捜索の輪!のトップページに警察からの情報呼び掛けのリンクを貼っていますので心当たりの方はご一報をお願い致します。

何度も書きますが皆様からの情報が必要です。
些細な事でも結構ですので是非情報をお願い致します。


2006年1月4日

本日捜索の輪!のトップに長野県で昨年12月から行方不明になっている堀内龍櫻君の長野県警のページをリンク致しました。

家出と言う形での失踪ですが行方不明から1ヶ月が経過し安否が心配です。
行方不明からの経過は逐次webで確認をしておりましたが、行方不明当初の情報以来全く情報が無いようです。
何処かで無事過していると思いますが、保護した方からの連絡が無いのは不可解です。

事故に巻き込まれたのか、事件に巻き込まれたのか、は現段階では不明ですが行方不明になっているのか紛れも無い事実です。
小学生が1ヶ月以上も音信不通になっている状況は極めて異常な事です。

どうか保護されている方は警察に連絡をお願いいたします。


2006年1月1日

皆様、昨年は捜索の輪!活動に多大なるご尽力を賜り厚く御礼申し上げます。

友梨ちゃんが行方不明になって3度目の新年を迎えました。
家族揃って迎える事が出来ない新しい年。
無念としか言いようがありません。
「今年こそは友梨ちゃんの元気な姿を見たい!」
そう願いながらこの日記を書いています。

昨年は本当に沢山の方のご協力・ご支援を頂きました。
また、捜査本部の方とも何度かお会いしました。
多くの方と拘りながらのこの活動に携わって来ました。
この活動を始めて2年半。

「今年こそ!」
その願いが叶えられるようご支援をお願い致します。



2005年12月31日

今日で2005年が終わります。

念願の「友梨ちゃん無事保護」のニュースを見る事無く年末を迎える事は非常に残念でなりません。

「来年こそは!」
ご家族をはじめ捜査当局、関係者の多くはそう思っているはずです。
多くの捜査員、そして沢山の支援を頂いた一年ですが、来年は今年以上の活動をしなければなりません。

年月が経過すると街角に貼られているポスターと同じで事件の記憶も心の中で色褪せてきます。
鮮明な映像として飛び込んで来ない分、それだけ質・量とも増やす必要があります。

今一度、情報の発信(ポスターの掲示、チラシの配布、リンク協力、バナーの設置)をお願い致します



2005年12月28日

昨日から行方不明になっていた小学校2年生の男の子が舞鶴湾で遺体で発見されました。

このニュースを見るまでは行方不明になっている事を知りませんでした。
もしかしたら公開捜査前だったのかもしれません。
今回は事故の可能性が高いようですが、幼い命が消えて行った事は残念でなりません。
子供が被害に遭う事件・事故は今年は特に多いように思います。
子供が加害者の事件もありました。

今回も「行方不明」の言葉でHP版捜索の輪!には普段の倍のアクセスがありました。
また、yahoo!の友梨ちゃんの記事も要因だと思います。
webに記事が配信されると、今回のようにアクセスが増えます。
しかし、以前のような反響になる事はありません。
2倍、3倍が今の関心の度合いだと思うと少し寂しい気持ちになります。

行方不明当初と同じ気持ちを持ち続けているのは関係者だけなのかもしれません。


2005年12月27日

昨日、友梨ちゃんの件で気になる事があり捜査本部のご担当者様に電話を入れました。

すると、ポスター郵送のご協力を頂いている田中様が捜査本部にお越しになられた事を聞きました。
訪問の目的は来年新しいポスターの制作をして頂く時の友梨ちゃんの顔写真の相談の為だそうです。
氏は以前から何度もポスターをお得意先の郵便局に送って頂いておりますので来年も継続して配布をして下さるそうです。

2003年5月20日。
今から2年7ヶ月も前の話です。
事件発生は昔でも友梨ちゃんが行方不明になっているのは「今」です。
何度も書きますが「進行形の事件」です。
過去のものにしない為。
風化をさせない為。
そして「友梨ちゃんを救う為」にも「継続的な協力」「現在進行形の支援」が必要です。

何故来年のポスター?
来年まで見つからないの?

今出来る事をしながらも先の事を考える、用意をする事も必要な事です。
何も準備をしないで年を迎えてしまうより次の手を考えて事態に備える。

その繰り返しが今までの活動であり、これからの活動です。



2005年12月26日

子供を地域の大人が指導、庇護をして来た時代がありました。

私が小さい頃、ちょっと遠出をすると「お宅の○○ちゃんがあんなとこにいたよ」と言ってくれました。
幼心に「余計な事を・・。」を思っていましたが、それが地域で子供を見守る事だったと今更ながら感じます。

友梨ちゃんが行方不明になって各地で「こども見まもり隊」や「安全パトロール隊」などが発足しました。
それが自然と出来ていた時代に育った事に感謝しなければならないと思います。

私の母は今でも危ない遊びをしている子供を叱っています。
「時代が違う」
少なからず私の感覚はそうでした。
しかし、それが無くなった為に地域の密着や子供と大人の距離が離れたように感じます。
不審者が増えたのと同時に子供への関心が減って来たのだと思います。

もっと子供の行動に感心を持って、子供も見守っていかなければならないと思います。

それが事件の防止に役立つはずです。



2005年12月22日

私が住んでいる隣の地域では素晴らしい活動が行われています。

先日この地区の事が新聞でも紹介されていました。
活動の内容は学校が終わる時間に町内放送があり、その放送を聴いた地域の方々が表に出て児童が通るのも見守っているそうです。
地元と学校が協力して地域の子供を地域で見守る事で不審者が入り込み隙を与えない抑止効果が期待できます。

「誰かに見られている」
これが今出来る活動でベターな方法だと思います。
「自分の子供でないから関係ない」
「忙しくてそんな時間は無い」
そう言う人もいるとは思いますが、多くの方が子供の安全を願って協力されています。

子供は地元の財産、国の財産、家族の宝です。
そして将来を託さなければならない大事な人材です。



2005年12月21日

今日、捜査本部の担当者様とお会いしました。

午前中泉南、泉佐野のお得意先を3件回り11時前に泉佐野警察へ。
近くの喫茶店で打ち合わせをしました。

もちろん捜査情報は教えては頂けませんでしたが、大まかな部分で少し話をして頂きました。

現在も事件発生当時と変わらない人員で捜査をして頂いており、多方面からの捜査を行っているようです。

以前も書きましたが捜査員が足で稼いだ情報は元はと言えば皆様方からの情報に負う所が大きいと思います。

今でも時々「捜索の輪!」に連絡を頂く事があります。
そのような情報を一つ一つ丁寧に調べて行く事で「情報の選別」「情報の蓄積」そして確証へと繋がって行きます。


2005年12月20日

昨日「捜査本部」のS警部補に電話をしました。

以前から協力を頂いている方からの情報提供の為です。
先日も他市に貼られているポスターの確認のお願いをしたところすぐに捜査員を派遣して頂き現認並びに対応をして頂きました。

友梨ちゃんが行方不明になって今日で2年7ヶ月になりますが、今でも当時と変わらず捜査を行って頂いております。

捜査本部から依頼がありましたので、近々お伺いする予定をしております。
少しでも捜査の手助けが出来ればと思っておりますが、私は情報も何も持ち合わせておりません。
しかし、民間レベルの協力は必要な事だと思います。
どのような形であれ、動く事が大事な事です。
動く事で一人でも多くの方に関心を持って頂けると思います。
また少しでもお手伝いが出来ればほんの少しだけでも捜査が進展すると思います。

捜索の輪!活動はその為の受け皿であり、情報の窓口だと肝に銘じ活動を続けて参ります。
些細な事でも結構ですのでどうか情報をお願い致します。


2005年12月19日

先日、映画「男たちの大和」を観ました。

映画の宣伝をするつもりではないですが、今の時代だからこそ是非見て頂きたい作品だと思います。
時代は違っても「命の尊さ」「家族の愛」は変わりません。

殺伐とした今の時代。
幼い子供が犠牲になる事件・事故が増えている時代。
人間の闇の部分が頭を擡げている時代だからそこ、60年前の日本の国が崩壊した時代に生きた若者達の生き様、死に様を少しでも感じて頂ければと思います。

時代が変わっても変わらないのは家族の愛情だと思います。
「母親の愛情」を1シーンで見事に表現した部分はそれだけで価値があると思います。

生きたくても生きる事が出来なかった者。
大切な人の為に自ら死地へと赴いた者。

それが今は平気で他人の大切な者を奪う者が大勢います。
何物にも替え難い大切な命。

命の尊さを改めて考えさせられました。



2005年12月15日

子供を取り巻く環境は数年前に比べると非常に悪化しています。

通学路さえ安全では無い。
子供を交通事故から守る為に通学路は選定されたと思います。
交通量が少ない道。
危険箇所の少ない道。

しかし、これからは交通量が多い方が安全なのかもしれません。
何故ならそれだけ多くの方に見て頂けるから。
一人になる機会が少ないから。
不審者に犯行の機会を与えないから。

息子が通っている通学路は交通量も少ないですが通行人も少ない通りです。
言うなれば「裏道」です。
交通事故に遭う危険性より不審者に遭遇する危険性の方が高くなっているかもしれません。
これからは地元住民の多くの目が事件防止に威力を発揮します。

是非登下校時の時間帯でお時間のある方は表に出て子供達を見守って頂きたいと思います。

通学路、今の時代を考えれば一番危険な通りなのかもしれません。


2005年12月14日

「行方不明事件」

記事の配信を知らなくてもこのキーワードがマスコミに登場すると「捜索の輪!」のアクセス数が増えます。
今月は3度アクセス数が1,000件を超えた日がありました。
最初は12月2日の栃木県の吉田有希ちゃんの遺体が発見された日です。
そして12月7日は4日に遺体が発見された山浦希望さんが大きく影響しているように思います。
また、長野県の小学5年生の堀内竜桜(りゅうおう)君の公開捜索が6日ですのでその関連もあると思います。

そして昨日。
yahoo!からの訪問が一番多いのと同時に今回は何処かの掲示板からの訪問が多かったようです。

長野県の事件はちゃんとした大人が食事を与えたりしていたようですが、何故その時警察に通報しなかったのか残念でなりません。
警察に保護さえして頂ければ無事に親御さんの下に帰してあげる事が出来たはずです。

最後に彼を乗せた若い男女。
それからの足取りは解っていません。


2005年12月13日

学習塾小6女児殺害事件の萩野裕容疑者の犯行時の供述が掲載されていました。

それを読んで不思議な気持ちになりました。
容疑者は「塾の正社員になる希望を持っていたこと」です。
今のままでは正社員になる事は出来いとしても、彼女が死ねばなれるとでも思ったのでしょうか?
ましてや自分で殺害をすれば尚更正社員になれる事なんか不可能な事です。

また容疑者は「逃げたり、死んだりするつもりはなかった」とも供述しています。
心身衰弱状態だったとでも言いたいのでしょうか?
偽装、狂言を何一つせず、逮捕される事を前提の犯行としか言いようがありません。

彼女を殺さなければ、アルバイトをクビになる。
正社員にもなれない。
だから殺害した?
あまりにも短絡的で幼稚な発想なのでしょう。

そんな事が尊い人命を奪った動機なのでしょうか?



2005年12月12日

京都府宇治市の殺人事件の容疑者の萩野裕(同志社大学4回生)について、彼を知る方のコメントが載っていました。

「からかわれやすい性格だったが、怒った姿を見たことはなく、いつも笑って言い返していた」
「経済に興味があり、法律関係の専門学校にも通っていると話した。受け答えもしっかりし、なぜ事件を起こしたのか分からない」
「根がまじめで思い詰める性格」

「あの男なら何時かは何かやると思った」と言う犯人もいれば、今回のように「まさかあの人が・・」と言う犯人もいます。
計画的・偶発的何れにしろ「起こした事件」は変わりません。

「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する。」
刑法199条は懲役3年〜死刑までの懲役刑を謳っています。
今回の事件は死刑にはならないと思いますが懲役20年くらいの刑になるのではないでしょうか?
しかし、模範囚で10年そこそこで刑期を終了する事も考えられます。

今までの事件の再犯性を考えるとそれまでの更正・矯正システムでは第二の犯罪の可能性も否定出来ません。
刑期を終了さえさせれば良いのでは無く、社会復帰した後が大事になります。
そこまで考えた更正・矯正システムを構築しないと悲劇が繰り返されるだけです。

「犯罪の防止」「犯人の検挙」そして「再発防止」



2005年12月10日

また悲惨な事件が起きました。

今度は「塾」が犯行現場になりました。
塾の講師が生徒を包丁で刺すと言う考えられない出来事でした。
被害者の小6の女の子は死亡。
犯人は現場で捜査員に逮捕されましたが、また子供が犠牲になりました。
最近起こっている行方不明事件・誘拐事件とは異質な事件ですが、大人が加害者、子供が犠牲者の構図は変わりません。

まだ事件の動機の解明はされていませんが「口論になって包丁で刺した」「女児にからかわれていた」との報道もありました。
大学生が小学生と口論になった、からかわれたと言う理由で殺害まで飛躍する事は今の大人の精神的な弱さが見えてきます。
「自分より弱い者を対象にする。」
「自分の感情をコントロール出来ない。」
そして「善悪の判断が出来ない。」
しかも今回の事件は計画的犯行の可能性も示唆されています。

今一番恐ろしい事は「普通に生活している人間が凶悪犯罪を起こす事」かもしれません。
精神的に病んでいる部分もありますが、それは自分の弱さに起因しているように思います。

「人間関係が構築出来ない」
これも今の犯罪の裏に隠されたキーワードだと思います。



2005年12月9日

久しぶりに記事の配信がありました。

新聞の大阪版には時々掲載されているようですが、web上での配信は8月以来です。
昨日blogにコメントを寄せて頂いたのがその記事だったようです。
新聞掲載は他紙や他地区では解りません。

webで活動をしているものにとってはweb掲載に関心が行きます。
もちろん、新聞掲載が有って初めてwebに掲載される訳ですので、アラートや検索で配信を知る事になります。

yahoo!トピックスなどは多くの方が目にします。
またその他のポータルも重要なファクターです。

忘れられない為にも記事の配信が重要です。


2005年12月8日

11月は捜索の輪!のアクセス数に微妙な変化が現われました。

今までは頑なに400台を推移していたのが11月は300台〜700台を一週間のサイクルで増減しています。
徐々に減って300台、そしてそれから徐々に増えて700台を繰り返しました。
blogの方もアクセス数は少ないですが同じような傾向が出ています。

仕事が忙しくて充分なメンテが出来なかった影響も考えられますが、外的要因の方が強いと思います。

何が切欠でサイトに訪れて頂けるのか?
マスコミ?協力サイト?2ch?

何かが動くとアクセスに影響します。



2005年12月7日

昨日掲示板に捜索の輪!のトップページにリンクを貼っている「山浦希望さん」の事が書かれていました。

事実関係を確認しようと検索をしましたが、公式見解は見つかりませんでした。
しかし、三重県警のHPからは彼女の情報提供のページが削除されていた事、SOSファイルで「白骨化した遺体が発見された」との記述等を考えればほぼ間違い無い事のように思われます。
マスコミの記事は見つかりませんが、2chの書き込みの中にそれらしい記事を見つけました。

幾つかのスレを読んでいると当時の警察の捜査に問題があったように感じました。

事故なのか事件なのかは解りませんが「真実」の究明を願います。
警察のサイトからページが無くなっていますのでリンクを解除致します。


2005年12月6日

昨日、大阪で姉妹を殺害した犯人が捕まりました。

まだ別件での逮捕ですが、ほぼ間違いない事だと思います。

犯人は22歳の無職の男です。
驚いた事にその男は16歳当時に自分の母親を撲殺して少年院に送致されていたそうです。
2年前に退院をしたそうですが、約4年の間少年院で何を教えていたのでしょう。

先のイトーヨーカ堂事件や奈良の楓ちゃん事件。
更正した筈の人間が罪を犯しました。
「更正しているふりさえすれば出所・退院が出来る」
そのようなシステムが罷り通っているのだとすれば非常に危険な事です。

人間の心の奥底まで見抜くことは出来ません。
人間の本心を正確に把握する事も出来ません。
二度と犯罪を犯さないように教育・矯正する事は出来ないのでしょうか?
もしそれが不可能なら、たった数年で世間と交わらず事は避けるべきです。

「もう大丈夫」だと誰が判断したのでしょう?
その人にも責任が存在する事を真摯に受け止めるべきです。



2005年12月5日

栃木の事件の影響でしょうか?

12月2日のアクセス数が1,000件を超えました。
あれから連日アクセス数が増えました。
「行方不明」
このカテゴリーでyahoo!から300件ほどの訪問を頂きました。
先日の広島の事件、そして今回の栃木の事件と行方不明から殺人死体遺棄と最悪な結果に終わってしまいました。
広島の事件はペルー人が逮捕されましたが、テレビのインタビューの中で「今回たまたま外国人が犯人でしたが、日本人の不審者情報も多かったので・・・。」
とのコメントがありました。
事件が起こって初めて公になる「不審者情報」。
地元住民の中で噂になっている、未遂に終わっている事案が多くあると思います。
警察もその情報を逸早くキャッチして、素早い対応をお願いしたいと思います。
「事件性が無いから検挙が出来ない」
事件を解決するだけでなく、事件を未然に防ぐのも警察の仕事です。
「指導」と言う形で該当者を呼ぶ事で抑止効果はあると思います。

「防犯」にもっと力を入れて頂きたいと思います。



2005年12月3日

先日の広島、今回の栃木と子供が犠牲になる事件が後を絶ちません。

栃木の事件は広島のそれに触発された可能性がありますので第三の事件が危惧されます。
今日の新聞にでここ数年の幼児殺害事件で犠牲者のほとんどが7歳でした。
たった7年間の命、たった7年間の思い出しか存在しません。
うちの娘はもう16歳になりました。
息子も来年3月で9歳になります。
あっと言う間の9年、そして16年でした。
それよりも短い7年間は無くなった本人、そして親御さんにとっては一瞬の事だと思います。
もっと沢山の記憶や思い出を作りたかったと思います。
もっと沢山の話をしたかったと思います。

それはもう叶わない事なんです。


2005年12月2日

また痛ましい事件が起きました。

今度は栃木県の吉田有希ちゃん7歳です。
彼女は昨日下校途中に行方不明になり地元警察などが懸命に行方を捜していた矢先に現場から60km離れた常陸大宮市の山林で今日遺体で発見されました。

広島の事件と同様、不審人物が多くの人に目撃されていますので犯人逮捕は時間も問題だと思います。
他人の大事なモノを奪う権利は誰にも与えられていないはずです。
自分の命より大事な宝なのです。
親御さんにとって彼女は「夢」であり「生甲斐」であり「全て」なのです。

犯人逮捕は当然の事です。
そして二度と悲惨な事件が起きないよう教育現場、地元が一体となって今一度登下校時の安全を図る施策を講じなければなりません。
通学路の不審者情報の開示並びに抑止力の行使を早急に実施して欲しいと思います。

有希ちゃんのご冥福をお祈り申し上げます。


2005年12月1日

最近忙しかったので訪問していませんでしたが、久しぶりにみつみちゃんのサイトにお邪魔すると彼女が11月10日から元気に学校に通っている事を知りました。

通学出来るまでに回復した事は本当に「良かったね!」と心から祝福の言葉を贈りたいと思います。

何度も書きますが、簡単に経過を伝える事、知る事が出来るのもwebの良いところです。
必要な情報や役に立つ情報を得る道具として有意義な使い方をすれば本当に素晴らしい媒体だと思います。
その反面、他人を誹謗・中傷する事も簡単に出来ます。
悪影響を及ぼすソースも多々あります。
その悪影響の部分だけが大きく取り上げられる事も多くあります。
自殺サイト、出会い系サイトが齎した事件・事故が後を絶ちません。
それらが氾濫する中で正しい選別、判断をしていく必要があります。

道具は使う人によって凶器になる事もあります。


2005年11月30日

広島の女児誘拐殺人の犯人は捕まりました。

犯人は日系ペルー人の男でした。
妻と子供を故郷に残して一人日本で働いていたようです。
まだ犯行の動機等詳しい事は解りませんが、何故自分の子供と同じような歳の子供を殺さなければならなかったのでしょう。
故郷に残した子供を思い出して声を掛けたのが切欠?
失職してムシャクシャしていた為?
いずれにしろ他人の大事な子供の命を奪うほどの動機などあるはずがありません。

犯人は捕まった事で地元では安堵の声が聞こえますが、例え犯人が捕まってもあいりちゃんは戻って来ません。


2005年11月29日

先日某テレビ局の番組スタッフからメールを頂いた事を書きました。

そのメールの最後に「至急メールで返信頂ければ幸いです。」と書かれていました。
友梨ちゃんの事では無かったですが、すぐに返信をさせて頂きました。
しかしその後の連絡はありません。

この件でマスコミは一般市民を軽く見ているのが判りました。
まさにマスコミの驕りだと感じました。
画像の使用許可の依頼を送って、こちらが承諾のメールを返信すれば、少なくとも返礼を送るのが当たり前だと思います。

webのみならず普段の生活でも最低限のマナーだと思います。
それを弁えないのがマスコミなんでしょうか?
マスコミだから当然?

友梨ちゃんの事はマスコミの力をお借りして広く皆様に知って頂いております。

苦言を言える立場では無い事は充分承知していますが、そんな気持ちになった出来事でした。


2005年11月28日

最近捜査本部のご担当者様とよく電話で話をします。

また10月に入ってから3度捜査本部にお邪魔をし、いろいろ話をお聞きしました。
2.3ヶ月連絡がない時もあったので頻繁に話をする事で捜査の進展を感じます。
捜査上の事なので詳しい事は教えて頂く事は出来ませんがいつも真摯な態度で接して下さります。
本当に地道は活動を2年半も続けて頂き皆様のご苦労心から感謝致します。

ただ、結果が出ていない事でご家族や関係者から不満の声が上がっているのもある意味仕方が無い事だと思います。
警察は「事件を解決して当たり前」が前提になるからです。
解決して当たり前。
出来なかったら「何をやってるんや!」と言われます。
不祥事を起こす警官や、警察の怠慢が招いた事件も多く報道されます。

しかし「友梨ちゃん事件の捜査本部」の方は本物の警察官だと私は信じています。



2005年11月25日

今日は普段より少しアクセス数が多いです。

多分広島のあいりちゃんに関連して皆様が友梨ちゃんの事を思い出して下さったからだと思います。

友梨ちゃんの事件以前は正直あまり意識をしませんでしたが友梨ちゃんの件を境に非常に気になるようになりました。
新聞やテレビで見る度に涙が出てきます。
多分自分の子供と同化してしまうからだと思います。
「もし自分の子供だったら」
「友人の子供だったら」
それ以上に幼い子供のあどけない笑顔を見ると・・・。
悲しいです。
悔しいです。
憎いです。

二度とその笑顔を見る事が出来ない。
二度とその体に触れる事が出来ない。
二度と声を聞く事が出来ない。

ご家族にとってはその日で時間が止まったままだと思います。

そして、時間を戻す事が出来たら救う事が出来たと・・。



2005年11月24日

広島でまた事件が起きました。

今回も幼い子供が犠牲になりました。
本当にどうしてこのような事件が多発するようになったのでしょうか?
親御さんの心中を察すると無念としか言いようがありません。

親の躾でしょうか?
家庭環境でしょうか?
今回も団塊ジュニアが事件に拘っているように思います。
年齢で言うと35歳前後。
高度成長で家庭を顧みなかった親。
放任主義が招いた事件なのでしょうか?

他人にとっても子供は大事な財産です。
それが親にとってはかけがえの無い大切な宝物です。
それを奪う権利や侵す権利は誰にも与えれていません。
それがどうして判らないのでしょう?

「二度と悲惨な事件が起きないように願いながら」と何度書いた事か・・・。



2005年11月23日

仕事中に泉佐野警察署に行って来ました。

いつもご協力を頂いている北龍様からポスターの依頼を受け、捜査本部の手持ちを頂きに行って来ました。
玄関先で少し話をさせて頂きました。

ご担当者様は「皆様からの情報が必要なんです。」と繰り返しおっしゃっていました。

捜査は情報の積み重ねです。
「事件に拘りたくない」「他人を疑いたくない」「容疑者だと思われたくない」
自分に関係ないことなら心に閉まって良いのでしょうか?
皆様の一言が捜査を円滑に進め、事件解決の切欠になるかもしれません。
自分では何でも無いと思っている事が重要な事かもしれません。

今からでも遅くありません。
是非お持ちの情報をお寄せ下さい。



2005年11月22日

友梨ちゃんが行方不明になって2年半が経過しました。

子供が初めて外泊した時は1日や2日で帰って来るのが解っていても心配でした。
いつもいる子供が家に居ないと「今頃何をしてるのか?」と気になりました。
でも必ず帰って来ましたし、それが当たり前の事でした。
しかしその当たり前であるはずの事が吉川様の家では今の現実が重くのしかかっています。
「普通の生活」「ささやかな幸せ」「当たり前の事」

今まで通りの生活が早く出来るようにお持ちの情報は捜査本部まで是非お願い致します。
そして情報の発信をお願い致します。


2005年11月21日

掲示板にTVの力の事が書かれていました。

時々同じような内容の書き込みを頂きます。
「あの放送からその後どうなったの?」
私も同じ疑問を持ち続けています。
プロローグだけで終わってしまったような内容でしたのでその後は?

時期を計っているのか?
出演者の都合か?
スポンサーの問題か?

民放はスポンサーの意向で内容が左右されます。
「24時間テレビ」が始まった頃は「画期的な番組」だと眠い目を擦りながら応援していました。
継続する事は素晴らしい事ですが、最近はショー的な要素だけが目立っているように思います。
原点に戻り、本来の趣旨をもっと明確にして欲しいと思います。
社訓には「社会に貢献」と言う言葉が入っている企業が多いと思います。

「たった一人の女の子」の事件かもしれませんが、是非協力をお願い致します。


2005年11月18日

昨日テレビ大阪の番組スタッフの方から連絡を頂きました。

てっきり「捜索の輪!」の事だと思い内容を読むと、本館サイト内の写真の使用許可のお願いでした。
使用に関してはもちろん承諾をしましたが、「友梨ちゃんの事も取り上げて頂きたい」旨を付け加えて返信させて頂きました。

テレビでは朝日放送のニュースで2度、テレビ朝日の報道ステーションで1度(どちらも同じ内容)「捜索の輪!」のトップページを放送して頂きました。
テレビ、新聞、ラジオ等のマスコミからの発信は非常にインパクトがあります。
またyahoo!のトピックスも影響力は絶大です。

もうすぐ2年半です。
マスコミの皆様、是非「友梨ちゃん」の事を取り上げて下さい。
協力の喚起、情報発信の為に宜しくお願い致します。



2005年11月17日

以前に比べて捜査本部のご担当者様と話をする機会が増えました。

今月になって三度お電話を頂きました。
連絡を頂くと一歩でも捜査に進展や変化があった事が感じ取れます。
一般市民の私には捜査内容を計り知る事は出来ませんし、お教え願えないのも判っています。
しかし、動きは感じる事が出来ます。

「2年5ヶ月も経って一体何をしているのか?」と疑問や不信感を感じる方が多いと思います。
今回の事件の特異性を考えると「目撃情報」に大きな原因があるのがお解かり頂けると思います。

2003年5月20日午後3時頃に事件現場付近を通行された方は是非捜査本部にご連絡をお願い致します。

不審車両を特定する為では無く、不審車両から除外する為です。



2005年11月16日

「捜索の輪!」を開設した頃は、最後まで裏方で終わろうと思っていました。

しかし、1年が近づいた頃、報道機関に働きかけをしました。
1年の報道が最後の大きな報道になると感じたからです。
この機会に「捜索の輪!」の存在を知って頂かないと「報道と報道の間」の補完の役目が果たせないからです。

また、その頃初めて吉川様ともお会いしました。
当初は友梨ちゃんが無事見つかった時にお会いして
「良かったですね!」
「ありがとう!」
の言葉だけで終われたらそれで良いと思っていました。

そう願いながら2年4ヶ月もサイトが存続してしまいました。



2005年11月15日

先日捜査本部のお伺いした時に担当者の方が「ポスターは新しい物に貼り替えたいが予算が・・。」と言っていました。

捜索の輪!活動で募金の呼び掛けを考えた時期もありますが、お金が絡む事なので躊躇していました。
早くから募金を始めていればもしかしたら纏まった数のポスターを作る費用が出来たかもしれません。

しかし捜査本部のご担当者に「○○さんは金銭の事に一切拘らずに活動を続けた方が良いですよ」と言われましたのでもう暫く考える事にします。

先日、何度もポスターを配布して下さっている田中様が捜査本部にポスターを持って行って下さいましたのでこれで少しは支援者様からの要望に応えられると思います。

お近くのポスターが色褪せていれば、是非拙サイトから印刷をして頂き貼り替えをお願い致します。


2005年11月14日

昨日の「管理人からのお知らせ」にも明記致しましたが、友梨ちゃんのスクリーンセーバーを作って下さった方がいらっしゃいます。

何度かβ版を作って頂き今の形になりました。
当初は「捜索の輪!」で配布を考えていましたが、「Vector」への登録をして頂きましたので、そちらのURLをリンク致します。
日記以外にも「捜索の輪!」のトップに貼るように致しますのでご利用をお願い致します。
職場のPC等で使用して頂くと皆様がいない時でも訴求が出来ると思います。

今回のSCは「ソフト工房"空の牙"」様の管理人のcougar様のご協力です。
本当にありがとうございました。


2005年11月11日

月1日からリンク協力を頂いている北龍様から30通以上のメールを頂きました。

殆どがリンク協力の呼び掛けで協力して下さったサイト様のご連絡です。
またポスターの掲示・チラシの配布のご連絡も頂きました。
お住まいは関西から遠く離れた北海道ですが、非常に精力的に動いて下さっております。
二人のお子様をお持ちなので「人事ではない」とのお気持ちがお強いと思いますが、同じようにお子様をお持ちの方が多い中で希少です。

捜索の輪!にお越し頂く多くの方の中には、リンク協力やポスターの掲示のご協力、お友達のサイトへ協力の要請。
何かを感じて頂いた方が自分に出来る協力をて行って下さっております。

その自発的な行動が「捜索の輪!」の原動力です。



2005年11月10日

捜索の輪!活動を通して多くの方と接する事が出来ました。

しかし直接お会いした方はほんの数名だけです。
ポスターをお渡しした方、協力に対するお礼にお伺いした方。
また一緒に捜索活動に参加された方。
職場やご自宅が近くでたまたま都合がついた方だけです。
東京からわざわざお越し下さった方もいます。
webを通して名前も素性も何も知らない者同士が同じ目的の為に協力する。
まさに「時代の成せる技」だと思います。

webの発達が無ければ捜索の輪!活動は存在しません。
「自分に出来る事」からこの活動は始まりました。

皆様もポスター1枚、チラシ1枚からでも結構ですのでご協力をお願い致します。



2005年11月9日

先日、大阪府警に情報を送ろうと「情報送信フォーム」をクリックすると「ページが見つかりません」のメッセージ。

府警のトップページから入ると、サイトがリニューアルされていました。
多分10月1日からだと思いますが、2.3日気が付きませんでした。
以前直接このページをリンクする時に府警の担当者様に言われた事を思い出しました。
「突然urlが変わる事がありますので・・・。」

10月3日に変更作業が完了しておりますので皆様情報がございましたら大阪府警までお願い致します。

今までに何度か大阪府警に情報等を送っていますが非常に簡単に送る事が出来ます。
気になる事がございましたら、是非ご一報をお願い致します。

その時は連絡先のご明記もお願い致します。


2005年11月8日

今まで何度もポスターを郵便局へ配布して下さっている「株式会社メルファム」様の田中様が捜査本部にポスターを持って行って下さりました。

ポスターの印刷に際しても「吉田印刷大阪営業所」様の岡本様のご好意で無償で印刷をして頂いております。
友梨ちゃんの無事を願う多くの方のお力で捜査本部にポスターの提供と言う協力を頂きました。

「何度も」
継続した活動・協力をして頂ける事は情報発信をする上で非常に大事な事です。

「色褪せたら剥がす」「破れたら捨てる」
一次の協力はその時は効果が期待出来ますが、剥がして(捨てて)しまうとそれで終りです。

「貼り替える事」で貼って頂く方も継続を感じます。
また、それを見た方も進行形の活動を感じて頂けます。

活発な動きこそ本当の活動だと思います。


2005年11月7日

先日(11月4日)の読売新聞の和歌山版に友梨ちゃんの事が載っていました。

友梨ちゃんが通う小学校の生徒さんが橋本市役所などにお礼に行った事が書かれていました。
和歌山でそのような活動をしているのは橋本市だけなんでしょうか?
いつもその地域での出来事しか報道されません。
近隣の町はもっと沢山あります。
活動はしているが報道されないだけならもっと報道をお願いします。
また、活動をしていなかったら是非ご支援をお願い致します。

民間レベルより大きな活動が出来るのが行政です。



2005年11月4日

今日捜査本部のご担当者様から電話を頂きました。

一昨日掲示板に「他で貼られているポスターと違うように見える」とのお問い合わせを頂いた件の調査の回答でした。
「日に焼けて白くなっていた為、違う印象に見えたようです。」との回答を頂きました。
そして新しいポスターに貼り替えて頂いたそうです。

何気なく見ている光景、見過ごしている様々な事。
多くの方の目で見て頂ければ、見える事が沢山あると思います。
ちょっとした事でも良いですので皆様からの情報をお待ちしております。

今回迅速な対応をして下さった捜査本部の皆様本当にありがとうございました。


2005年11月3日

先月の末に熊取町に行って来ました。

午前11時に支援者の3人と合流し、食事をしてから泉佐野警察で担当者の車で事件現場まで行って来ました。

初めて見る現場は私が想像していたより狭い道だったに驚きました。
一度行ってみたかった場所、いや、一度行ってみなければならない場所。
2年5ヶ月経って漸く実現しました。

それから少し辺りを案内して頂き、夕方に解散しました。
その日はいつも部屋でPCに向かって活動をしているのとは違った感覚でした。
「一体ここで何が有ったのか?」
「誰が友梨ちゃんを連れて行ったのか?」
頭でいつも思っている事がより具体的に感じる事が出来ました。

また機会があればもう一度訪ねてみたいと思います


2005年11月2日

先月2日連続で400アクセスをきった日がありました。

ここ4ヶ月で400を下回ったのが7月に1度、8.9月はゼロ。
しかし10月だけで合計7度でした。
一過性のものか、このままズルズル下降して行くのかは判りませんが、今の状況を考えると後者のような気がします。
報道が無い、リンク協力の連絡が無い、メールや掲示板の書き込みも極端に減りました。

動きが無い今の状況ではある意味正直な反応なのかもしれません。
しかし、そうならない為に「捜索の輪!」を運営している者としては、その正直な反応の前段階を何とかしなければなりません。
進展、動きを適宜載せられたら良いのですが、捜査の状況は判りません。
ここで判るのは支援の状況、協力の現状だけです。

「進展は無いか?」と定期的に訪問を頂く方も多いです。
しかし、状況に変化が無いのを目の当たりにするだけです。

何でも良いので動きが欲しいです。



2005年11月1日

先日、阪和道を走っていて初めて気が付きました。

阪和道は熊取町を横切っています。
何度も走っている道ですが、道路脇の標識で「熊取町」を走っている事を知りました。

普段走っている国道26号線(第二阪和)は貝塚市の次は泉佐野市です。
10月からはこの道が私のメインロードです。
熊取町に行くには国道を東に入って行かなければなりません。

貝塚市と泉佐野市に周囲を囲まれているのが「熊取町」です。
行政区域1,719ha、人口44,000人。

小さな町の出来事ですが、全国に支援の輪!を広げて行きたいと思います。


2005年10月31日

先週「捜査本部」にお伺いして来ました。

初めて入る捜査本部の部屋は壁一面に写真や地図、そして多くの捜査員が足で集めた資料が部屋一杯に並べられていました。

飾り気の無い無味乾燥した部屋で2年5ヶ月もの間、友梨ちゃんの手掛かりを求めて、今尚当時と同じ体制で捜査をされています。
縮小無しの長期間の布陣は大阪府警が最重要案件として捜査に当たっているのを物語っています。

一次危惧された捜査本部の所轄からの撤収も今のところなさそうですので安心しました。

捜査の進捗状況は本当に緩やかな歩みです。
しかし、少しずつ友梨ちゃんに近づいているのが捜査員の言葉から感じ取れました。

また機会があればお伺いしたいと思います。



2005年10月28日

10月30日にS氏が来阪される事になりました。

前回は平日だった為、折角来阪して頂いたにも拘らず失礼をしましたが、今回は私も同行させて頂く予定をしております。
また、前回同様捜査本部のご担当者様にも同行して頂くお願いをしております。

捜査本部のご担当者様には普段一般市民の私には対応が出来ない内容のメールや掲示板の書き込みに対して対応をして頂いております。

捜査本部には「捜索の輪!」以上の連絡があり都度都度ご対応して頂く時間が無いと思いますが、いつも丁寧に話を聞いて頂き、情報提供の環境として申し分無いと思っています。
情報を受け取る側の対応如何で「連絡して良かった」と思うか、「所詮・・・」と思うか、とでは大きな差があります。

これからも真摯な対応をお願い致します。



2005年10月27日

yahoo!トピックスに掲載された時は一日で100サイトのリンク協力を頂きましたが、直近の100サイトは4ヶ月かかりそうです。

平均2ヶ月で100サイトですので、非常に遅いペースです。
昨年の秋の3ヶ月半を上回るスローペースになります。
記事の配信が大きく起因しているようです。
リンク数を増やすのが「目的」ではありませんが、目的を果たすための「手段」として増やす必要があります。

今からでも遅くありません。
いや、今だからこそ皆様の協力が必要です。

裾野は広ければ広いほど、裏方は多ければ多いほど底力になります。



2005年10月26日

担当地区が変わってもうすぐ1ヶ月になりますが、まだまだ時間的、精神的余裕がありません。

まだ引継ぎも終わっていないので焦りながら毎日走り回っています。
泉州地区の引継ぎももう暫く掛かりそうです。

11月に入れば少し時間を作って熊取町に行ってみようと思います。
実はまだ友梨ちゃんが行方不明になった現場に行った事がありません。
行ったところで「何かを感じる」「手掛かりが見つかり」訳ではありませんが行く必要があると思っています。

あれから2年5ヶ月。
現場は、地元はどうなっているのでしょうか?
捜査本部の動きは?
教育委員会の活動は?

何も見えて来ないのが心配です。



2005年10月25日

先日捜査本部の担当刑事様と同行して頂いたS氏が近々来阪されるそうです。

前回は一日付近の捜索に携わって頂き、感触を掴まれたそうです。
「霊視」「透視」は正直私には判りません。
しかし、友梨ちゃんを救おうと言う熱意はひしひしと伝わって来ます。

今その熱意が少しずつ無くなって来ているのかもしれません。
熱意を持って、無事を信じて捜索活動をする事。
その根本的な部分がお座なりになっているとしたら非常に危険です。
熱意の目を持っていないと大事な物を見落とす恐れがあります。

そうならないよう今一度当時を思い出す必要があると思います。



2005年10月24日

移植手術を無事終え帰国された「みつみちゃん」が自宅に帰りました。

入院、移植の宣告、渡独、移植手術、帰国、帰宅。
全て今年になってからの出来事です。
人生を大きく変える数々の出来事をご家族、支援者の支えで最良の形で終えようとしています。

短期間での移植費用の達成、適合臓器の提供と本当に幸運に恵まれているとしか言いようがありません。
募金に関しては本当に多くの善意が寄せられました。
それはみつみちゃんのあどけない笑顔と救う会の献身的な活動の賜物だと思います。
人間、大きな転機・危機の時にどれだけの救いを得る事が出来るかです。
今回は本当に支援者に恵まれたと思います。

その善意に報いるには「これからの人生を精一杯生きる事」ただそれだけだと思います。
サイトには笑顔一杯の彼女の写真が踊っています。

「みつみちゃん本当に良かったですね!」


2005年10月21日

先日、小林雅尚ちゃんに関する情報を2件頂きました。

掲示板に書かれていましたので、データを転載して問題のスレッドは削除させて頂きました。
不特定多数が閲覧する掲示板ですのでその書き込みが大きな問題になる可能性がありますので削除の処置の件はお許し頂きたいと思います。

お送り頂いた情報は「岡山県警」に送らせて頂きました。
警察からの連絡はありませんが、情報の裏を取って頂いている事と思います。

捜査の原点は「聞き込み」だと思います。
それはすべて一般市民の協力の上に成り立っています。
その情報を集め、分析し、積み重ねる事によって重要な事が見えてきます。
「アリバイ」「物証」「動機」。
未解決の事件は沢山あります。

解決に導くのは皆様からの情報です。



2005年10月20日

今日は20日です。

友梨ちゃんが行方不明になって29回目、いやその日を含めれば30回目の20日です。

毎月20日にはHP版「捜索の輪!」のjavaが○年○ヶ月と表示されます。
親御さんにとっては節目は存在しないと思いますが、間違い無く時の経過を刻んでいます。

若い頃の時間の経過と年齢を経てのそれとでは感覚が大きく違います。
小さい頃の一日は非常に永く感じた記憶があります。
それが今では時間が足りません。

友梨ちゃんは一日をどのように過しているのでしょう?
「とても永く苦しい時間を過しているのか?」
「あっと言う間の一日なのか?」

一日も早く安心して時間を過せるようご支援をお願い致します。


2005年10月19日

「捜索の輪!」のアクセス数が65万を超えました。

この数字は本館サイトの10倍のアクセス数です。
友梨ちゃん限定のサイトでこれほど多くの方に訪問を頂き「関心」と「協力」に改めて感謝申し上げます。

友梨ちゃんが行方不明になって2年5ヶ月になります。
本館サイトで活動を始めてから2年4ヶ月、独立サイトを立ち上げて2年2ヶ月。
携帯サイトはちょうど2年、blog版「捜索の輪!」は8ヶ月。
要望や必要性を感じで、1サイト、1blog、2携帯サイト(一つは委託版)を立ち上げました。

新聞には今まで8度掲載して頂きました。
テレビのニュースでも捜索の輪!が2度放映されました。

「少しでも多くの方に知って頂く為」
この言葉が活動の最初の一歩だと思います。


2005年10月18日

現在「捜索の輪!」のトップページに13名の行方不明者の方のリンクを貼っています。

一番最初にリンクを貼ったのが「佐野由香利ちゃん」です。
連絡を頂いたのが今から2年2ヶ月前、まだ「捜索の輪!」のトップページが出来る前で専用掲示板も無い時の本館サイトの掲示板でした。

連絡を頂いた3週間後に「捜索の輪!」を独立サイト形式にしましたが、その時「友梨ちゃん」と同じように「由香利ちゃん」のサイト開設も考えました。
しかし、二者両立させる事でどちらも中途半端になる可能性もありましたので、同じようなサイトが開設される事を願いながら「友梨ちゃん」に特化する事に決めました。

その後、「○○ちゃんも行方不明になっています。」や「こんなサイトがあります。」との連絡を頂き、現在13名の方のリンクを貼っています。
ただリンクを貼っているだけですが、少なからず訪問者がいる事で少しは情報発信が出来ていると思っております。
時間さえあれば、もっと訴求が出来ると思いますが現状ではこの程度の協力しか出来ません。

「こんなのは協力ではない」とお思いの方も多いと思いますがご容赦願います。


2005年10月17日

車に貼っているステッカーが色褪せて来ました。

8月1日に貼って約2ヶ月。
厳しい夏の日差しを受けて、2ヶ月間頑張ってくれました。

時々ルームミラーから後ろの車の運転手の目線を確認する時があります。
横を向いている人、下を向いている人、携帯をいじっている人。

その中で確かにステッカーを見て下さっている方を見かける事が時々あります。
目で何かを追っているような方も見かけますので、多分その方はステッカーに書かれている文字を読んで下さっているのだと思います。

一日一人かもしれませんが、少しだけでも発信が出来たと思います。
今月から泉州地区が営業エリアになりましたので、関心を持って頂ける人が増えると確信します。

今日新しいステッカーに貼り替えました。



2005年10月14日

今でも少しずつですがリンク協力が増えています。

4ヶ月で100サイトのペースです。
yahoo!トピックスに掲載された時は一日で100サイトの協力を頂きましたが、メディアの後押しの無い時期は、流石に少ないです。

テレビ、ラジオ、新聞の影響力は本当に絶大です。
毎日コツコツ更新している半年分、いや一年分を一瞬にして凌駕してしまいます。
それだけの影響力があるにも拘らず、報道のテーブルにはなかなか乗せて頂けません。

「記事としても新鮮味が無くなったのか?」
「報道してもインパクトが無いのか?」
「読者に興味が無くなったと感じたのか?」

報道機関の使命はそれだけでは無いと思います。
報道する事で警察が動き、事件を解決した事例も沢山あります。
一人で闘っている裁判をマスコミの力で世論の後押しを得た事もあります。
その時は「正義の味方」「ペンは剣よりも強し」と単純に思ってしまいます。

そんな力を持っているマスコミの皆様、是非友梨ちゃんに力を貸して下さい。



2005年10月13日

先日「捜索の輪!」の掲示板に「小林雅尚ちゃん」の事が書かれていました。

その後、雅尚ちゃんの関係者と思われる方から連絡が欲しいとの書き込みがありました。
ほんの少しの手掛かり、情報を求めている姿がその書き込みから感じ取れます。

友梨ちゃんと同様、行方不明の方の情報は共通してほとんど齎されていません。
「行方不明になった時の目撃情報」
「現在の消息情報」
前者はその時の状況と犯人の手掛かり、後者は現在の生存状況。

小さい頃の失踪は現在の容姿を判断する事は容易ではありません。
身体的特徴をどれだけ訴求出来るかが解決の糸口です。

情報をお持ちの方は是非ご連絡をお願い致します。


2005年10月12日

blogを作って8ヶ月になります。

開設当初は「日記リンク」のご連絡を多く頂きましたが最近はなくなりました。
常連様が固定された為だと思いますが、ある時期を境に拡大に繋がっていないように感じます。

最近の日計は100アクセス。
楽天ユーザーよりもゲストの方が8割を超えています。
この現象をどのように解釈したら良いのか判りませんが、多分検索エンジンから飛んで来て頂いているのだと思います。
その為「ゲスト」が多くなり、結果「書き込み」の減少、「日記リンク」の現状になっているのでしょう。

楽天ユーザー以外の書き込みを拒否しているのも原因かもしれません。
しかし、責任の所在が明確でない書き込みは「負の遺産」を孕んでいます。
HP番はどなたでも書き込みが出来るようにしておりますので、何かございましたらそちらをご利用頂きますようお願い申し上げます。


2005年10月11日

ご自分のblogで友梨ちゃんに関するアンケートを実施された方がいます。

友梨ちゃんの事を知らない方が半数以上との結果が出ました。
住んでいる地域によってその数値は大きく変わります。

関西にお住まいの方は少なからず友梨ちゃんの名前だけは認知していると思いますが、関西圏を離れればその数は確実に減るはずです。

交番のポスターの掲示と同じように現場から離れれば離れるほど捜査当局の意識ですらその傾向は顕著に現れています。

少なくとも関西エリアだけは今まで以上の呼び掛けが必要です。
地元の熱意が続く事でエリアの拡大に繋がると思います。
行方不明当時と同じように「あちこち」でポスターが見られるように今一度ご協力をお願い致します。

何度も書きますが知って頂く事から始まります。



2005年10月10日

いつもポスターの配布(郵送)をして下さっている田中様から連絡を頂きました。

氏は仕事の関係で「郵便局」へ何度もポスターの配布を行って下さっております。
一度だけの協力では無く定期的に訴求をして下さっております。

一度きりの協力はその時は意識が有っても時間とともに薄れていきます。
継続する事によって送る方、受け取る方の両方の意識が変わります。
時々日記の書きますが「進行形」の協力、呼びかけが大切です。
それが判っているからこそ何度も配布をして下さっています。

郵便局の中には「また送ってきやがった!」と思っているところもあるかもしれません。
しかし、そう思う気持ちを持ったとしても意識の中には確実に友梨ちゃんが根付いているはずです。

田中様のように徹底した事は出来ておりませんのでご連絡を頂く度に頭が下がる思いです。
どうか継続した活動、進行形の活動をお願いいたします。


2005年10月7日

岸和田市内を走っていると交番の掲示板に友梨ちゃんのポスターが貼られているのをよく目にします。
大阪府の北部では見られない光景です。

現場から離れれば離れるほど意識が薄れていきます。
すぐ近くの所轄では「当然」として貼られているのが、車で1時間走るだけでこうも変わるものでしょうか?

同じ大阪府警管轄の事件ですらこの有様ですので、他府県では意識がないのは当然かもしれません。

私の住んでいる和歌山市では「駅」「スーパー」で時々見かけるだけです。
一次は警察がポスターを持ってコンビニを回って頂いたようですが、最近は貼られている店はほとんどありません。

「この事件はもう終わったのですか?」
「友梨ちゃんは見つかったのですか?」

何故今までのような活動をして頂けないのでしょうか?


2005年10月6日

10月1日から泉州地区の担当になりました。

私事ですが、私はある会社で営業をしており、9月末までは大阪市、東大阪市、柏原市、八尾市、堺市を営業エリアとして活動をしておりました。
今回担当地区の変更により堺市(一部継続)、泉大津市、岸和田市、泉佐野市、泉南市の担当になりました。

今回の担当地区の変更のお陰で熊取町が非常に近くなりました。
残念ながら捜索の輪!活動を知っての会社の配慮ではないですが社内事情を考えれば妥当な配置換えだと思います。

しかし私にとっては友梨ちゃんの活動をする上で非常に有り難い変更になりました。
当分得意先の場所や特性を掴むのに時間が掛かると思いますので、少し落ち着いてからお世話になった教育委員会の前理事様と捜査本部のご担当者様にご挨拶に伺いたいと思っています。

しかし不思議なめぐり合わせです。



2005年10月5日

匿名、メアドの未記載。

秘匿性が高いといろいろな事を書いてきます。
本名や素性を明確にしたら書けないような事を平気で書いてきます。
その為、「blog」は楽天ユーザー以外の書き込みを禁止にしました。
「意見」「苦情」を書く以上は責任の所在を明確にする必要があると思います。

先日の日記にも書いたように「悪質な悪戯」に対しては捜査本部に通報をしています。
「人の痛みを判らない人」にはなって欲しくありません。
誰かが困っている時に手を差し伸べる事が出来る人間になって欲しいとの願いからです。

と、綺麗事を書いていますが、実際はそんな気持ちより怒りの方が大きいですが・・・。



2005年10月4日

先日「捜索の輪!」のトップページに新たに2名の方のリンクを貼りました。

お一人は今年の4月から行方不明になっている「大西有紀ちゃん」です。
彼女は地元のイベントに参加中に行方不明になりました。
当初は迷子程度と思っていましたので捜索の経緯を見守っておりましたが、未だに行方が分かりません。

もう一人の方は「大川経香ちゃん」です。
彼女は2002年5月19日から行方不明になっており、既に3年4ヶ月が経過しております。

どちらも事故・事件に巻き込まれた事は間違いないと思いますが、全く手掛かりが見つかっていないのは友梨ちゃんのケースを極似しています。
しかしこれだけ過密な日本で目撃情報などが無いのはどうしてでしょうか?

きっと何処かに手掛かりがあるはずです。
きっと誰かが目撃をしていると思います。



2005年10月3日

移植手術を無事終えて、順調に回復に向かっているみつみちゃんが10月2日帰国されました。

彼女は移植の為、5月18日に渡独し6月25日に手術を行いました。
退院後すぐに再入院をされましたが、その後は順調に快方に向かい今回の帰国となりました。

手術から3ヶ月強。
こんなに早く帰国出来るとは子供の回復力の凄さには驚かされます。
しかし一生拒絶反応と闘いながらの生活になりますが、移植をしなければ闘う事すら出来なかった事を考えれば頑張って生き抜いて欲しいと思います。

彼女の体の中には臓器提供者の心臓が動いているのですから・・。



2005年9月30日

少し前に検索エンジンで友梨ちゃんの事を調べて見ました。

活動当初は検索が日課で、「yahoo!」「google」で「吉川友梨」「吉川ゆり」の2エンジン、2ワードですべて調べていました。
しかし、リンク協力数が増えるにつれて、その作業も減って行きました。
今でも時々検索をして「連絡を頂いていない協力サイト様」を「ゆりちゃんの輪!!」に掲載するようにしています。

今日検索をしていて感じたのは「blog」が増えた事です。
日記の記事(情報)として友梨ちゃんの事を書いて頂いているサイト様が非常に増えました。
しかし、日記ですので日が経つにつれてトップページから外れていきます。
その為、日記、掲示板での呼び掛けは「ゆりちゃんの輪!!」で紹介させて頂いておりません。

また以前から気になっていたのが「友梨ちゃん」の漢字の間違いです。
「由梨ちゃん」「有里ちゃん」。
「由紀ちゃん」になっているサイト様も時々見受けられます。

行方不明になっているのは「友梨ちゃん」だと言う事を忘れないで下さい。



2005年9月29日

一ヶ月半くらい前から頻繁にメールのやり取りをしているK様から電話を頂きました。

メールの印象以上に丁寧な話し方で友梨ちゃんの件を真剣に取り組んで頂いている事が良く解りました。
今回の電話はK様のお知り合いで東京にお住まいの霊能力者のS様が来阪されるとの事で、メールよりレスポンスの良い電話で打ち合わせをさせて頂きました。

今日その方が捜査本部の担当者の方と同行されました。
少しでも友梨ちゃんに繋がる証拠や手掛かりは見つかったのでしょうか?
捜査上の事ですのでこちらでは確認が出来ませんが期待をしております。

その件で本日メールを2通頂きました。
1通目はまだ連絡が無い事、2通目で本日の状況のご報告を頂きました。
また近いうちに来阪されるとの事ですので次回は是非お会いしたいと思っております。

最後になりましたが、この度は遠方よりわざわざお越し頂きましたS様本当にありがとうございました。
また、調整や連絡のご協力を頂いたK様本当にありがとうございました。



2005年9月28日

先日「HP版・捜索の輪!のアクセス数が増えて来ました。」と書きましたが700アクセスを越えた日もありました。

今までは「頑なに」の表現が当てはまるように400台を長期間維持していましたが、ここ9月に入り500〜700台を推移しています。

今までは170〜200サイト(検索エンジンからは検索語別)からの訪問でしたが、700台の日は240サイトからの訪問でした。
特定のサイト様からの訪問では無く、裾野が広がった感じがします。
この時期(メディアの後押しの無い時期)にアクセス数が増える事は、捜索の輪!を取り巻く環境が好転している証拠だと思います。

ただ、それ以外の環境ではどうでしょうか?
マスコミの記事の配信、捜査の進捗状況、目撃情報、手掛かり。

少しでも友梨ちゃんに近づいているのでしょうか?



2005年9月27日

先日、捜査本部の○○警部補から電話がありました。

以前の掲示板への書き込みに対する件でした。
大阪府警にユーザー情報を送っていますので、そこから書き込みした人物の特定をしようと思っているとの事でした。
自分が犯人のような内容の書き込みでしたが、悪戯なら「厳しい処分」をして頂きたいと思います。
「自分には関係ないからどうでも良い」
「相手が苦しんでいるのが楽しい」
「掲示板なら何を書いて良い」

「自分」や「自分の身内」にそのような事をされると嫌ではないですか?
あれから訪問の履歴がありませんので、先日の日記も見ていないと思います。

もし特定が出来た場合は「軽い気持ち」でやった事の大きさに反省して頂きたいと思います。



2005年9月26日

2ヶ月近く記事の配信がありません。

産経新聞は毎月20日に友梨ちゃんに関する記事の掲載がありましたが、最近はどうなのでしょう。
以前取材の時に気になる事を聞きました。
ここでは内容はお伝えする事は出来ませんが、その時「思い」と「現実」の間でもがいている記者の方の苦悩を感じました。

どんな事案・問題でも、現場から離れれば離れるほど「思い」を感じて貰えません。
埋める事の出来ない「温度差」がそこにあります。
「当事者の思い」「記者の思い」「編集者の思い」
立場が違えば「価値観」や「何に重きを置くか」が違って来ます。

友梨ちゃんに近い立場で考え・行動をして行きたいと思います。



2005年9月23日

現実の世界で友梨ちゃんの話をすると感じる事があります。

話の内容を理解し、相手の心情も理解しないと「人間性」まで疑ってしまいます。
興味・関心の有る無しに拘らず無造作な言葉を時々聞きます。
心の狭い私は「この人とは心を開いて話が出来ない」、そう思ってしまいます。

興味・関心が無くても内容の緊急性、重要性、社会性を理解出来ない人とは表面上の付き合いだけで済ますようにしています。
そうしないと「人間不信」になるだけです。
人が真剣に取り組んでいる事に水を注されるのは非常に辛い事です。

私信を捨ててこの活動をするように言い聞かせてはいますが、感情を押し殺す事が出来ない場面に遭遇する時が多くあります。

その時はまだまだ人間が出来ていないと痛感させられます。



2005年9月22日

時々、HP版「捜索の輪!」のトップに貼っている「他にも行方不明の人がいます!」の方の検索語からのアクセスが増える時があります。

その方が行方不明になった日、や新聞に掲載された時などです。
非常に年数が経っている方が多いですが、未だにどの方も発見されていません。

リンクを貼っている方はほんの一部の方だけですが、それには訳があります。
それは警察のサイトで情報提供を求めているのが少ない為です。

三重県警が一番多いのは単純に行方不明者が多いのか、きっちりと情報提供を呼び掛けているのかは判りませんが、当局の姿勢を感じます。
まず、第一に呼び掛けをするのが警察だと思いますので、未掲載の場合は是非呼び掛けをお願い致します。

webで活動している者にとってはその部分が重要になります。



2005年9月21日

「月の旅人」の管理人様に新しいバナーをお借りしました。

これでバナーも16種類になりました。

サイト開設当初はバナーの作り方が解らなかったので作っていませんでした。(本当な粗悪なのを作ってましたが・・。)
それを見かねた方や、目立つように、と支援者方々が送ってくれるようになりました。

最初は3個からスタートし、その後商用サイズのバナーやblog用バナーなど、色、形、大きさ、様々なバナーをお借りしました。
また「自分のサイトに合わせて作ったので・・」と連絡を頂いた事もあります。
皆様、友梨ちゃんの無事を信じて心を込めて作って頂いた事と思います。

現在1,400近くのサイト様でバナーを貼って頂いております。
皆様に作って頂いたバナーが多くのサイトから呼び掛けをしています。

皆様の気持ちと共に・・・。



2005年9月20日

9月20日

今日で友梨ちゃんが行方不明になって2年4ヵ月になります。
この活動を始めたのが行方不明から1ヶ月。
その後、3ヶ月、新学期、半年、クリスマス、誕生日、進級、そして1年とマスコミに取り上げられその都度多くの協力を得ました。

しかし、1年半が経過し2年が経過してからは、報道される事が無くなって来ました。
私の知る限りでは7月末と8月1日の記事の配信が最後の記事だと思います。
テレビでの露出はケーブルテレビ局のJ-comが時々スポットを流してくれています。

最後の新聞報道から1ヶ月と20日。
あたらな記事の配信が待たれます。
どんな内容でも良いですので是非記事をお願いします。


2005年9月19日

今回のアクセス増の少し前にも多くなった時期がありました。

リンク元を調べてみると「2ch」からの訪問が増えていました。

誰かが「捜索の輪!」のリンクを貼った為だと思いますが、リンク元解析は出来ませんでした。
真摯な気持ちでリンクを貼ってくれたのだと思いますが、その時は何故か「悪戯書き」があります。

先日の書き込みは捜査本部にユーザー情報を入れて送りましたが、「令状」まで取って捜査をしてくれるのでしょうか?
以前はIPアドレスの公開をしたり、掲示板への入室禁止の措置を取りました。
訪問された方が「不快な気持ち」にならないよう注意をしていますが、仕事中に確認をする事は出来ません。

訪問は嬉しいですが、興味・関心の無い方はそのまま立ち去って下さいますようお願い致します。ん。


2005年9月16日

友梨ちゃんの掲示板に定期的に書き込みを頂く方がいます。

以前から何かあれば書き込んで頂く方や、掲示板から皆様に協力を呼びかけて下さる方。

「呼び掛けは掲示板を訪れた方に訴える事が出来ます。」
「支援者の思いや、願いも一緒に届ける事が出来ます。」

本来なら管理人の仕事なのですが、皆様自分の意思で積極的に動いて下さっています。
その思いがそのまま今の掲示板の活性化に繋がっているのは言うまでもありません。

しかし時々「悪戯書き」や「宣伝」があります。
たまたま立ち寄っての書き込みはまだ可愛い方ですが、執拗な書き込みには苦労します。
webの「功・罪」「正・負」が交錯する掲示板ですが、多くの方のお力で1年半続ける事が出来ました。

皆様今後ともご支援をお願い致します。


2005年9月15日

先月の途中から今月にかけて「捜索の輪!」のアクセス数が増えてきました。

前の時は「2ch」からのアクセスが多く、その分が単純増と言う感じでしたが、今回はリンク元等での異常値は見られませんでした。
単純にリンク協力サイト様からのアクセスが増え全体の底上げが出来た結果の数字でした。

この数字が一過性のものか、継続して推移するのか、もう少し様子を見ないと判断出来ません。
現在マスコミの露出が全く期待出来ない現状でのアクセス数の増は、多くのリンク協力サイト様の呼び掛けのお陰だと思います。

HP版「捜索の輪!」は63万アクセスを超えました。
blog版は5万8千アクセス、2つの携帯サイトがそれぞれ2万9千、2万6千。
延べ70万人以上の方にお越し頂きました。
今の数字を落とす事無く続けて行く事が最低限の使命だと思っております。

しかし今の活動は「友梨ちゃん捜索」の一連の流れの中のほんの入口に過ぎません。



2005年9月14日

9月に入ってもうすぐ半月になります。

先日HP版の掲示板に同学年の方から書き込みを頂きました。
その方は先日「修学旅行」に行かれたそうです。
友梨ちゃんが通っている小学校の修学旅行はもう済んだのでしょうか?
それともこれからでしょうか?
何れにしろ今の状況を考えれば友梨ちゃんが小学生の修学旅行に行く事は非常に厳しいと思います。

楽しいはずの修学旅行。
大きくなった時に思い出の一つとして記憶している出来事がまた一つ・・。
しかし無事帰還さえ出来ればこの空白の時間はいくらでも補う事が出来ます。

無事で見つかりさえすれば・・。



2005年9月9日

あのポスターが無くなっていました。

今朝は確かに貼っているのを見ましたが、帰りには無くなっていました。
家に帰り、早速例のblogを見ましたが、その書き込みも無くなっていました。
唯一の痕跡は心配して書き込みをされた方の「無事に見つかってくれますようにお祈りします。」だけが、事件が本当にあった事を物語っています。

無事発見されたのか、そうでないのか、は分かりません。
失踪の原因が分かったのかもしれません。
ただ事実を隠すような素早い行動に訝しさを感じながらこれ以上の詮索は止めにします。

今回の事で全国に私の想像を遥かに上回る行方不明者がいる事を知りました。
「失踪」「家出」「事件・事故」
自分の意思であろうと無かろうと残された者にとっては「捜し出したい」気持ちは変わりません。
今まで拘っていた以上は「事件・事故」を除いて自分勝手に隠れるのだけは止めて欲しい
と思います。

自分の意思でそのような行動に出た方は残された者の気持ちも考えるべきです。
それが家族であり、仲間であり、人間であるからです。


2005年9月8日

昨日の日記の事を考えてみました。

行方不明者の年齢は33歳。
友梨ちゃんの場合は9歳ですので「自分の意思」での失踪とは考えられません。
その為、早い時期の捜索・報道がなされましたが、今回の件はwebで調べた限り報道された形跡はありませんでした。

警察も「捜索願い」は受理しているそうですが、捜索はあまりされていないのでしょう。
現段階で事件・事故に巻き込まれたのか、家出なのかの判断が出来ないようです。

現在日本では年間9万件の「捜索願い」が出されているそうです。
その中で「特異失踪人」の数は13%。
昨日はその事を知らずに大阪府警に確認の電話をしましたが、これだけ多くの「捜索願い」が出ていれば実際捜索など出来るはずがありません。
その為、駅のポスターの連絡先が警察では無く「ご家族の携帯番号」だったのも頷けます。

個人レベルの情報の呼びかけが今の段階では唯一の活動なのかもしません。


2005年9月7日

昨日、家の近くの駅に一枚のポスターが貼られていました。

遮断機が上がる十数秒の間でしたので、詳しく見なかったのですが「捜しています」「岸和田」「33歳」が目に飛び込んで来ました。
その時、名前まで憶えていなかったので「岸和田」「行方不明」で検索してみましたが、見つからず今日改めて氏名を確認しました。
そして今日やっと1件ヒットしました。

その方の知り合いの「blog」に詳細が書かれていましたので、転載させて頂きました。
まず第一は「知って頂く事」ですのでHP版、blog版「捜索の輪!」と本館の日記に掲載致します。
事件・事故に巻き込まれたのかどうかは今のところ不明です。

連絡先にご家族の携帯番号が書かれていましたが、承諾を得ておりませんので割愛をさせて頂きました。
現在、大阪府警に確認を取っておりますので警察の連絡先については明日当サイトにてご案内をさせて頂く予定です。

<以下転載部分>

大阪府岸和田市で8月30日の午前8:20頃に突然自転車で失踪しました。

名前・・・北畑 理恵子
年齢・・・33歳
身長・・・158センチメートル
体型・・・普通
服装・・・ TシャツにGパン(ブルー)でウエストポーチ(グレー)、サンダル(タンカン)姿
自転車・・シルバーで前と後ろに子供を乗せるカゴ、正面カゴに黄色いプラカードつき記名あり


2005年9月6日

やはり「blog」の更新をしないとアクセス数が半減しました。

1日、2日前の古新聞では駄目なようです。
今までに書いた日記約200、直近の話題もあれば回想も多く含んでいます。
しかし、その日に書いたのでは無いと新鮮味を感じて頂けないのでしょう。

日々更新。
簡単に考えて作ったつもりはないですが、継続とは難しいものです。
お座なりな文章は書けませんので、暫くの間このペースで活動をして参ります。

元々「HP版」へのポータルのつもりで作りましたが、6月から8月までの3ヶ月間で「blog」から「HP版」に飛んで頂いた方は2件/日以下でした。
全くポータルの役目を果たせていません。
しかし、HP版とは別の方に見て頂けていると考えれば単純に蛇口が増えたとの解釈も出来ます。
「HP版」+「blog」そして2つの携帯版から情報を続けて参ります。

是非大きな情報発信の場になるようご協力をお願い致します。


2005年9月5日

「blog」を開設して200日を超えました。

今日まで5日書かなかった日がありますので、開設205日で日記を書いた日数が丁度200日になります。
一日500文字を書いたとすると、200日で10万文字を書いた計算になります。
400字原稿用紙に換算すると250枚。

友梨ちゃんが見つかるまで継続するつもりですが、「blog」を作ってから少しオーバーワーク気味です。
「blog」は日記が主のコンテンツですので、書かないと意味が無いですが、少しでも永く続けて行く為にこれから休刊日を設けたいと思います。
少し訪問数が減ると思いますが、継続を優先します。

今月から基本的に土日を休刊日とさせて頂きます。
誠に勝手ではございますがご理解をお願い致します。


2005年9月2日

「捜索の輪!」の活動目的は「情報の発信」と「協力の喚起」です。

しかし、それはあくまで「手段」であり、今回の事件の最終目的は「友梨ちゃんの無事発見」である事は言うまでもありません。
捜査は「情報の提供」から「手掛かりを見つけ」「事件解決」へと繋がって行きます。
その中の本当の最初の部分を担っているに過ぎません。

リンクがどれだけ増えようと、支援者が活動してくれようとも、あとの部分は情報をお持ちの皆様に縋るしかありません。
そしてその情報を元に警察の方が友梨ちゃん保護に全力を注いで下さるはずです。

その入口の部分の活動をしっかりやる事で、情報をお持ちの方が扉を叩いてくれると信じています。

是非情報をお持ちの方はご連絡をお願い致します。


2005年9月1日

捜索の輪!へお越しの方の8割は初めての方です。

検索エンジンからは約1割、ブックマークで5%。
それ以外は皆様が貼って下さっているリンクからの訪問になります。
日別、月別で4ヶ月調べてみましたが、ほとんど同じようなデータが出ています。
何度も訪問して下さっている方の中には100回以上の方も大勢います。

何か変化や進展が無いかと、心配して来て下さっているのだと思います。
しかし、非常に厳しい状況は変わりません。

夏休みが昨日で終わりました。
友梨ちゃんにとっての小学生最後の夏休みが終わってしまいました。
そして、今日から新学期が始まりました。
吉川様も今日から生徒さん達と新学期を迎えた事と思います。
また、一つ「節目」が過ぎて行きます。

皆様がお持ちの情報が有力は手掛かりに結び付くかもしれません。
是非情報をお寄せください。


2005年8月31日

今日で8月が終わります。

そして同時に友梨ちゃんの夏休みも終わってしまいました。
4年生、5年生、6年生の夏休みを一日もご家族やお友達と過す事が出来ませんでした。

そして今日、友梨ちゃんの掲示板に「心無い書き込み」がありました。
書き込みは発見した時点で削除をさせて頂きましたが非常に悲しい気持ちで一杯です。
悪戯だとは思いますが、私には判断出来ませんし、また私が判断をしてはいけないと思いますので、書き込みの内容とユーザー情報を大阪府警に連絡をしました。

もし、自分の家族が行方不明になったらそんな事が出来ますか?
「協力して」とは言いませんが邪魔だけはしないで下さい。

2005年8月30日

今日、大阪市内で友梨ちゃんのステッカーを貼っている車を見かけました。

以前二度見かけた事があります。
熊取町役場の駐車場で一度、阪神高速梅田入口で一度です。
今回貼って頂いていたのは営業用のバンの後部でした。
社名ははっきり判読できませんでしたが、確かにその下に貼って頂いていました。

非常に目立つステッカーですので遠目でも判別出来ますが、月に1,000km以上走っているにも拘らず路上で見たのはたった二回です。
昨日も書いたように「トラック」のポスターはほとんど見かけなくなりました。
「バイク便」でも最近貼っているバイクは見かけません。
たまたま見かけないだけなのか、以前より減ったのか?

私の営業地域にも関係が有ると思いますが、堺方面も時々走っています。
にも拘らず見かけなくなったのが気になります。

一体何台の車両に貼って頂いているのでしょうか?

2005年8月29日

最近、友梨ちゃんのポスターを貼って頂いているトラックやバイク便が減ったように感じます。

以前はほぼ毎日見かけましたが、最近は見ない日の方が多くなりました。
多分、劣化した時点で破棄されたからだと思いますが、是非続けて貼って欲しいと思います。

何度も書きますが、「貼って頂く事で貼ったご本人の気持ち」が変わります。
協力とは、「情報呼び掛けの為に貼る」のと同時に「貼った方の気持ち」にも大きく影響します。
その一人がいなくなる事は活動をする上で大きな痛手です。

「一次的影響」「二次的影響」の両方がこの活動には必要です。
一つが欠ける事で両方が欠ける事になります。

その影響を今一度ご認識して頂き是非継続的なご支援をお願い致します。

2005年8月28日

目撃情報と別に多い連絡は・・。

透視・霊視・占い・予言です。
申し訳ございませんが、上記能力に関しては私には否定も肯定も出来ません。
しかし、友梨ちゃんを心配し、真剣にその能力を駆使して頂いているのは解ります。
その為、何度かメールのやり取りをさせて頂いてから捜査本部に連絡を入れています。

ご存知のように上記に因る情報は目撃情報ではありません。
ですから充分に話をさせて頂く必要がどうして出て参ります。
捜査本部や教育委員会にも沢山の連絡が入ったと聞いております。
しかし、「ここを探して」「こんな場所を探して」では捜査本部も動きようがありません。
ピンポイントに近い情報でしたら、まだ動きようもありますがそうでない場合は・・・。

なるべく現地まで足を運んで頂くよう話をさせて頂いておりますのもその為です。

是非あらゆる力を使って是非発見へと導いて下さい。

2005年8月27日

捜索の輪!には今でも時々情報が寄せられます。

「○○で友梨ちゃんに似た子を見た。」
「××で友梨ちゃんの持ち物を発見した。」などです。
しかし、殆どが2年近く前の出来事に対しての報告になっています。
「気になっていたが急いでいたので・・・」
「あまり自信がないので・・・・」等の理由のようですが、「たまたま捜索の輪!を見かけたので連絡してみよう。」
とコンタクトを取って下さる方が多いです。

その中で「犯人と疑われるのでは・・。」と危惧される方もいらっしゃいます。
捜索の輪!にお越しの方、ご支援を頂いている方には「疑われるような方」はいないと思います。
警察も誠心誠意対応して下さっております。
古い記憶でも、曖昧でも結構ですので、是非ご連絡をお願い致します。
「情報」とはそれ一つで確証にはなりません。
多くの情報の積み重ねによって、符合、除外されていきます。
その為に一つでも多くの情報が必要になります。
似た情報が多ければそれが確証に近づき、かけ離れた情報は除外されて行きます。

警察に直接連絡をするのを躊躇されるのであれば、捜索の輪!経由でも結構です。
管理人が責任を持って対応させて頂きます。

是非情報をお願い致します。

2005年8月26日

先日、京都に行く途中「四条畷の交番」の掲示板で友梨ちゃんのポスターを見ました。

流石に「日に焼けて」くたびれていましたが、確かにそのポスターは友梨ちゃんのものでした。
情報を呼びかけている警察がそのような状況に陥っている事で、今一度原点に立ち返る必要性を痛感しました。

行方不明から2年3ヶ月。
マスコミの記事の配信もほとんどありません。
いや、配信したくても状況の変化、進展が無いからかもしれません。
「原点に戻る」必要性はここにもありました。

捜査本部として、再度共同記者会見を開き、捜査の進捗状況の説明。
そして、情報を広く呼び掛けている事を具体的に説明する事が必要です。
「今、どのような情報を必要としているのか」「何についての目撃情報がいるのか」
「何が捜査を難航にさせているのか」
訴える事は沢山あるはずです。

そして、マスコミはその具体的な部分を含めて記事に書いて頂きたいと思います。
「情報は泉佐野警察署まで」で終わらずに、捜査の状況を判りやすく説明し、協力の要請をして頂きたいと思います。

捜査が困難なのは良く判ります。
情報を必要としていれば、そのようなアクションを起こす必要があります。
地道な捜査に日々励んで頂いているのでしたら、もう一度原点に戻って下さい。

「情報を必要としている事が見えなくなって来ています。」

2005年8月25日

夏休みもあと1週間で終りです。

本当に無念なお気持ちで過しておられると思います。
2年3ヶ月5日。
「もうそんなに時間が経ったの?」
また「まだ2年しか経っていないの?」
時間の尺度は人によって大きく違うようです。
楽しい時間を過した方は時間のスピードは早くなります。
逆に苦しい時間を過した方は永い時間の経過を記憶として留めます。

私がこの活動を始めた切欠の一つにある出来事が拘っています。
娘が幼稚園の時、家の近くの公園でちょっと目を離して隙に娘がいなくなりました。
たった数分、いや1.2分だったかもしれません。

娘は私達を驚かそうと隠れていただけなのですが、その時は本当に心臓が凍りつきました。
その状況で何も出来ない自分、どうしたら良いのか思いつかない自分。
たった数分の出来事で完全にパニックになりました。

その時の思いが今の活動に繋がっているのかもしれません。

2005年8月24日

久しぶりに捜査本部の○○警部補と話をしました。

どうしても確認をしたい事があり午後10時前にも拘らず携帯にかけてしまいました。
幸いその日は「泊まり」との事ですぐに電話に出て頂き、暫く話をさせて頂きました。
電話は何かあればすぐにかけさせて頂いておりますが、もう1年以上お会いしておりませんので久しぶりにお会いして話をしたいと思います。
捜査本部も1年前にお伺いしただけですので、そちらも時間を作って訪問させて頂こうと思っています。

お会いした時に皆様にお伝えする事があれば良いのですが、捜査・捜索の状況はどうなのでしょう。

2005年8月23日

現在、「捜索の輪!」の動きが見えるのは、掲示板、リンク協力、日記、そして記事を纏めた近況情報のページです。

掲示板は皆様からの励まし、情報、リンク協力などです。
初めてお越し下さった方も多いですが、常連の方も時々書き込みをして下さっています。
新旧上手く噛みあって掲示板の活性化をして下さっています。

またリンク協力も現在1,400サイト様を超え多くのサイトからの情報発信が力を発揮して下さっております。
「あまり訪問数がありませんが・・・」「出来立てのサイトですが・・・」
一つ一つのサイトからの情報発信は例え訪問数が少なくても確実に広がっていると思います。

日記はblogを作ってから以前よりも更新していると思います。
サイトの特性上同じ事を何度も書いていますが、その点はお許し下さい。

そして最後は近況情報です。
何らかの行動、節目の時は記事の配信も多いですが、何も無い時は・・・・。

これら4つのページが活発に更新されるよう努めて行きたいと思います。


2005年8月22日

一昨日「tpocket」の管理人のたいくん様より、あたらなご提案を頂きました。

現在、交番、公共施設、学校、スーパー、駅の掲示板など多くの場所に貼って頂いておりますが、その中で「少し位置を変えてはどうか?」とのご提案を頂きました。
今まで貼っている位置を変えて頂くだけで違った印象、新たな関心に結び付くとの狙いです。

同じ場所に有る事で「普段の情景」「景色の一部」としか映らなくなっているかもしれません。
それを少し位置を変えて頂くだけで「新鮮」に映ると思います。
貼って頂くだけでも非常に有り難いご協力ですが、それを少し工夫をして頂くだけで今以上の効果が期待出来ます。

掲示板を管理されている方、また管理されている方へのお声かけで是非お近くのポスターを見て頂けるようご協力をお願い致します。

2005年8月21日

みつみちゃんのHPが更新されていました。

緊急入院から約10日で仮退院をされたとの事です。
笑顔も戻って少しずつ体調が良くなっているように感じました。
このまま順調に回復してくれれば年内には帰国、そして新学年には登校が可能だと思います。
海外で移植手術をされて学校に復帰された方も多くいらっしゃいます。

しかし、まだ移植の費用が集まらない方も沢山います。
民間に頼らなければいけない今、少しでも早く移植が出来るよう応援して行きたいと思います。
以前捜索の輪!で幾つかの移植を呼びかけているサイト様に呼び掛けの協力の打診をしました。

しかし、返信を頂いたのは1サイト様だけでした。
勝手にリンクを貼る事は出来ませんので、そのままになっています。

また何か協力出来る機会もあると思います。

2005年8月20日

友梨ちゃんが行方不明になって2年3ヶ月が経過しました。

しかし今でも情報呼び掛けのリンク協力は増えています。
直近の100サイトまでは4ヶ月掛かりましたが、この時期の協力は「無事を願い」「無事を信じる」方が多いと言う証です。
特に北龍様の呼び掛けのお陰もあり確実にその数を増やしています。

協力は単純に捜索の輪!活動の一助になるだけでは無く、当事者である吉川様に「友梨ちゃんの無事を信じている方が多くいる」事が伝わります。
この事実が少しは励みになるのではないかと思います。
吉川様と第三者である私とでは状況が余りにも違い過ぎます。
その中で少しでも「お力」になれればサイトの存在意義、活動が別の次元で生きてくると思います。

友梨ちゃんの無事を信じる多くの皆様、今後とも宜しくお願い致します。

2005年8月17日

16日宮城県沖で地震が発生しました。

前回78年の宮城県沖地震から27年。
その付近で30〜40年周期で起こる地震なのか、そうでないのか、今後の調査が待たれます。
今回の地震の被害は前回の教訓が生かされていたのか、死者はゼロでした。
建築基準法改正後の建築物が増えた影響もあると思いますが、住民の冷静な行動が評価されているようです。

しかしその中で複合運動施設「スポパーク松森」(仙台市泉区)のプールの天井パネルが全て落下すると言う事故が一際目を引きました。
大怪我をされた方はいらっしゃらなかったようですので不幸中の幸いだったと思います。
この建築物は社会資本整備(PFI)方式によって建てられた施設だそうです。
これから益々この手の施設が増えてくると思います。
事業の趣旨は良いと思いますが、無駄、削減がクローズアップされる反面、手抜き・適当が懸念されます。

今回の地震で被害に遭われた方に心からお見舞い申し上げます。

2005年8月13日

お盆休み初日に一気に5日分の日記を書きました。

1件、1件は極々短い文章なのですが、それでも3時間以上掛かりました。
リンク協力1,400サイト関係で2件、blogランキングに登録した事、夏休みが半分過ぎた事、検索した事などの内容です。
その日にあった出来事なら、それなりに報告と言う形で書く事が出来ますが、特殊な内容ですので毎日変化がある訳ではありません。
過去の出来事や思いついた事など、主題を考え、脚色する。
元々文章を書くのが苦手ですので、表現力にも苦労します。
後で読み返して赤面する文章も多くあります。
5日分と言っても、そのまま5日経てば、日々書く事になりますので追加しながらストックをアップして行きます。

今も搾り出しながら書いているのが文章から感じ取って頂けると思います。

2005年8月12日

昨日、掲示板に「友梨ちゃんと似た子のDVDを見つけた。」との書き込みを頂きました。

問題のURLを付記して頂いたので確認をしましたが、当然当方で判断は出来ません。
また、掲示板にお越しの皆様もその画像を目にされると思ったので、スレッドを削除させて頂きました。
投稿して頂いた方には大変失礼な行為ですが、内容が内容なだけに苦渋の決断とお許し頂きたいと思います。

また、そのDVDそのものも違法性があるようですので、レスを下さった北龍様は所轄の北海道警察へ。
私は大阪府警にメールを投げました。
書き込みの内容は念の為に保存しております。

捜査当局から何らかのコンタクトがあれば詳しく説明をしたいと思っています。

2005年8月11日

blogランキングに登録しました。

アクセスを競う気は毛頭ありませんが、一人でも多くの方に見て頂く為に登録をしました。
ご存知のようにランキング上位に入れば入るほどアクセスが増えます。

以前支援者の方に1,300以上の検索サイトへの代行登録のご協力を頂いた事があります。
検索サイトであれ、宣伝掲示板であれ、多くのサイトで友梨ちゃん事をPRしていく事は意味があります。
情報の蛇口を一つでも多く作る事でそれだけ多くの方に知って頂けます。

また、あるコンテンツのサイトで60以上の協力を頂きました。
知らない方が訪問される度、あちこちのサイトでバナーを貼っているのを見て「ここにも貼っている、一体なんやろう?」と
と思って頂く事で訪問の切欠にもなります。

何度も書きますが、活動の第一歩は「情報発信」です。
友梨ちゃんの事、事件の事を知って頂く事から活動は始まります。
それがリンクと言う協力、チラシ・ポスターの配布・掲示の協力に繋がって行きます。
そして、広く情報発信をする事で「有力情報」の切欠になると思います。

まずは活動の第一歩からです。

2005年8月10日

今日、得意先で友梨ちゃんの話題が出ました。

「2年と言う歳月」
「捜査の状況は?」

行方不明から2年2ヶ月21日、「進行形」の活動をしないと「風化」はすぐにやって来ます。
web上での活動、現実の世界でのポスター掲示、チラシ配布。
「友梨ちゃんまだ見つからないのかなぁ?」と話題に出して頂く事も大きな活動です。
web上では「更新する事」、現実の世界では「ポスターを新しい物に貼り替える事」が「進行形」の活動になります。

情報の呼び掛けと同時に「風化」を防ぐ活動。
それも、これも絶えず新鮮なものに映るよう活動を続ける必要があります。

支援者の皆様には昨日と違う部分を、初めて知った方には最新の情報を提供する事が重要です。

「古新聞」にならないよう、過去の出来事にしない為にも・・。

2005年8月9日

先月末と今月頭の新聞報道のお陰で2割ほどアクセスが増えました。

しかし、また普段通りの400台に戻りました。
本当に不思議な数字です。

訪問数は変わらなくてもリンク元はその時々で変わって来ます。
今月に入ってからのリンク元にも変化が出て来ました。
普段は「yahoo!」がトップですが、今月は「カブトムシVSクワガタムシ」様が全体の一割を占めています。
この時期カブトムシは旬ですので、多くの方がサイトに訪問されているからだと思います。
訪問数が多いとそれだけサイトにお越し下さる方が増えます。

しかし、サイトを訪問された方が友梨ちゃんのバナーをクリックしてくれるのは何割なんでしょうか?
また、どれ位の方がバナーを見て下さっているのでしょうか?

バナー見て下さる方。
関心を持って下さる方。
クリックして下さる方。
下に行くほど割合は下がって来ます。

一度でも良いのでサイトにお越し頂ければ有り難いです。

2005年8月8日

「blog」を作ってまもなく半年になります。

書いた日記も180近くになりました。
「友梨ちゃんの事」「捜索の輪!の事」その他「支援・協力」「捜査本部」「新聞社」。
時にはJR事故の事や他の行方不明者(家出含む)の事も書きました。
ほとんど毎日書いていると、同じような事を何度も書いているように思います。
しかし、毎日となるとなかなか主題が出て来ません。

6月初旬から書きだめをするようにしていますが、それでも2.3日分が精一杯です。
書きだめした分をアップして、次のストックを書く事もよくあります。
書けない日の為のストックが翌日にはアップしなければならない。
所謂「自転車操業」のようなサイト管理をしています。

これからは書く事が浮かばない日はHP版「捜索の輪!」のページの紹介をしていこうと思います。

2005年8月7日

「捜索の輪!」の原点は「吉川ゆりちゃんを捜しています!」のページです。

警察や教育委員会のページから無断で画像を借用して作りました。
「無断」。
その時は「承諾が得られなかったら活動が出来ない」、そう思い無断で始めました。
教育委員会も吉川様も以前からサイトの存在はご存知だったようで黙認をして頂いていたようです。
後日「事後承諾」と言う形になり、やっと正式に認められ現在に至っております。

同じような形のページが今でも幾つか存在します。
しかし、当時のままのページが多いのには残念な部分もあります。
基本的に友梨ちゃんの画像を2枚、行方不明当時の特徴、直近の記事、の構成になっていますが、直近の記事が未だに行方不明後1ヶ月の記事のままのページが散見されます。

忘れ去られたページにしないよう更新をお願い致します。


2005年8月6日

6月からリンクのご協力を頂いている「Family forum」の北龍様が、お友達に呼び掛けをして下さっています。

先日から北龍様の呼び掛けのお陰で数サイトでのご協力のご連絡を頂きました。
また、チラシの配布や車にステッカーを貼って情報の呼び掛けなどもして頂いております。

活動当初は「ポスターが欲しい」「チラシ配りをします」との連絡を沢山頂きました。
しかし時が経つにつれて少しずつ減って来た様に感じます。

知り合いでも無ければ、お会いした事も無い方々が協力して下さる事で、「自分も頑張らなければ」といつも思います。
知らない者同士の連帯。
感謝の気持ちと同時に時々「不思議」な気持ちになります。

同じ目的を有する者同士の親近感、同じ願いを有する仲間だからでしょうか?


2005年8月5日

「友梨ちゃん」と平行して「みつみちゃん」の事を良く書きます。

同じ和歌山と言う事もあり経過が気になります。
先日の日記で遅ればせながら「退院」の報告をしましたが、その時は既に「再入院」をされていました。
毎日サイトにお邪魔する訳ではありませんので、いつも「古新聞的」な報告になってしまいます。

7月22日退院、26日再入院。
8月2日現在の様子は「血圧は安定し、肺の水も減少、元気で食事もちゃんと食べられる状態」だそうです。
「みつみちゃん」は現在小学2年生(8歳)です。
自分の病気の事をどれだけ理解しているのか判りませんが、懸命に生きていると言う事は私にも解ります。

その直向な姿、愛らしい笑顔が多くの方の協力に繋がったのだと思います。

2005年8月4日

先日、いつも記事の連絡を頂く「杉原様」から連絡を頂きました。

先月の末と今月の頭に久しぶりに友梨ちゃんの記事が出ました。
記事の内容は先日の日記と「近況情報」に載せています。
「杉原様」は以前から何度も記事が配信された直後に連絡をしてくれています。

その行為は普段から友梨ちゃんの事を考えて頂いているからこそだと思います。
何度も書きますが「協力」と「継続」。
その両方が今の活動には必要な事です。
特にこれからの活動には「継続的活動」「継続的協力」が欠く事が出来ません。

これからも多くの皆様に支えられながらの活動になると思いますが、友梨ちゃんが無事発見されるまでご支援をお願い致します。

2005年8月3日

先日、「捜索の輪!活動の手伝いが出来ないか」とのメールを頂きました。

その方は仕事の関係で全国を回っておられます。
そしてその出張先の旅館などに友梨ちゃんにポスターの掲示をお願いして頂けるそうです。
またその地でのチラシの配布もして頂けます。
多くの方が「自分の出来る範囲」で協力をして下さっております。

私は「自分の出来る範囲」が大切な事だと思っています。
無理をして頂く訳には行きませんし、また無理をすると長続きはしません。
ポスター1枚、チラシを1枚を貼って頂く、配って頂く事からだと思います。
その行為だけでも充分意味があります。

その貼られた1枚が何人にも見て頂けます。また、その手渡された1枚が別の人に渡るかもしれません。
また、それが切欠で周りの方に話して頂けるかもしれません。
たった1枚が大きな仕事をしてくれます。

メールの最後に「よろしければ、お手伝いさせていただけませんか?」と書かれていました。
「手伝いましょか?」では無く「お手伝いさせていただけませんか?」です。

活動をしていて一番嬉しいお言葉です。

2005年8月2日

先日(6月25日)移植を終えた「みつみちゃん」が7月22日無事退院しました。

もっと早く日記に書くつもりでしたが、随分遅くなってしまいました。

報告によるとみつみちゃんは自分の足で病院近くのアパートまで歩いて帰ったそうです。
移植手術から1ヶ月弱、子供の生命力、回復力には驚かされます。
暫く通院しながら様子を見て、帰国を待つことになります。

以前も書きましたが「経過」が分かるのもwebの良いところです。
募金はしたけど、その後の経過は?
最近「違法・不正」な街頭募金が行われているようです。
「主催者がその善意の募金を遊興費に使った。」
完全に詐欺行為です。

「あの募金は本当に大丈夫?」
そのような輩が横行すると本当に募金に頼らないとならない方に深刻な打撃です。
どうすれば見極めが出来るのか私には判りませんが、「善意の気持ちだけは無くさないようしたいと思います。」

これもwebの活用で防止が出来ると思います。

2005年8月1日

今日、新しいステッカーを車に貼りました。

3枚綴りのものを印刷しましたので、半年分になります。
活動を始めた頃は「長期的計画」は当然しておりませんでしたが、今は「大局」を見据えた計画も視野に入れなければならないかもしれません。

以前、日付計算の修正版javaをお送り頂いた「+こぼうずたいむ+」様のCOEL様がメールで「今まで、一日でも早くスクリプトが不要になって欲しいのと、あまり先のことを言う
のも気が引けて、修正の件をなかなか切り出せませんでした。」と書かれていました。

「長引いて欲しくない」「すぐに見つかって欲しい」と言う願いと、長期化した時の備えが必要になります。
「二の矢」「三の矢」を用意して「情報発信」を続けていかなければ先に放った矢が見えなくなるかもしれません。

「情報」を発信し続ける事で先の矢も見えてくるはずです。


2005年7月31日

先日、「癌々行こうぜ」の管理人様から新しいバナーを送って頂きました。

今回のバナーは友梨ちゃんの顔写真を3枚使って作成して頂いており、非常に目立つバナーに仕上がっております。
現在多くのサイトにバナーを貼って頂いておりますが、そのすべては今回のようなご支援を頂いている皆様に作成して頂いてものばかりです。
お送り頂いたバナーも15種類になりました。

初めてバナーを送って頂いたのが2004年1月に3種類。
その後、サイズや形を変えたバナーを多くの方からお送り頂きました。
商用サイズのバナー、blog用バナー。
お陰で多くのサイトに設置して頂けるようになりました。
提供者の皆様が友梨ちゃんの事を考え、無事帰還を願って作って頂いたものばかりです。
その願いが多くのサイトで活躍しています。

今後ともご協力・ご支援をお願い致します。

2005年7月30日

400アクセス。

この数字はHP版「捜索の輪!」の一日の平均アクセス数です。
もう何ヶ月も前から何も無い日はこれくらいの数字です。
「多いか?少ないか?」

取材の時に何度か聞かれました。
「この数字をどう思われますか?」
300でも無ければ500でも無い、400台。
私はその都度「この数字を計る物差しを持っていませんので・・。」と答えました。

毎日コンスタントに400人以上の方に訪問して頂いておりますが、その中で始めて来て下さった方は75〜85%です。
月にすると約1万人の方に友梨ちゃんの事を知って頂けた事になります。
日本の総世帯数(4,700万世帯)に対するwebの世帯普及率を掛けると4,140万。

その1/100,000が400と言う数字なのでしょうか?

2005年7月29日

今日、久しぶりにwebに友梨ちゃん関連の記事の配信がありました。

記事は「和歌山県橋本市の市立橋本、城山両小学校の6年生が情報を呼び掛けるポスターを作りJR和歌山線の車内に吊るした」と言う内容です。
橋本市は以前から市役所前やJR橋本駅前にパネルを設置し、情報の呼び掛けをして下さっています。
今回の小学生の協力や昨年の橋本中学の美術部の協力など、施設と学生が協力して支援活動を行って下さっています。
多分中心になって働きかけをして下さっている方がいらっしゃるのだと思いますが、記事には書かれていませんでした。

陰ながら支えて下さっている多くの方に感謝致します。

2005年7月28日

残念ですが、予想通り沈滞ムードになってきました。

「捜査本部の状況」「教育委員会の活動」「報道関係の体勢」どれも全く見えて来ません。
こちらからコンタクトを取っている訳ではありませんが、先方からの連絡もありません。
吉川様の下には何らかの連絡はあると思いますが、「捜査の進捗」はどうなっているのでしょうか?

マラソンは42km先のゴールを目指すより、近くの目標を一つ一つクリアして行くそうです。
「あの電柱まで、あの交差点まで・・・。」昔のCMのコピーです。

しかし、友梨ちゃんの事件に関しては「ゴール」が何処にあるのか判りません。
一歩ずつでも友梨ちゃんに近づいていればゴールに辿り着きますが、夢の中で走っている時のように、一生懸命走っても前に進まない。
そんな印象を強く持ちます。

これは夢の話では無く、実際に起こっている現実の事件です。

2005年7月27日

活動を始めて1,000通以上のメールを頂きました。

「リンク協力のご連絡」「情報提供」「捜索の輪!の協力者の皆様」「新聞社」ほとんど返信をさせて頂いておりますが、定型文での返信も正直多いです。

特にリンク協力の連絡を初めて頂いた方には基本的に定型文+αのレスになってしまいます。
「リンクの御礼」+「近況」です。
「近況」だけはその時々で変える様にしています。

また、何ヶ月も前にリンク協力を頂いた方から時々連絡を頂く事があります。
その時は過去のメールの内容を読み返してから返信するようにしています。
「何時からのご協力なのか?」「その時の経緯は?」
折角のご連絡のお気持ちに失礼があっては管理人として失格です。
webの繋がりは時には非常に強い絆で結ばれている事があると思います。

特にリンクの繋がりは協力の気持ち、支援の志を持った仲間との「心」の繋がりです。

2005年7月26日

昨年の2月に専用掲示板を作って1年5ヶ月。

延べ70,000人の方が訪問してくれました。
書き込みも2,500近く、半数が管理人のレスとすると1,200以上の書き込みを頂いた事になります。
リンク協力のご連絡、ご提案、励ましのお便り。
中には非難、中傷、悪戯も多くありました。
サイトの宣伝も時々あります。

あるホテルのサイトの宣伝に対してはそのサイトの掲示板に苦情を書きました。
その後、そのサイトから掲示板は無くなりました。
多分他の方も苦情の書き込みをされたのだと思います。

充分責任を持って書き込み、またはその委託をしないと最終的に自分に帰ってきます。
便利だからと「安易」な使い方をすると「高い代償」を払う事になりかねません。
無責任は事はお互いすべきではありません。

責任を持ち、節度を持って、そして信念も持ってサイト運営をして欲しいと思います。

2005年7月25日

みつみちゃんの近況がHPで報告されていました。

前回よりも表情も穏やかで順調に快方に向かっているのが画像からでも察する事が出来ました。

ドイツに渡って2ヶ月になる事をサイトを見て改めて知りました。
「そう言えば5月にドイツに渡ったんですね。」
月日が経つのは早いと改めて感じました。
私も転勤してもうすぐ10ヶ月になります。

何度も書きましたが、時間の経過は自分は感じているよりも早く経過しているようです。
年齢を重ねるとその傾向が顕著になります。
子供の1年、大人の1年。

同じ1年でも自分が持っている時間の尺度が年々短くなっていくのでしょう。

2005年7月24日

今日新しいステッカーを印刷しました。

前回の印刷から約2ヶ月。
今回で2度目の貼り替えです。
このタイプのステッカーは一度、役場の車に貼っているのを見たのと、スポーツタイプの車に貼られているを見ただけです。
私のように元のステッカーをスキャナで読み取って印刷したのでは無いので、劣化は少ないと思います。
しかし、今までこの2台以外は見た事がありません。
地元熊取町では多いのかもしれませんが、以前お邪魔した時は見かけませんでした。

私のように普段車に乗っているものには「信号待ち」の時には訴求効果が高いと思います。

ポスターより割高だと思いますが、もっと多くの車に貼って貰える様増刷をお願い致します。

2005年7月23日

7月20日の読売新聞大阪版に友梨ちゃんの関連記事が載っていたそうです。

私は和歌山なのでその記事が掲載された事は知りませんでした。
この事はご協力を頂いている「パンのある生活♪焼きたての香りに包まれて・・・」の管理人様から教えて頂きました。
「大阪市旭区の企業様が友梨ちゃんの看板を寄贈された」と言う内容の記事だそうです。
友梨ちゃんの心配し、また無事を信じて今回の寄贈に至ったと思います。

記事の配信、看板の設置、また多く方に知って頂けたと事と思いますし、今回の事が切欠で新たな情報、協力に繋がると思います。

2005年7月22日

行方不明から2年。

そして1ヶ月が経過し2ヶ月が経過しました。
その間行方不明当初はその時期には記事の配信がありましたし、1年が過ぎたこの時期にもありました。
しかし、2年を超えると「節目」とは見てくれないようです。
新聞各紙を見た訳ではありませんが、webへの記事の配信が見当たりません。

吉川様が「謝礼金」の発表をされたのが昨年の7月。
「関心が薄れる事」を予見して1年が過ぎた時点での発表だったように思います。
その後の記事の内容は「ステッカーの制作」「こども見守り隊の発足」「ビラ配り」「記者会見」です。
「何か無いと報道されない」「何かしなと記事にならない」

「何かしなければならない事」は関係者は充分認識していると思いますが、友梨ちゃんの事や事件の経緯など「何もなかっても」記事にして貰えないのでしょか?

2005年7月21日

今日から夏休みが始まりました。

友梨ちゃんには「4年生の夏休み」「5年生の夏休み」がありませんでした。
今、彼女は6年生です。
「彼女の6年生の夏休み」が今日から始まりました。
夏休みの宿題、家族旅行、自由な時間。
楽しい出来事が一杯詰まった夏休みは彼女にはありません。

このまま夏休みが終わる事の無いよう「事件当時(2003年5月20日)」の情報をお願いします。
必ず普段とは違った「場面」があったはずです。

どうか彼女に夏休みを・・・。

2005年7月18日

営業車に貼っているステッカーが色褪せて来ました。

4月上旬に始めて貼って、貼り替えたのが5月の下旬。
2ヶ月に一回は貼り替えなければなりません。
営業車に乗る時は必ず目にしますので、徐々に劣化していくのが解ります。
今でも走っていると「バイク便」「トラック」の後部に貼られているのを見かけますが、どれも疲れた様子です。

何度も書きますが、「貼って頂くだけでも協力です。」
しかし、「貼り替えて頂く事で意識した協力になります。」
自分勝手な事ばかり書いていますが、「継続的協力」をお願い致します。
そうする事で「本人の意識」「周りの意識」が大きく変わります。

是非「現在進行形」のご支援をお願い致します。

2005年7月17日

先日、仕入先の営業の方と昼食をした時に「友梨ちゃん」の事を話しました。

多分知らないだろうと思っていましたが、知って頂いておりました。
しかし、「もう4.5年くらいになるんですか?」と時間の感覚の違いに唖然としました。
「去年でした?」と言う返事が多いのが普通ですが、その逆は初めてです。

「時間の概念」は当然個人差があります。
同じ時間の長さでもその時の状況で「長く感じる時」「短く感じる時」があります。
また、もっと長いスパンで見ると「へっ!もうそんな昔の事やったんや!」と感じる事が多いと思います。
その為に「捜索の輪!」のトップページでは「行方不明日から何日」とリアル表示をしています。

2003年5月20日。
その日が事件の発生日です。
そして、その日から吉川様の闘いが始まりました。

2005年7月15日

今日、展示会会場の「堺市民会館」に設営に行って来ました。

昨年の11月以来の訪問です。
その会館の2箇所の掲示板とエレベータ前、そして事務所の入口に「友梨ちゃんのポスター」が貼られています。
非常に目に付く場所に貼って頂いておりますので、会館を訪れる人のほとんどが間違いな目にすると思います。
2枚は少しくたびれていますが、後の2枚は「昨年の支援集会」の時に作ったものを使用して頂いており、まだ綺麗な状態で貼られています。

きっとそこで働く職員の皆様も毎日見て頂いていると思います。

「意識をする事」、また「意識して頂ける環境を作る事」が大事だと思います。

2005年7月15日A

昨年後半からHP版「捜索の輪!」へのアクセス数が固定化された為、2年に向けて新しい「蛇口」を作って情報発信をする目的で「blog」を作りました。
と以前に書きました。

この「2年」が非常に重要な事です。
「節目」を考える上で大きなターニングポイントが2年だと思います。
その為に「blog」を作り、webの世界での窓口を増やしました。

「石の上にも3年」と言う言葉がありますが、それは「冷たい石の上でも3年座っていれば暖まる」「辛抱して頑張っていれば何時かは報われる時が来る」と言った意味ですが、歳月を考えれば「2年」がある意味限界点だとこの活動を始めて感じました。

「竹の節目」と全く同じように最初は細かい間隔で節目が出来ます。
そして成長すれば(年月が経てば)間隔も広くなります。
「竹の節目」と「時間の節目」は非常に似ています。
その分岐点が「2年」です。
その間隔を少しでも狭く、そして多くの節目を作って行くのが「教育委員会」であり「警察」あり「報道機関」だと思います。
何かの形でマスコミに話題を提供する事も必要でしょう。
そしてマスコミもその手助けをする事も必要だと思います。

これからは「節目」を迎えるのでは無く、自ら作っていく事が大事です。

2005年7月13日

大阪府下の「交番の掲示板」に友梨ちゃんのポスターが貼られていないところが多く見受けられます。

「吉川友梨ちゃん行方不明事件」は間違いなく府警管内での事件のはずです。
捜査本部は一体どのような呼び掛けをしているのでしょう。
最低限府下すべての交番の掲示板に「友梨ちゃんのポスター」を貼るべきだと思います。
多分指名手配犯の数が多過ぎて貼るスペースが無い為でしょうが、犯人検挙は重要な職務なのは解っていますが、行方不明者の事も同じレベルで見て欲しいです。

「貼るだけですよ!」何も難しいお願いをしている訳でも、我儘を言っている訳でもありません。
捜査本部として最低限、基本的な職務をして頂きたいと思います。
情報を呼びかけている「警察」がそれでは「情報」は期待出来ないかもしれません。
「基本的な動作」は非常に重要な事です。

是非、今一度各部署に「通達」をお願い致します。

2005年7月12日

「みつみちゃんを救う会」のHPで時々経過の報告があります。

6月25日の移植手術の後、その後の経過。
そして7月6日の更新では、一般病棟に移ったとの報告でした。
みつみちゃんの写真も掲載されています。
今までは大きな医療機器に繋がれた状態でしたが、今はそれもありません。
まだ少し元気が無いような気がしますが、大手術から2週間ほどしかた経っていませんので心配ないと思っています。
もう暫くドイツの病院にいなければならないと思いますが、年内には戻ってこれるでしょうか?

元気な姿で帰国される事を心よりお祈り申し上げます。


2005年7月11日

「捜索の輪!」のアクセス数が60万を超えました。

これも偏に皆様方のご支援と心から御礼申し上げます。
多くの方に友梨ちゃんの事を知って頂き、事件の事を知って頂く事が出来ました。
「情報発信」、それが「捜索の輪!」の活動目的の一つです。
そして、もう一つの活動目的は「支援・協力」です。
「リンク協力」「ポスターの掲示」「チラシの配布・発送」、その活動を通しで多くの方に知って頂き、ご協力を頂きました。
活動から2年、多くのサイト管理人様を始め、沢山の方が情報発信をして下さいました。

活動はまだまだ充分とは言えませんが、何とか形になって来たと思います。
しかし、「最終目的」である「発見」「発見に繋がる情報」には未だ到達しておりません。
これからが本当の「正念場」だと思います。

是非、「発見に繋がる情報」をお願い致します。

2005年7月9日

「金子恵理ちゃん(当時8歳)」も8年前から行方不明になっています。

6月30日で8年になった為、記事が出たので判ったのですが、岩手県警のHPには情報呼び掛けのページは無いようでした。
今はネットの情報網も大きな訴求効果が期待出来ますので、是非ページのアップお願いしたいと思います。

警察の捜査は市民からの情報に負うところが大きいはずです。
世間に認知させるのも警察の仕事です。
基本的な事を確実にやって頂かないと逆にロスが発生します。
情報を持っている方が居たとしても、それは情報なのかの判断が出来ないかもしれません。

折角の貴重な情報が行き場を失っているかもしれません。

2005年7月8日

昨日のアクセス解析の時に、「捜索の輪!」にリンクを貼っていない方をみつけました。

恥ずかしい話ですが、私はこの御両名の事は知りませんでした。
早速「捜索の輪!」のトップページにリンクを致しましたが、平成元年と平成3年から行方不明になっています。
今から17年前と14年前の出来事です。
お一人は「松岡伸矢君(当時4歳)」です。
もうお一人は「石井舞ちゃん(当時7歳)」です。
今の年齢は共に21才になります。

この年月の経過は残酷としか言いようの無い時間の長さです。

2005年7月7日

昨日のHP版「捜索の輪!」のアクセス数が1,000を超えました。

普段は400〜500を推移していますので、原因を調べてみました。
するとトップページにリンクを貼っている「横山ゆかりちゃん」がキーワードと言う事が判りました。
ゆかりちゃんは平成8年7月7日から行方不明になっています。

アクセスが午後5時台から急に増えた事を考えると、夕方のニュースで報道されたのだと思います。
既に9年の歳月が経過していますので、当時の写真では無く、似顔絵が警察から公表されています。
現在の本当に顔はご家族をはじめ誰にも判りません。
その似顔絵を公開するしか方法が無いのがとても悲しいです。

是非情報をお願い致します。


この日記を書いた後に少しネットで調べると、http://www.police.pref.gunma.jp/keijibu/02sou1/file_yukari.html
のページに辿り着きました。

2005年7月6日

今日得意先で友梨ちゃんの話をしました。

得意先の中でも「聞いてくれる人」と「そうでない人」がいます。
どんな内容でもそれは当然あります。
先のJR事故でも話題に出した人もいれば一切語らなかった人もいました。
逆に相手も私の事をそう思っている事柄もあると思います。
社会問題だけが話題ではありませんが、注目、関心は人によってさまざまです。

以前「懸賞金の額」についての意見がありました。
その方は「家を売ってでももっと大きな金額を出すのが親だ!」との意見でした。
私は当局の指導で金額を算定したと解釈していますので、金額の大小に疑問は持ちませんでした。
そしてその金額に対して「吉川様ご本人が一番葛藤を感じておられた事も容易に想像出来ました。

その時私は掲示板で「このスレッドに対するレスは禁止します。」と書きました。
「捜索の輪!」の掲示板で議論をするつもりは一切ありませんし、その時間もありません。

同じ志を持つ集団で良いと思っています。

2005年7月5日

blogを始めて「blogの事」が解りました。

今まで「別サイト」でリンクをしているサイト様の中や、「ゆりちゃんの輪!」の協力サイト様の中にも「blog」が存在していました。
しかし、自分でblogを始めてその存在や通常のHPとの違いが解りました。

捜索の輪!活動の原点、所謂「吉川ゆりちゃんを探しています!」をアップしたのが2年前です。
その時に逸早く協力して下さったサイト様が、私と同じ時期にblogを作った友人のblogにリンクされていました。
そんな出会い、そんな繋がりがweb活動をしていてささやかな喜びを感じます。
遅ればせではありますが、先日「日記リンク」をさせて頂きました。
また協力したいと思ってblogやHPを作ってくれた方も大勢います。

そんな方々との出会いが私の活動の原動力です。

2005年7月4日

今日も雨が降りました。

暑い日、寒い日、台風、大雨、地震、その時々に思います。
「一体友梨ちゃんは何処でどうしているのか?」と・・・。

「衣食住が充足された環境で過しているのか?」
「過酷・悪劣な状況を強いられているのか?」
何一つ判らない状況では、察する事は出来ません。

2年以上が過ぎた今でも、友梨ちゃん本人はもちろん、持ち物一つも発見されていません。
服、靴、リュック、どれも我々の前に出て来ていません。
友梨ちゃんと犯人との接触の場面も未だにわかっていません。
何処にいるのかも判っていません。
この狭い日本でどうした判らないのでしょうか?

きっと手掛かりは見つかるはずです。

2005年7月3日

今日でblogの日記を「連続100日」書く事が出来ました。

3月26日から今日の7月3日までです。
blogを作ってから、仕事が遅い時や、腰の調子が悪くてPCの前に10分も座っていられない時が3日ありました。
仕事が遅い時で12時を過ぎた日は「日を戻って書ける事」を知らなかったので抜けてしまいました。

継続して日記を書いて2ヶ月が過ぎた頃から今日の100日を意識し始めました。
「お百度参り」では無いですが「百日」続ける事で願いが叶う。
そう思うようになり今日に向けて続けて参りました。
時間のある時に「書きだめ」もして、何とか今日の100日目を迎える事が出来ました。
明日からは抜ける日が少しあると思いますがご了承下さい。

「どうか願いを叶えて下さい。」

2005年7月2日

新聞社からも連絡が来なくなりました。

大きな節目の時はこちらも動きましたが、新聞社からの動きもありました。
また時々によって連絡も頂きました。
しかし2年を過ぎてからはもう来ないような気がします。
普段から連絡を取り合う訳ではありませんが、こう極端だと・・・。

もしかしたら「2年が一つの区切り」と考えているのかもしれません。
実はこの「2年」と言う区切りが大きな転換期だと私も思っています。
その為にblogを作ったり、仕事先で積極的に話をするようにしました。
しかし、今の活動ではそれほど大きな影響力にはなりません。
何かの機会に小さな記事でも良いですので是非掲載をお願いしたいと思います。
関連する事件の中で一行でも結構ですので「吉川友梨ちゃん」の名前を載せて下さい。

報道機関の力が必要です。

2005年7月1日

最近の捜査状況はどうなっているのでしょうか?

有力情報が齎されていない様子ですが、全く見えて来ません。
これまでに情報1,750件以上が捜査本部に送られましたが、どのような捜査がなされたのでしょうか?

以前捜査本部の方とお話をさせて頂きました。
捜査状況は当然お教え頂けませんでしたが、歯切れの悪さを感じました。
やはり一番の問題は「目撃情報」の乏しさだと思います。
「事件に直結する情報」はまだ無いのかもしれません。
それだけ「不確かな情報だけ」で捜査をされているようです。
「犯人」「車両」どれもこれも・・・。

何処かに情報があるはずです。
その情報に辿り着くか、否か!

是非情報をお願いします。

2005年6月30日

今日泉州地区担当の営業から「今でも沢山ポスター貼ってますね!」と言われました。

彼は熊取町に非常に近い地区を回っているので、あちこちで見かけるそうです。
地元ですので当然かもしれませんが、今でも多くの方が協力しているのが実感出来た話でした。

私が営業で回っている地区は大阪府南部でも少し離れています。
そこではほとんど見かける事が無いのが残念です。
車で1時間、直線距離で20km、それだけの距離で、自治体が違うだけで「温度差」を感じます。
公共施設で「申し訳程度」に貼られているのを見かけるだけです。
立場上の協力なのでしょうが、そこには気持ちが感じられません。
「貼った事」で役目が終わったように、「破れ」「色褪せ」、時には新しいポスターが貼られる度に隅に押しやられて行きます。

「貼る事」で訴求が出来ます。
「情報発信」も出来ます。
それが協力だとも思います。

webは「更新しない」のは古新聞です。
ポスターも同じで「色褪せている」のは古新聞です。

どうか古新聞にしないで下さい。


2005年6月29日

「みつみちゃん」の術後の経過が逐次サイトで紹介されています。

会った事も無いですが、経過が気になりますし、一日も早く元気になって欲しいと思います。
報告を見ると順調に回復に向かっているご様子ですので一先ず安心して良いと思います。

「みつみちゃん」の他にも移植の為の募金の呼び掛けをされているサイトがあります。
「みつみちゃんを救う会」を知ってからそのリンクを辿って幾つか訪問させて頂きました。
前にも書きましたが、「経過」や「結果」が分かるのがwebです。
既に移植が成功し、帰国報告をされているサイトもあれば、まだ目標金額に達成されていないサイトもあります。
その中で「目標未達」のサイト数サイトにリンクの申し出をしました。
承諾が出次第順次「捜索の輪!」にリンクをしたいと思います。

移植を待ち望んでいる方は「命の火」が消えようとしています。
その火を消さない為に少しでも協力出来ればと思います。


昨日「山田修一さんを救う会」様からリンク承諾のご連絡を頂きました。
早急にリンク作業を行いたいと思います。

2005年6月28日

6月26日みつみちゃんの移植手術が行われました。

手術は無事終わった様子ですが、拒絶反応・感染症に対する厳重な注意が必要な為、しばらく予断を許さない状況だそうです。
しかし術後24時間経過した段階では極めて良好との事です。
今朝の読売新聞にも記事が出ていました。

小さな体で1年近くも病気と闘い、そして今回の大手術。
何時急変するか判らない状態から脱したと思いますので、ご両親も少し休んで頂きたいと思います。
そしてこれからは「拒絶反応」と闘いながら、新しい心臓と仲良く歩んで頂きたいと思います。

みつみちゃん本当に良かったですね。

2005年6月27日

タレントのオスマン・サンコンさんのオフィシャルサイト「オスマン・サンコンオフィシャルサイト」様からリンク協力を頂きました。

先日「島崎俊郎-アダモちゃん★ねる」の管理人様から協力のご連絡を頂き、本日リンクのご連絡を頂きました。
早速両サイト様にお礼のメールをお送りさせて頂きました。

行方不明から2年が経過し、マスコミの取り扱いや、世間の関心が若干薄れて来たと危惧していた矢先ですので今回のご協力に対し感謝の気持ちで一杯です。

今後の活動の事を考えると非常に心強い仲間が出来たと思います。

オスマン・サンコンさんありがとございます。
そして「島崎俊郎-アダモちゃん★ねる」様ご協力ありがとうございました。

2005年6月26日

掲示板やblogのコメントによく「テレビで取り上げてくれれば・・・。」とコメントを頂きます。

「節目」や「何か」があればニュースで取り上げて頂きますが、そうでない時は・・。

サイトは一度に多くの方に知って頂く事は難しい媒体です。
小説「蜘蛛の糸」のように多くの方がぶら下れば切れる事は無いですが、情報発信はまさに「蜘蛛の糸」と同じようにか細いものです。
マスコミのような丈夫で太い糸は一度に大量の情報発信が出来ます。
多くの情報発信はそのまま多くの方に知って頂けます。
それに反してサイトの情報発信力(特に捜索の輪!)は人知れず垂れ下がっている細い糸と同じです。
その糸に多くの方にぶら下って頂くにはマスコミの力が必要です。

「ニュース」「報道番組」「行方不明者番組」
時々で良いですので取り上げて頂きたいと思います。

また新聞でも「吉川友梨ちゃん」の名前だけでも載せて頂ければ・・・。

2005年6月25日

リンク協力して下さっている方から時々「閉鎖」のご連絡を頂く事があります。

事情があっての閉鎖だと思いますが、皆様志半ばでのリタイヤを悔やんでおられるようです。
現在1,300以上のサイト様を「ゆりちゃんの輪!!」に掲載させて頂いておりますが、一割近くは「閉鎖」されているかもしれません。
しかし、例えサイトを閉鎖しても皆様の「心のリンク」まで閉鎖した訳ではありません。
閉鎖後も継続した活動を下さっている方も大勢いらっしゃいます。

「サイト」から「サイト」へ、「人」から「人」へ、伝える方法は違っても同じ情報の伝達です。

手段が違えば「違う方」に伝達が出来ます。
土壌が変われば「情報」に繋がるかもしれません。

これもまた「輪」を広げる一つの方法だと思います。

2005年6月24日

2年前の今日、初めて「友梨ちゃん」の事を日記に書きました。

そして自分のサイトに初めて「吉川友梨ちゃんを探しています!」のページをアップしました。
最初は上記ページのみを自分のサイトの1コンテンツとして「リンク・加工フりー」のクレジットと共に人知れずサーバーに上げました。
暫くするとリンク協力の「メール」や「掲示板への書き込み」、そして皆様のサイトの1ページとして少しずつ「輪」が広がって来ました。

8月にはある方からのメールが切欠で、独立サイト「吉川友梨ちゃん捜索の輪!!として新たな出発をしました。
また、マスコミにも取り上げて頂いたお陰で支援の輪が急速に広がって行きました。
サイトも必要に迫られてその都度ページの充実を図って来ました。
まだページを作るのに何時間もかけなければいけない未熟な状態でしたので「作った頃には見つかるだろう!」と、無駄を覚悟で作った記憶があります。

あれから2年、これほどまで長い期間、サイトが存在するとは夢にも思いませんでした。

しかし、未だにサイトは存在しています。
サイトの存在は、「友梨ちゃん」が見つかっていない「現実」そのものです。

2005年6月23日

何度か日記に書いた「みつみちゃん」がドイツに渡り、移植を待っています。

目的は違っても「捜索の輪!」と同じ「支援サイト」です。
しかし、「みつみちゃんを救う会」は移植費用の為の募金の目標金額を超え、サイトの果たす役割を見事に達成されました。
あとは手術の成功と彼女が元気な姿で帰国される吉報を皆様にお伝えする事だけです。

残念ながら「捜索の輪!」は未だ目的を果たす事が出来ません。
「情報の呼び掛け」「リンク協力」「捜査協力」「風化の抑止」多くの方の協力で大きな支援団体になりました。
後方支援の役割を充分果たせていると確信もしています。
しかし「手掛かり」「有力情報」には繋がっていません。

「サイトの果たす役割は?」
同じ管理人として非力な自分が情けない。

2005年6月22日

リンク元を辿って行くと「日本の未解決事件」と言うページに辿り着きました。

あるサイトのコンテンツのようですが、過去からの行方不明者の事や事件の事が書かれています。
HP版「捜索の輪!」のトップページで数名の行方不明者の方のリンクを貼っていますが、それ以外にもこれだけ多くの方が行方不明になっている事実を知り愕然としました。

未解決事件や裁判の経緯なども書かれていて、当時の事を思い起こさせる事案もありました。
行方不明者のご家族は安否すらわからないまま永い年月を過しておられます。
掲載されている中で一番古いのは昭和40年でしたので40年も前になります。

残酷としか言いようの無い事件ばかりです。
「臥薪嘗胆」
ご家族の心情を考えると、この言葉が脳裏をよぎりました。

2005年6月21日

「blog」を作って4ヶ月が経ちました。

当初は行方不明から2年に向けての大きな報道までの繋ぎのつもりでしたが、あれから1ヶ月。
多くの方のご支援でここまで続ける事が出来ました。
周知の通り「blog」は日記中心のサイトですので、毎日の更新が一番の課題です。
「友梨ちゃん」の事以外にも「行方不明者」や「募金」「JR事故」「その他blogに関する事」などを書いてきました。
苦しみながら文章を搾り出す事も多いですが吉川様の事、友梨ちゃんの事を考えれば・・・。

警察の捜査が進展しない状況で、マスコミや世間から忘れたれたらどうでしょうか?
大きな声で「娘を捜して下さい」と訴えて、どれだけの方が関心を持ってくれるでしょうか?

少しでも関心を持って頂ければ幸いです。

2005年6月20日

今日で友梨ちゃんが行方不明になって2年と1ヶ月が経過しました。

その間、関連する記事を目にする事はありませんでした。
毎月記事の掲載をして下さっている産経新聞様はどうだったのでしょう?

「何故彼女一人だけ」とか「もっと伝えなければならない案件が・・。」などの意見があると思いますが、すべてのメディアで同じ事を伝えなくても「個々の報道機関」「個々の担当者」が必要、重要、そして「伝え続けていかなければ!」と思う事を伝えて行って欲しいと思います。

「旬」を伝えるのが報道機関です。
「事件」「事故」を伝えるのもそうです。
「政治」「経済」「国際問題」それも必要な事です。

しかし「弱者」の為にその力を使うのも報道機関です。
報道機関にはそれだけの力があります。


2005年6月19日

昨晩「全国子供見守隊連合会」様からリンク協力のご連絡を頂きました。

blogを通して全国に見守隊員の募集をされています。
友梨ちゃんが行方不明になってから各地で「見守隊」が発足し、登下校の時間に通学路で子供の安全を見守っています。

「核家族化」が進み、新興住宅の開発などで地域の繋がり、人間の繋がりが無くなって来ている昨今、近所の子供が何処の子なのか分からなくなってきました。

実際私も家の前の通りの子供の顔を誰一人として憶えていません。
活動に参加する事でお互いを認識し合い、安全・安心に繋がると思います。

是非積極的な参加をお願い致します。


2005年6月18日

最近急に「blog」のアクセス数が減りました。

一時期200〜300/日で推移していましたが、最近は200を切る事が多くなりました。
特にここ数日は100前後を推移しています。
例のblogの影響の時は1,000以上のアクセスがあり、少し落ち着いて来た時点でも4〜500あったのがここまで減りました。
13日は過去最低の83でした。

ログを辿っての訪問や日記リンクを頂いているblogへの訪問。
しかし訪問をさせて頂いてもコメントをした事がありませんので、その辺も数字に影響しているのだと思います。
「待ちのスタンス」「相手の気持ちに依存しての活動」がそのまま数字として現れています。

しかしこちらから「お願いに参りました!」との行動は今度もしないつもりです。

自発的な協力こそ本当の協力だと思います。


2005年6月16日

また「掲示板」にしょうもない書き込みがありました。

前回の「餃子」の店に続き、今度は「私書箱」「逆転送電話」「03発信」サービスの会社です。
どれもこれも正直な商売の手助けとは思えないサービスばかりで、このような会社が乱立するのはどうかと思ってしまいます。

何故「03発信」サービスが必要なのかも私にはわかりません。
「東京」に事務所を構えている「フリ」をする為でしょうが、嘘はいけません。
「嘘」は「あたらな嘘」しか生みません。

私はこんな会社やこれを利用する会社は嫌いです。


2005年6月15日

先日から「日記の書きだめ」を始めました。

たった10行そこそこの日記を書くのに1時間以上かかる時があり、帰宅が遅い時などは「焦り」ます。
焦れば焦るほど文章が出て来ず、おまけにそんな日に限って「掲示板に変な書き込み」があります。
また「情報提供」、「リンク協力の連絡」が入るとそちらを優先しますので益々文章が出てきません。

出来るだけ当日中に作業を完了すると自分で決めているので2時過ぎまで格闘する事が多くなります。
その為、昼間の仕事にも影響が出る可能性(出ている時もある?)があるので時間がある時や、いろいろ書きたい内容が出て来た時に書きだめをするようにしました。

最近はそのお陰で少し早く作業を終えることが出来ます。
完全な長期戦です。

体調維持も必要な事です。

2005年6月14日

「捜索の輪!」のトップページに「小林雅尚ちゃん」のテキストリンクを貼っています。

一昨日は彼の名前の検索語で沢山の方に訪れて頂きました。
何か記事の配信があったのかもしれません。

雅尚ちゃんは平成13年10月に岡山県賀陽町のおじいちゃん宅からいなくなったそうです。
当時の年齢は1歳10ヶ月です。
私は雅尚ちゃんについて何一つ知らないですが、何処かのサイトで見かけたのでリンクをしています。

昨日は「行方不明」「家出」等のご家族などが呼び掛けをしているサイトを見かけました。
ほんの一部の方しか呼び掛けをしていないようですが、沢山の方がご家族の前から姿を消しています。

テレビで放送され運良く消息がわかった方も大勢います。
しかし取り上げて頂けない方はその何十倍、何百倍もいると思います。
多くの方に見て頂く為もっとwebの活用は必要だと思います。


2005年6月13日

日本行方不明者捜索支援協会のHPがあります。

以前から知っていましたが、今日初めて「掲示板」を見ました。
そこにはご家族や友人、知人からの捜索協力の依頼の書き込みが多数投稿されていました。

「家出」「失踪」等、本人の意思で「家族」や「知人」の前から姿を消した方も大勢いますが、第三者が拘っていると思われる事案の方もいるようです。

友梨ちゃん位の年齢では「自分の意思」で失踪する事は考え難いですが、自分の意思で姿を消した方は心配しているご家族やご友人に「一報」だけでも入れて欲しいと思います。

人間は「自分一人」で生きているのではありません。
多くの方と拘って生きています。
ご家族にとって「消息がわからない」は非常に辛くて不安定な心理状態を生みます。

「元気でいるのか?」「無事でいるのか?」

是非連絡をお願い致します。


2005年6月12日

昨晩遅く「日記リンク」を頂いたblogにお邪魔しました。

日記を読ませて頂きましたが、こちらの意図を非常に正確に日記に書いて頂いており嬉しい訪問になりました。

思いを文章にする事は非常に難しい事だと「捜索の輪!」活動を始めて知りました。
文章の繋がりや、言葉の選択・・・。
画面を見ながら30分もキーを打てない時もよくあります。

なるべく短い文章の中で一つの話題だけを読んで頂きたいと思い、10行くらいで終わるようにしています。

一日一つの事柄をしっかり見て頂きたいと思っています。

2005年6月11日

友梨ちゃんの行方不明から2年が経過し、そして22日が経ちました。

想像していた通り、あれ以来報道がありません。
2年を迎える1週間前からは連日報道されていましたが、その後の報道は全くです。
これでは「友梨ちゃんの行方不明」に対しての報道では無く「行方不明から2年」に対す
る報道としか思えません。
今までマスコミの大きな力をお借りしながら活動を行って来ました。
その部分に関しては非常に有り難いと事と感謝しております。

しかし「これからどうするのですか?」
マスコミの皆様に聞いてみたいです。

2005年6月10日

「この前みつみちゃんの事をテレビで見たよ!」

友梨ちゃんの事が切欠で親しくお付き合いをさせて頂く様になったお得意様が話してくれました。
仕事の話の後はいつも「友梨ちゃんの事」を話します。
実際お会いして話をするとwebとはまた違った感覚があります。
相手の顔を見えるからでしょうか?それとも会話のキャッチボールが出来るからでしょうか?
相手の表情や話し方がわかるのはwebには無いコミュニケーションの重要な部分です。

webでは書かれた文章が大きな判断要因です。
表現力、文章力の違いで「伝わり方」が変わります。
気持ちのすべてを文章で表現する事は困難な作業です。
こちらの思いと違う思いに取られる事も多くあります。
また相手の思いを充分汲み取る事が出来ない事もあります。
ある意味脆弱な人間関係で成り立っているのがwebなのかもしれません。

その中でどれだけ相手の気持ちを感じ取る事が出来るか?

2005年6月9日

一時途絶えがちになっていた「リンク協力」の連絡が連日来るようになりました。

活動当初は連絡先を一切明かしていなかったのでこちらでリンク先を検索をし、そのついでに「配信記事」を時系列で纏めるのが日課でした。
それが現在の「ゆりちゃんの輪!!」と「近況情報」のページです。
リンクフリーにしていても、ネットのマナーからか、問い合わせを頂く事が多くなりメアドを掲載したところリンクの連絡を多数頂くようになりました。

以前はほぼ毎日1件から数件の連絡があり、リンク作業が中心になっていました。
しかし、ある時期から報道されない「空白期」はリンク協力が極端に減るようになりました。

今は「報道」と「報道」の谷間が以前より溝が深くなった印象です。
やはり普段の会話の中で話題に出る事が減ったためでしょうか?
「報道」→「検索」→「捜索の輪!」や「話題」→「検索」→「捜索の輪!」の最初の部分、所謂「切欠」が無いとその先には進みません。

どのような形にしろ切欠が必要です。


2005年6月8日

昨日、以前から何度もご連絡を頂く方からメールを頂きました。

霊感お持ちの方で「友梨ちゃんに関する事」を感じた時に連絡を頂きます。
以前捜査本部のご担当者様と話をしている時、「基本的には霊視、透視の類は捜査の対象になり難いです。」と言われました。

目撃情報では無い以上ある意味致し方が無い事だと思います。
しかし、こちらから何度か情報をお送りしましたが必ず調べて頂きました。

今回は「キーワード」が一つだったので黙殺される可能性を秘めているように感じましたので一旦保留させて頂いておりますが、もう少し具体化された時点で連絡を入れるつもりです。

ただ「橋が見える」「川が流れている」「小屋が見える」等の内容は具体的キーワードが有りませんので、今後は教育委員会・捜査本部への転送は行わないつもりです。

真剣に友梨ちゃんの事を考えて頂き感謝申し上げます。

2005年6月7日

今日、「捜索の輪!」の掲示板に初めてご訪問を頂いた方から「今回がはじめての訪問です。ということは、それだけ見に来る人が少ないのかもしれません。」と言う書き込みを頂きました。

webの上だけで判断すると、確かにその通りだと思います。

昨年の国内のネット人口は7,700万人。
捜索の輪!の累計訪問者数は延58万人。
対人口比では0.7%、対世帯数比では1.5%(普及率88.1%で算出)。

友梨ちゃんの事はもっと沢山の方に知って頂いていると思いますが、webで情報を呼びかけている「捜索の輪!」は、乱暴な計算をすると100人に1人しか知らない事になります。
いや、100人中1人も知って頂いていると言う方が正しいのかもしれません。

マスコミの露出が期待出来ないこれから、一人でも多くの方に知って頂く方策は?

2005年6月6日

大阪府南部を走る車やバイク便の後ろに「友梨ちゃんのポスター」を貼っているのを多く見かけます。

地元では2年が経った今でも友梨ちゃんの無事を信じ、帰りを待っている姿が印象的でした。
しかし距離が離れると「心の距離」も離れるように思います。
実際私も他の地方の行方不明の方の情報はあまり知りません。
リンクを貼っている関係で「知っている」程度と言うのが正直なところです。

「自分が知っているから」の基準で考えてはいけない事を地元を走ってみて改めて感じました。

これだけ頻繁に「事件」「事故」が起こる時代で「友梨ちゃん」の事を如何に「知ってもらうか?」「「思い出してもらうか?」「情報に繋げるか?」もう一度考え直す必要があるかもしれません。

2005年6月5日

一時話題になった「例のblog」が5月30日で閉鎖されたようです。

良し悪しは別として多くの教訓を残したblogでした。
事件解決の後は友梨ちゃんや他の行方不明者の方のサイトのリンクを残し、多くの発信をして頂きました。
話題になった為に捜索の輪!には多くの方にそのサイトから飛んで来て頂きました。
一番多い日で8,000以上の訪問を頂きましたが最終日の5月30日は20と、ほぼそのサイトの果たす役割が終わったと判断されたようです。

2ヶ月間で21,000はyahoo!に次いで2番目に多いリンク元でした。
最後はどれだけの訪問があったのかは判りませんが、捜索の輪!へのアクセス数を考えればある程度推測は出来ます。
それで役目が終わったと判断して閉鎖をされたのだと思いますが数パーセントの方の訪問の機会が失われた事は残念です。
例え少なくても「蛇口」だけは開けていて欲しかったと思います。

短い間でしたがご支援本当にありがとうございました。

2005年6月4日

最近HP版「捜索の輪!」の掲示板に変な書き込みが増えてきました。

個人的な書き込みでは無く、「変なサイト」の宣伝です。
この手の書き込みはあまり害は無いですが一応入室拒否の処理をしていますが「イタチごっこ」です。

昨日の書き込みの中のURLが極普通のサイトっぽかったので一応確認をしました。
すると、ある「餃子」や「焼売」の通販サイトでした。
普通の企業が平気で書き込んでくる事に些か閉口しました。
当該サイトの関係者なのかは解りませんが、掲示板に残したメアド宛に「当サイトの掲示板に余計な事は書かない事。
当サイトにて非常識な貴社の批判文を掲載します。」とメールを投げました。
しかし相手からは何の返事も来ませんでした。

大量に書き込む(委託?)ため、相手の掲示板の内容など確認はしないのでしょうが、書かれた方は非常に不信感を感じます。
事実関係がはっきりしないので今回は「サイト名」の公表は控えます。

真面目にやって行く事で「信頼」を得られる事が判らないのでしょうか?

2005年6月3日

先日リンク協力を頂いている「防災家」の管理人様からメールを頂きました。

移植の為の募金を募っている「みつみちゃん」のサイトを知る切欠になったサイト様です。

メールには「プログを見ていると、時折ジレンマからか怒りや疲労が感じ取れます。少し休んでも良いのでは?と正直思ったりもします。」と書かれていました。
お心遣い本当にありがとうございます。

HP版は極力感情を抑えてサイト作りをして来たつもりでしたが、blog版を始めてからは「感情」が出ている時が多いように自分でも感じていました。
感情がそのまま文面に表れているのは知らないうちに「焦り」を感じているのかもしれません。
また、それを見た方が敏感に感じ取れる事に反省をしなければいけないと思います。

これからはもう少し余裕を持ったサイト運営を心がけて参ります。
そして少し早めに就寝するように致します。

2005年6月2日

先日、いつもチラシの発送のご協力を頂いております「田中様」から今回3,500部のチラシ発送のご連絡を頂きました。

氏は郵政関係をユーザーに持つ企業にお勤めですので、近畿郵政局管内の郵便局様宛に送って頂いております。
また氏の勤める会社も支援の趣旨にご理解があり、会社を挙げてのご協力です。
今まで数回発送して頂いておりますので、受け取った郵便局様も「継続的」な試みに対し、充分インパクトを感じて頂いていると思います。

今一番重要な事は「継続」だと思います。
継続する事で「事件が解決してない事」「情報を待ち望んでいる事」が伝わります。


2005年6月1日

昨日4通のメールを頂きました。

2通はリンク協力のご連絡、1通はリンク協力をして頂いている方から、もう1通はチラシ配布のご連絡でした。
リンク協力は平均2ヶ月で100サイトの協力を頂いておりますが、早い時で1ヶ月、日数がかかった時で4ヶ月です。

現在1,300サイト様でご協力を頂いておりますが、サイト閉鎖も散見されます。
個人サイトは常連さんが一巡すればクリック数が減るように思います。
絶えず新しいサイト様の協力を得なければ情報発信に翳りが見えてきます。
リンク数が増えてもアクセス数が横ばいなのはその辺が関係しているのだと思います。

「スクラップ&ビルド」では無いですが、活性化を図っていくしかありません。
その為の方策は見つかりませんが、多くの協力サイト様からの連鎖が一つの大きな頼りになります。

是非連鎖反応が起こるようご協力をお願い致します。

2005年5月31日

今日で5月が終わります。

年齢を重ねるごとに時間の経過が早く感じます。
子供の頃は一日が長く感じましたが、今は「もうこんな時間?」と仕事の途中で帰ることが多くなりました。
「友梨ちゃんの一日は?」「お父さん、お母さんの一日は?」

「お願いします」とPCに向かっているだけの私と、彼らの時間の重みの違いに時々「私は一体何?」と思う事があります。

私と友梨ちゃんのお父さんとは一つ違いです。
友梨ちゃんは私の二人の子供のちょうど真ん中の年齢です。
上の子は友梨ちゃんの年齢を家族と過し、下の子はこれから迎える事になります。

だから余計ご家族と過ごせない友梨ちゃんの事、友梨ちゃんと過せないご家族の事を考えると少しでも力になれればと思います。

2005年5月30日

昨日の日記に新聞記事の事を書きましたが、自分に置き換えると似たような気がします。

blogを始めて3ヶ月半になりますが時々日記が抜けます。
「友梨ちゃんの事」「捜索の輪!の事」「報道の事」「協力者の事」「情報提供の事」「取材の事」その他教育委員会や警察とのやり取りなどを書いていますが、どの動きも無い時があります。

「捜索の輪!」は情報の呼び掛けをしていますが、ある意味「待ち」のスタンスを取っているのが現状です。
「協力の呼び掛け」もこちらから「お願いします」とサイトを訪問する訳でも無く、「情報の呼び掛けの」も同様です。
何かの動きが有って初めて皆様に「ご報告」が出来る訳です。
その動きは「次は何時」といつも思います。
「関係者」には「こちらが節目を作る必要があります。」と言った事もあります。

これからサイトをどのように運営していけば良いのか判らなくなる時があります。
しかし継続しなければならない事だけは解っています。

2005年5月29日

21日以後の報道がありません。

今までそうですが「月単位」や「何かの事件の絡み」で報道されるだけです。
産経新聞の20日の記事、類似した事件での絡み、子供の防犯に関する記事の時。
「近況情報」を見ると集中して記事が配信されている時期と単発の時、そして空白の時期があります。

特に3ヶ月から半年までの間が全くの空白期間でした。
1年が過ぎてからも同じような傾向が出ています。
そう考えるとこれからの半年間でどれだけメディアに取り上げて頂けるかが問題です。
大きく報道された時期はそれなりの反響、協力がありますがその山場が過ぎればすべてにおいて小休止に入るような気がします。

「吉川様のコメント」「支援の状況」「同級生の様子」。
記者が記事の執筆に苦慮しているのが判る時もあります。

せめてもう少し捜査状況の報告が欲しいと思います。

2005年5月28日

今日、営業車に貼っている友梨ちゃんのステッカーを貼り替えました。

太陽や雨に晒された為、屋内のポスターに比べて劣化が早いです。
また予備を印刷して車に積んでおくようにします。

屋内のポスターも1年以上も貼り替えていないものがあると思います。
色褪せているのが有れば是非貼り替えをお願いします。

古いポスターだと「遠い過去」の出来事のように思えてきます。
事件から2年経ちましたが、それは「発生」が2年前であるだけで「現在進行形」です。

「過去」のものにしない為にも「HP」も「ポスター」も新しいものにしなければいけません。

2005年5月27日

二年と一週間が経ちました。

16日から21日までの報道で多くの方に知って頂き、また関心も持って頂き、協力をして頂きました。
この期間にどれだけの情報があったのでしょうか?
捜索の輪!には数件の情報が入りましたので、捜査本部には多くの情報が寄せられたと思います。
しかし「事件当日」の情報よりも「不審な行動の人物を見た。」や「友梨ちゃんに似た子を見た。」と言う情報が多かったのではないでしょうか?

今まで寄せられた情報は1,750件に上ります。
しかし1年半の時点で1,560件、謝礼金の発表があった昨年7月で1,385件、1年の時は1,182件、半年では約870件、2ヶ月では555件でした。
この一年間で情報が半減しています。

月日が経てば記憶も薄れていきます。
友梨ちゃんに関してお持ちの情報がございましたら是非捜査本部にご連絡をお願い致します。

心に引っかかる事があれば「捜索の輪!」でも結構です。
記憶の中に埋没だけはさせないで下さい。

2005年5月26日

blogを始めて100日ほどになりますが、常連さんが沢山出来ました。

よくコメントを頂くのですが、レス自体が1〜2日遅れる事が常習になっています。
本当は皆様のblogにもお邪魔してコメントを残したいのですが、メールの返信、掲示板のレス、そしてこの日記を書くので精一杯です。
この場をお借りしてお詫び申し上げます。

リンク協力の追加作業も当日完了を目標にしています。
時々「変な書き込み」があるとIPアドレスの確認や程度に因っては入室禁止の処理にも時間がかかる事があります。
少しでも訪問頂いた方に不快な思いをさせないよう努めて参りますので「変な書き込み」には絶対レスをしないようお願いします。

管理人の勝手ですが、こちらの思いと相反する書き込みは削除の対象にします。
「仲良し倶楽部」と言われるかもしれませんがサイトやblogの開設意図は「情報の発信」「協力の喚起」「風化の抑止」です。

友梨ちゃんが無事発見されるまで続ける為にはどうしても必要な事です。
その事だけはご理解をお願い致します。

2005年5月25日

営業車に友梨ちゃんのステッカーを貼っていましたが、色褪せてしまいました。

教育委員会様から頂いた1枚をスキャナで読み取り、印刷したものです。
耐水性に優れた用紙で印刷したのですが、2ヶ月持ちませんでした。
今度はUVカットのタイプで試してみたいと思います。

本当はノーリツ鋼機が開発した「大判プリンティングシステムMYTISシリーズ」で印刷すれば劣化を防げるのですが非常に高価ですので諦めました。

劣化したら新しいのに貼り変えて続けて行こうと思います。

2005年5月24日

先日、掲示板に情報の書き込みをして頂いた「はるちゃん様」と何度かメールのやり取りをさせて頂きました。

掲示板やメールで情報を寄せて頂いた分はすべて「捜査本部」に連絡を入れておりますが後日直接本人と話をして頂く事になります。
しかし、どうしても「警察」と話をするのが・・・、と言う方が多いです。

情報を頂いた時に「連絡先を教えて頂く」か「捜査本部に連絡をして頂く」かのお願いをしておりますが、返事を頂けない方もいらっしゃいます。

今回「はるちゃん様」から直接捜査本部に電話をして頂きました。
その後「気になっていた気持ちを言う事が出来、楽になりました。有り難うございます。」
との連絡を頂きました。
「気のなる情報」をお持ちの方はまだまだいらっしゃると思います。
また「捜査の邪魔にならなければ良いのですが・・」とも書かれていました。
以前も書きましたが「判断するのは警察」です。

我々は持っている情報を警察に投げるだけで良いのです。

2005年5月23日

この1週間で「捜索の輪!」に数件の情報が寄せられました。

「以前○○で友梨ちゃんに似た子を見かけた。」
「霊感が強いので○○を感じた。」等の情報です。
2年と言う年月が流れましたが「何かの切欠」で記憶が蘇る事があります。
また「気になっていたけど・・。」と言う方もいました。
「気にはなるけど自信が無い」

今回多くのメディアから友梨ちゃんの記事が配信され、それを見た方が「この機会に」にと連絡をくれたと思います。
記憶の何処かに置き去りにされている事もあるようです。
マスコミの報道でその記憶が蘇ったのだと思います。

今回の事件での物的証拠は皆無です。
状況証拠も状況の域を脱していません。
捜査でもう一つ重要なのは「目撃情報」です。
今回の事件で上記2点は全くと言って良いほど無いのが現実です。
残された「目撃情報」に頼った捜査が今の現状です。
良くドラマで見る光景の「聞き込み捜査」だけでは解決には到達しません。
皆様からの情報がどうしても必要です。

今まで1,750件の情報が寄せられましたが確証には至っておりません。
自分が「その日」の「その時間」に「その付近」を通った。
この情報も重要な情報です。
自分が関係ないと思っていても捜査対象になっているかもしれません。
この1件の情報で捜査対象から外れる車両もあります。

まだまだ情報をお持ちの方がいると思います。
是非情報をお持ちの方はご連絡をお願い致します。

2005年5月21日

日曜日から友梨ちゃん関連の作業で忙しかったのですが、報道が終わるとすぐに普段の状態に戻りました。

19日のアクセスは30,000超、20日は14,000でした。
今日は午後7時の時点で600強と普段よりは少し多いですが、2日間と比較すると極端な違いです。
19日はyahoo!の記事から95%、検索エンジンから3%、20日はそれぞれ88%、2%でした。
間違い無しにyahoo!はポータルサイトとしての役目を果たしていると事が実感出来ました。
webの世界ではyahoo!トピックスに載るか、載らないかとでは反響は大きく変わります。
その為にも「友梨ちゃんの事」が掲載される事が大事です。

また「捜索の輪!」の存在を知って貰う事もwebで活動している上では重要になります。
「捜索の輪!」を始めた頃は「どうすればマスコミに知って貰えるか?」を考えながらサイト作りをして来ました。
まず一番に考えたのは「リンク数」です。

個々での活動では目に付かないと思い、リンク数を増やす事でその補完が出来ないものか考えました。
よく小魚や小鳥が群れを作って大きく見せる事で外的から身を守るのと同じ発想です。
「群れ」この場合は「輪」ですが、そうする事で大きく見せる事が出来ます。

お陰で新聞社や放送局から連絡が入るようになりました。
取材を通して「こちらの思い」「報道する側の考え」が判ります。
また「警察」への橋渡し的な活動も「情報提供者」が「ここなら大丈夫だろう」と安心して情報を送って頂ける環境になったと思います。

これからマスコミの扱いがどれだけ縮小されるかわかりませんが、確実に減る事になると 思います。

しかしwebの活動は今まで通り行って参ります。
「報道」と「報道」の間の地盤沈下を少しでも防ぐ事も大きな活動目的です。

2005年5月20日

友梨ちゃんが行方不明になって今日で丸2年になります。

まさかこれだけの年月になるとは思ってもみませんでした。

「捜索の輪!」活動を始めたのは自分のサイトに「吉川ゆりちゃんを捜しています!」の1ページを貼ったのが始まりでした。

あれから2年。

ここ数日、新聞・テレビで友梨ちゃんの事が報道されています。
支援集会・記者会見・ビラ配りの様子です。
捜査の方も「行方不明時の目撃情報がないため、捜査方針を絞り込めないのが一番の障害だ」と遅々として進んでいません。

2年が経過した今も捜査は事件当初のままです。
今回、捜索の輪!に3件の情報を頂きました。
頂いた情報はすべて捜査本部に転送させて頂き、電話連絡をしました。

皆様どうか情報をお願いします。

2005年5月20日A

友梨ちゃんの記事がyahoo!トピックスに昨日の午後7時過ぎから今日の午前8時過ぎまで載されました。

掲載前の午後6時台は70アクセスでしたが7時台は7,000アクセスに達しました。
一番利用の少ない午前4時、5時台でも毎時400以上のアクセスがありこんな時間でも多くの方が起きているのには些か驚いております。

反響が有る時は、掲示板に我々と感覚が違う方からの書き込みが必ずあります。
2日間、午前2時まで確認の為に起きていましたが、1件だけありました。
それは「捜索の輪!」の目的や活動、事件の事や背景、経過も知らずにある一点だけを執拗に突いてきました。
また、それを見た方からの敏感な反論にも困ります。
「意見」に対する「反論」はあらたな「反論」を生みます。
他の掲示板でも時々見かけますが、一番嫌な光景です。

「掲示板」は不特定多数の方が目にするものですので「自分が言いたい事のすべて」を言うのは止めて貰いたいです。
本当に言いたい事があれば私信を送るのがマナーだと思います。
それも必ず「匿名」で書き込みしてきます。
「協力」や「激励」は匿名大いに結構ですが、「意見」を言う場合は責任の所在を明確にすべきだと思います。
明確に出来ない「意見」はこれからも排除します。

blogの書き込みも当初は楽天ユーザー以外からの書き込みを禁止していましたが、一部の方にご不便をおかけしましたの「すべての方」からの書き込みにしましたが、同じ事が起こりました。
こちらがある程度認識して書いた日記の内容に対する意見でしたので、それに対しての処置ではなく「不明確な責任」による書き込みに対する処置です。

どうも秘匿性が高いと声高になるようです。

2005年5月19日

午後7時台にyahoo!のトピックスに友梨ちゃんの記事が掲載されました。

お陰で多くの方に来て頂き「行方不明の状況」や「吉川様の心境」「捜査状況」などを沢山の方に知って頂けたと思います。
15日の夜はwebから、16日の朝からは新聞・テレビで取り上げられています。
本日吉川様が自宅近くの公民館で記者会見を行ったそうです。
吉川様は会見の中で「今日が駄目なら明日は進展があると思う気持ちは2年間変わらなかった」と語っていました。
その気持ちを維持しながら進展の見えない状況が2年も続いているの本当に辛い事だと思います。

本日、「捜索の輪!」には数時間で1ヶ月近くの訪問を頂きました。
その中で情報をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
どうか情報をお願い致します。
昨日の日記にも書きましたが「自信が無い」「勘違いかもしれない」それでも結構ですので是非ご一報をお願いします。

皆様からの情報が捜査の第一歩なのです。

2005年5月18日

昨日はリンク作業、記事の転載作業等があり、午前2時までPCと格闘しています。

23時頃からの作業だとどうしても遅くなります。
前日に引き続き記事を「近況情報」にアップし終わった頃に、いつもご協力をして下さっている杉原様から配信記事の情報を頂きました。
その一つ一つを確認しながら未掲載分をアップしました。

また「情報」を寄せて頂いた方がおられましたので「大阪府警」に連絡をし、ご協力を頂ける様「情報提供者様」にメールの返信をさせて頂きました。

今日捜査本部の警部補からその件で連絡がありました。
警部補とは知り合って丁度一年になります。
その間何度か情報提供者様と警察との橋渡しをさせて頂きました。

本当は直接警察に連絡をして頂きたいのですが、どうしても「自信が無い」「勘違いかもしれない」と躊躇される方が多いようです。
我々は「気になる事」を話すだけで「判断」をするのは警察です。
しかしその情報を埋もれさせずに捜索の輪!にご連絡を頂けた事は有り難い事です。

その情報の積み重ねが「点」と「点」を一本の線に繋いでいきます。
まず「気になったら」ご一報をお願いしたいと思います。

2005年5月17日

瞬間風速でした。

今日は通常のアクセス数に戻りました。
しかし、一日のアクセス数が500前後で推移しているのにはいつも不思議な気がします。
何度か取材の時に「毎日4〜500のアクセスについてどう思いますか?」と聞かれた事があります。
私はいつも「この数字に対して多いか少ないかを計る尺度を持ち合わせていません。」と答えています。
一つ言える事は毎日500人の方が心配して訪問して頂いていると言う事です。

昨日の新聞掲載、一昨日のweb等の影響で二日間の訪問の半数以上が「検索エンジン」からでした。
約1,500人の方に「友梨ちゃん」の事を知って頂き、、また「捜索の輪!」を知って頂きました。

この二日でリンクのご協力も頂きましたし、情報も入って来ました。
読売テレビからも連絡がありました。

新聞・テレビからの情報発信をもっとお願い致します。

2005年5月16日

昨日「友梨ちゃん」の支援集会、チラシ配りの様子がニュースで報道されました。

また本日、毎日新聞の朝刊で「捜索の輪!」を紹介をして頂きました。
毎日新聞に掲載されたのはこれで3度目になります。
地元の活動や支援の事が書かれており、それを読んだ方からの「呼び掛けの協力」も頂きました。

一時途切れていたリンク協力もここ数日頂くようになりました。
2年と言う年月を感じた方やサイトを開設したばかりの方からの協力が多いように思います。

多分20日には共同記者会見もあると思いますので、捜査の状況も少しは見えてくるかもしれません。

2005年5月15日

昨日毎日新聞様からお送り頂いた「友梨ちゃん関連記事」の転載作業が完了しました。

今回お送り頂いた記事は合計49記事、そのうち既掲載が11記事ありましたので38記事の追加になります。
既掲載記事は<記事:毎日新聞>から<記事提供:毎日新聞>に変更を致しました。

現在223記事のうち新聞社からの提供記事が183になりましたので「記事・写真を無断で使用させて頂いております。」から「一部の記事・写真を無断で使用させて頂いております。」に変更致しました。

記事の無断転載は違法である事は充分認識しておりますが、少しでも多くの情報を皆様に伝えたいと思い掲載をしております。
また、今まで取材で知り合った記者の方にその件で確認をさせて頂いたところ、「使用目的には問題が無いので違法には当たらない。」との見解も頂いております。

今日のニュースで報道されておりましたので、webに掲載されましたら「近況情報」のページにてご案内させて頂きます。

まだまだ知らない記事が多いと思いますので、是非記事のご提供をお願い致します。

2005年5月14日

昨日、毎日新聞の記者から電話を頂きました。

今回は「チラシ配布」などの協力をしている人に取材しているとの事でした。
1時間近く「サイト運営の事」などの説明をさせて頂きました。
今回の記者の方はwebの事を熟知されている方でしたので電話での説明でも大体の事は解って頂けたと思います。

この20日向けてのメディアの動きが先の「JR事故」の影響でどうなるのか懸念しておりましたので少し安心しました。
以前もある新聞社の取材の時「急な事件が入ったので・・」とドタキャンがありました。
「事件」「事故」で動くのが社会部記者です。
「JR事故」では相当数の社会部記者が取材に動いたと思います。

また本日「掲載される記事の内容」と以前お願いしていた「友梨ちゃん関連記事」の件でお電話を頂きました。
記事は本日送って頂きましたので早急に「近況情報」に掲載させて頂きます。

また明日「七山地区」主催の「支援集会」があるそうです。
昨年より規模が縮小された印象があります。

昨年は教育委員会から連絡を頂きましたので参加させて頂きましたが、今回は「関係者のみ」の集会のようです。

2005年5月13日

今日の午後3時頃HP版「捜索の輪!」の掲示板に悪戯書きをされました。

今回は「あほ?おまえら?」「みつかるか?ふつう?」などの書き込みが計5回ありました。
こう言う事は時々あるのですが、その都度削除をしているのが現状です。

捜索の輪!に来て頂けるのは有り難いですが、このような書き込みは止めて頂きたいと思います。
興味が無い、関心が無い、無駄な事をしている、と思ったらそのまま通り過ぎて下さい。

今回も多分中高生だと思いますが、今後このような事を少しでも減らしたいと思いますので「あえて」書き込みした方の情報を明記致します。

発信場所・・・岡山県倉敷市、または浅口郡
プロバイダ・・玉島テレビ放送(株)たまテレネット
発信元・・・・dhcp182-154.tamatele.ne.jp  
IPアドレス・・202.70.182.154

2005年5月12日

一昨日訪問したお得意様から依頼があり訪問しました。

カタログを渡し価格や物裏状況を説明して帰ろうとすると「HP見せて頂きました。」と言って頂きました。

前回同様「活動の主旨(捜査状況や活動状況)」をちゃんと見て頂けた事は私にとって大きな喜びでした。
また「友達やHPを持っている人に呼び掛けの協力もします。」と言って頂き、話をして本当に良かったと思います。

ルートの問題で少し距離を置いて営業活動を強いられていた関係もあり事務的な対応になっていましたが、今後は「商売」としてでは無く「人間」として良いお付き合いが出来ると思います。

今まで「捜索の輪!」が切欠で多くの方にお会いしましたが、皆さん「心の痛み」が判る方達でした。
今回は「捜索の輪!の話」が切欠で「心の繋がり」が出来た様に思います。
根っ子の部分で同じ価値観を持っている方と出会えたのは本当に貴重な事だと思います。

これで「捜索の輪!」の仲間がまた一人増えました。

2005年5月11日

昨日、協力者の方から「モーフィング」についてのメールを頂きました。

「モーフィング」とは・・
「ある形状から別の形状へ徐々に変化していく様子を動画で表現するために、その中間を補うための画像を作成すること。morphingは "move"(動き) と "morphology"(形態) から生まれた造語であるという説と、"metamorphosis"(変形、変態) から生まれた造語であるという説がある。
前後のコマの画像の要素から、中間の画像を作り出すことを何度も行なうと、滑らかに変化するモーフィングの動画が得られる」  (IT用語辞典 e-Wordより)

友梨ちゃんが行方不明になってもうすぐ2年。
現在、ポスター、チラシ、そして「捜索の輪!」などのwebに掲載している写真のすべては行方不明前の写真です。
2年と言う年月を考えると「顔」や「背丈」などが変わっていると思います。
私の娘は9歳から11歳の2年間で背丈が15cm伸びました。
顔も少し大人びたように思います。

事件当時の情報とは別に、今の友梨ちゃんの情報には「モーフィング」の手法も必要かもしれません。

捜査本部もその点に関しても視野に入れて頂いていると思いますが、万が一、これ以上長期化するような事があれば検討する必要があると思います。

2005年5月10日

今日の午前中、少し時間が空いたのであるお得意先で雑談をしました。

担当になって7ヶ月経ちますが、仕事の話以外した事の無いお得意先だったので私生活の話を少ししました。
通勤時間の話題や家に帰ってからの行動の話をし、その中で「友梨ちゃん」の事や「HPの事」を話すと「すぐに反応が返って来ました。」

「友梨ちゃんの事」や「捜索の輪!」の話は沢山の方にさせて頂きましたが「なんでそんな事やってんの?」と怪訝そうな顔をされる事が意外と多いです。
「切欠」や「背景」と言うか、どうも「理由」を知りたいようです。

しかし今回はそんな事よりも「活動の趣旨・目的」を理解して話を聞いて頂きました。
「活動」そのものにはサイト開設の切欠や経緯など関係ありません。

「行方不明の経緯」「捜査・捜索の状況」「支援の現状」を知って頂く事が出発点なのですが、助走部分に関心がいくのはいつも不思議な気がします。

2005年5月9日

今日捜査本部のご担当者から電話を頂きました。

先日「捜索の輪!」に送られて来た情報をお伝えしたくて連絡を入れていたからです。
「捜索の輪!」に送られてくる情報も本当に減りました。
教育委員会・捜査本部に齎されるのも減っていると聞きます。
「関心が無くなって来ているのか?」「本当に情報が無いのか?」

2年近く前の事ですので、今になって「あっ!あの時、確か・・。」と言う事はは難しいと思いますが、何かの切欠で思い出して頂く事をあると思います。
当時の手帳などを見直して頂ければ記憶が蘇る事もあると思います。
情報以外でも、その日にその付近を車や徒歩で通った方は何も憶えていなくても捜査本部にご連絡をお願い致します。

話す事で思い出す事もあると思います。
また現地に行けば思い出す事もあると思います。

もうすぐ2年です。

2005年5月6日

昨年のGWに「報道各社」にメールを投げました。

何度も書きますが「webの活動」はメディアの後押しが無いと弱い媒体です。
それで昨年は1年を迎える前にマスコミで「捜索の輪!」を取り上げて頂く為の行動を起こしました。

以前「yahoo!トピックス」に載った時は爆発的な反響がありました。
「yahoo!」はwebだとお思いでしょうが、yahoo!に掲載されるのは「報道記事」です。
その為、新聞・テレビに掲載・放送される事が必要になります。
現在、HP版、blog版併せて一日1,000アクセス程の訪問を頂いております。
blog版は最近「JR事故」の事ばかり書いていますが、「更新」する事を優先していますのでご容赦下さい。

「捜索の輪!」活動として皆様にご報告・ご連絡する事が毎日あれば有り難いのですが・・。
「支援の状況」「情報提供」「捜査の進展」「マスコミの報道」。

お伝えする事が無いのが残念です。


2005年5月1日

昨日ある方から「気になる書き込みがある」とのメールを頂きました。

URLを入れて頂いていたので早速確認作業をしました。
しかし私には判断が出来ませんので「大阪府警」にメールを送りました。

昨年は「霊視・透視の類」や「気になる書き込み」等々の情報が数多く捜索の輪!に寄せられましたが、今年に入ってからは1件だけでした。
特に霊視や透視での情報は基本的には警察の捜査対象にはなり難いのが現状です。
その類で警察が動けるのは「特定された場所」までご本人に案内して頂く事だけです。
目撃情報では無いので「橋が見える」だけでは当然調べようがありませんのでご理解をお願い致します。

今日から5月です。
あと3週間足らずで友梨ちゃんが行方不明になって丸2年になります。
どうか情報発信のご協力並びに情報をお願い致します。

2005年4月28日

当サイト・blogで呼び掛けをしている「みつみちゃんを救う会」の募金総額が目標の7,000万円を突破しました。

最初に見た時は2,100万円で日付は3月30日でした。
それから1ヶ月弱で5,000万円の募金が集まった事になります。
会った事も話した事も無い子供に対してこれほど多くの募金が集まったのはサイトを管理・運営、また募金活動をされている支援者の皆様の努力の結晶だと思います。
みつみちゃんは5月17日にドイツに渡ります。

手術の成功をお祈りすると共に無事元気な顔を見せて頂きたいと思います。

2005年4月27日

熊取町教育委員会に行って来ました。

4月の定期異動で新しく学校教育担当に就任された理事への挨拶の為です。
前任の大野理事には何度もポスターを送って頂きましたし、吉川様、捜査本部への橋渡しを何度も担って頂きました。
支援の中心的役割を担って頂く重要な部署ですのでこれからも相互協力が大事だと思います。

今回初めてお話をさせて頂きましたが新理事は学校現場からの異動の為、事件発生当初から友梨ちゃんに拘っていないので「温度差」を感じずにはいられませんでした。
学校教育担当の職務と平行して「友梨ちゃん支援活動」と非常にご苦労も多いと思いますが、捜査本部・マスコミ、そして吉川様への対応を全力投球でお願いしたいと思います。

マスコミの取り扱いや情報提供は「発生直後」のピークから確実に右下がりの傾向にあります。
行方不明から1年までは多くの節目が存在し、その都度マスコミの報道がありました。
そして2年目は1年目よりも確実に節目が減りました。
このまま時間が過ぎるともっと長いスパン(年単位)の節目しか存在しません。
今まではマスコミからの働きかけも多くあったと思いますが、これからはそれに期待をせずに「自ら動く」必要があります。

いつものように「辛口」の発言もさせて頂きましたが、本音で話す必要があるからこそそうさせて頂きました。

初対面でありながら失礼の段お許し下さい。
しかし願いは同じだと言う事はご理解頂きたいと思います。

2005年4月26日

5月20日に向けて報道関係者が動いているようです。

先日協力者の方からメールを頂き、友梨ちゃんのポスターを無料で印刷して頂いた印刷業者様に
新聞社から電話があったそうです。
捜索の輪!の日記や「管理人からのお知らせ」の中で協力・支援を頂いた「個人」「法人」を紹介させて頂いていますので、それを見たのかもしれません。
支援・協力を皆様にご披露しているのは、「リンクの輪」と同様「支援の輪」も広がって欲しいからです。
見える支援は、あたらな支援を生みます。

知って頂く事で「それなら私にも出来る」「私はこんな支援をしよう」と思って頂く事が「捜索の輪!」のもう一つの役割です。

2005年4月24日

昨日「株式会社メルファム」様の田中様からチラシ発送のご連絡を頂きました。

氏はこれまで何度も会社のDMに友梨ちゃんのチラシを同封頂き呼び掛けをして頂いております。
継続的なご協力は本当に有り難いです。
協力する側や相手の意識も続けていく事で大きく変わると思います。

「捜索の輪!」活動はテレビや新聞のような瞬発力はありません。
しかし、継続する事が瞬発力の代わりになると思います。
瞬間風速は大きな話題になりますが、絶えず吹いている微風は気が付かない事が多いです。
しかし確実に風は吹いています。

その風を少しでも感じて頂く事が「捜索の輪!」活動です。

2005年4月23日

2003年6月にアップした「吉川ゆりちゃんを探しています!」のページで当時下記のようなクレジットを入れていました。

「賛同される方はこのページをご自分のサイトに「リンクを貼る」「加工してアップする」等
どんな方法でも結構ですので少しでも多くの方に見ていただけるようご協力お願いします。
住んでいる地域が離れていても構いません。」


少しでも早く情報発信をして頂く為に入れたもので現在は削除しています。
当時はその1ページだけでしたので問題無かったのですが、2ヵ月後に「捜索の輪!」として独立サイト形式にした為、「捜索の輪!」全体が「加工OK」と誤った解釈をされ皆様にご迷惑をお掛けした事があります。
それを受けて上記文言を削除し、一部規制をさせて頂きました。

「捜索の輪!」のコピーが幾つも出来る事で、協力・関心に混乱を招きます。
皆様に時間をかけて「加工」をして頂かなくても良い様にサイトの充実を図って参りましたので規制の件はご理解願いたいと思います。

そこでお願いですが、現在上記クレジットを入れているサイト様は文言の削除をお願い致します。
また、一部で「捜索の輪!」の加工もOKとのクレジットを入れているサイト様もあります。
該当ページの更新をされていない場合は、是非この機会に更新をお願い致します。
更新時間の無い方は「アップ当時の日付」の付記だけでもお願い致します。
「行方不明から1ヶ月」「半年」等の記事が掲載されているのは、初めて知った方に誤った情報を与える事になります。

本来なら各サイト様に直接ご連絡すべき事案ですが、今回はあえて日記にアップさせて頂きました。
この日記を見ていただける事を願います。

2005年4月22日

昨日の日記で第一報を書きましたが、行方不明になっていた少年が無事発見されました。

まだコメントが掲載されていませんが、多分「家出」だったのでしょう。
行方不明から17日、blog開設から8日でした。
今回も沢山の方が心配し協力し、いろいろなコメントを残しています。
その中で「警察のページを無断転載している」「管理人と本人の関係は?」など本質とは違う部分のコメントもありました。
そのblogを見てどうしてそのような発想が出来るか私にはわかりません。

前回のblogで無事見つかった後のコメントで「ちゃんと説明をしていない」等の書き込みも多くありました。
「協力」とは「見返りを期待しないもの」だと私は思います。
金銭はもちろんですが、「協力したから説明する義務がある」「説明を聞く権利がある」
これもある意味「見返り」だと思います。

無事発見されましたのでリンク並びに個人名を削除しました。

2005年4月21日

今日、捜査本部の○○警部補から電話がありました。

「共同記者会見」で捜査状況を報告する時に「捜索の輪!」や「管理人の実名」が出る事に対する承諾の確認でした。
「捜索の輪!」の事を言って頂ける事は「記事の配信」→「関心」に繋がりますので非常に有り難い事です。
実名の公表については本当は必要の無い事ですが、以前取材の時に記者の方から「読者が知りたがっている」との事で「実名」を載せて記事にして頂きましたので、各紙の記者の方には既に知って頂いております。
昨年の5月にはこちらから全国紙、共同・時事通信、各放送局に働きかけましたが、今年はその必要がなさそうです。

今まで全国紙四紙と共同通信社の記者の方とは何度かお会いしましたが、捜査本部側から「捜索の輪!」の事を話して頂ける事でより皆様の関心が強まると思います。

※行方不明になっていた「中学3年生の息子(※※※※)を捜しています。」が無事発見されました。
詳細は追ってサイトにアップされるとの事です。


2005年4月19日

「吉川ゆりちゃんを探しています!」を「吉川ゆりちゃんを捜しています!」に変更しました。

このページは最初にアップしたページですので、1年10ヶ月近くが経過しています。
しかし、今まで全く気が付かなかったのですが「探す」と「捜す」では少しニュアンスが違うようです。
そこでwebで調べてみると、
「探す」・・欲しいものを見つけようとする事
「捜す」・・見えなくなったものを見つけようとする事
となっていました。

漢字一文字に拘るつもりはないですが、間違いは間違いですので訂正をしました。

2005年4月17日

「例のblog」の事は書かないと書きましたが、少し関連します。

昨日そのblogが更新されていました。
そこには「中学3年生の息子(※※※※)を捜しています。」のblogの事が書かれていました。
4月4日から行方不明になっている息子さんを捜すblogが4月13日に開設され情報の呼び掛けをしています。
多分親御さんが「例のblog」の反響を知って同じ事をしたのだと思いますが、反応はどうなんでしょう?

前回の反響は「功罪」が産んだと言っても過言では無いと思います。
その分「慎重になっている方」、「様子を見ている方」も多いように思います。
単純に「呼び掛け」→「それに応えるTB、リンクによる協力」→「無事発見」なら皆さん敏感に反応し、協力に繋がるはずですが、「功」の部分と同じように「罪」の部分が大きく取り上げられた為、禍根を残してしまったかもしれません。

反響があっただけに余計今度の協力に影を落とした結果にならないで欲しいと思います。
そして「また家出?」と事態を軽く見られる事のないように願います。

しかし「例のblog」が行方不明関連のポータルサイトになってきたのも事実だと思います。
そのお陰で今回も多くの方が協力しているようです。
特に前回も協力し「無事で良かった」とコメントを残している方からの協力です。
外野の言葉や背景を気にせず「今何が一番大事な事か?」を認識しているからこそ出来る事だと思います。


2005年4月13日

blogを作って丁度2ヶ月が経ちました。

この2ヶ月でHP版60,000、blog版30,000と「例のblog」や他の多くのサイト様のお陰で沢山の方に訪問して頂きました。
改めまして御礼申し上げます。

その「例のblog」も未だに連日7,000以上のアクセスがあるようです。
TBは以前よりは少ないですが、今でも増えています。

昨日その中の一つから「過去日記」を見る事が出来ました。
私がそのblogを知る3・4日前の日記です。
今回の「批判」の何割かはこの日記を読んだ方からだったと初めて知りました。

文面から執筆者の心理状態や緊急性・緊迫感をどれだけ把握出来るかはわかりません。
文章力や表現力の違いで相手に与える印象を左右します。
画面に並んでいる文字だけで判断するのは危険な事かも知れませんが、webの上ではそれがすべてになるのだと思います。

その日記は外に対するメッセージではなかったようですが、内容や文字数を考えると緊迫感が感じられませんでした。
それがそのまま「批判」に繋がるのは些か「短絡的」なような気もしますが・・・。

今回の件で改めて自分が書いた文章に責任を持たなければいけないと感じました。


2005年4月12日

先日からバナーを貼っている「みつみちゃんを救う会」に訪問すると、募金総額が5,000万円になっていました。

バナーを貼ったのは3月30日で、その時の募金総額2,100万円だったように思います。
支援団体から300万円、700万円の支援金があったにしろ、短期間で非常に多くの募金が集まりました。
サポートされている事務局の方や支援者の皆様の活動の賜物だと思います。
また、同じ境遇の方のサイトも拝見させて頂きましたが、各サイト共丁寧なサイト作りをされていて活動に対する姿勢に感心しました。

過去に幾度と無く「募金」の案件がありましたが、webで公開する事で進捗状態や経緯を知る事が出来ます。
また、募金をしようと思っても、今まででは機会を逸するとどうする事も出来なかったのが送金先を知る事が出来ます。
絶えず情報発信しているwebならではの威力です。

少し前に私が勤めるグループ企業の社員の息子さんの移植費用のカンパをしました。
その時は名前まで覚えていなかったのでリンクを辿って探してみると「たかしくんを救う会」のたかし君がそうでした。
彼は運良く3月に移植手術が出来、「無事成功した」との報告がありました。
朗報を知る事が出来るのもwebの素晴らしいところだと思います。

目標額まであと少しです。.
少ない金額ですが、本日送金させて頂きました。
「みつみちゃん」の手術の成功をお祈り申し上げます。

2005年4月11日

今日、東大阪のお得意先で「友梨ちゃん」の話をしていると、「最近、近所でも行方不明になっている人がいる。」との話を聞きました。

詳しく内容をお聞きすると「60代の女性の方が1ヶ月くらい前から行方不明」だそうです。
その方は病気を患っており、自分の家の方向や帰り道がわからず、一人で出て行ったまま帰ってこないそうです。
警察や地元住民で付近の山も捜索されたそうですが、未だに手掛かりはありません。
事件と言うより事故の可能性が高いと思いますが、ここでも目撃情報が無いようです。

報道されたのでしょうが、私はこの件について全く記憶にありませんでした。
自分に関係無い事、関心が無い事は、記憶に留めないようになっているのかもしれません。

関心、協力よりも「記憶」に留めて貰う事の方が難しい事かもしれません。

2005年4月10日

同じ「blog」でも「楽天」と「ライブドア」とでは運用方法が違うようです。

「運用」と言うか「使う人」の問題かもしれません。
今回感じた事は「楽天blog」に比べて「ライブドア」のTBの多さです。
情報発信や情報の連鎖としての使い方では今回非常に威力を発揮しましたが、納得いかないから「批判」するのにTBを多様するのはどうかと思いました。

体制批判や国家権力、企業モラルに対する意見は多くの方に見て頂く事は否定はしませんが、一個人に対するそれには大きな疑問を感じました。
納得出来ないのなら私信を送るか、TBをすべきではないと私は思います。
それを「晒し者」のような事をするのは「陰湿な虐め」と一緒です。

今回の「例のblogの管理人」の対応に些か問題はあるにしろあまりにも多くの批判が寄せられました。
緊急時なのですから配慮が足りない部分は大目にみてあげるだけの技量が必要だったと思います。
実際自分の子供が行方不明になり、同じ事をしたらどうでしょう?
どれだけ配慮が出来ますか?

「納得」出来なくても「理解」してあげて欲しかったです。

2005年4月9日

下の数字はblog版のアクセス数です。

「例のblog」のリンクの影響でこれだけの方に訪問を頂きました。
もちろんHP版にも多くの方に訪問して頂き、友梨ちゃんの事を知って頂けたと思います。
瞬間風速的な反響でしたので、「例のblog」同様収束傾向にあります。
これが従来のHP版4〜500/日、blog版70/日まで落ちる事も考えられますが、今までと変わらず活動を続けて行くしかありません。

本日HP版のアクセスが500,000を越えました。
リンク協力も1,300サイト様になりました。
リンクに関しては連絡を頂いていないサイト様でこちらで検索、解析したサイト様も多く載せさせて頂いております。
私の考えで日記、掲示板での呼び掛けは「ゆりちゃんの輪」に掲載しておりません事をご了承願います。

3/31 : 2764
4/1 : 5754
4/2 : 3712
4/3 : 2644
4/4 : 2155
4/5 : 1818
4/6 : 1819
4/7 : 1424
4/8 : 1154
<楽天広場管理人ページより>

2005年4月8日

blogからの訪問が増えています。

今日は「例のblog」以外のblog20以上からの訪問がありました。
通常のHPとblogの比率も半々くらいになっています。
今のアクセス数から考えれば単純にblog分が増えたと考えてほぼ間違いない数値です。

また、一連の騒動の中で「関連記事の削除」や「実名の伏字」の動きも出てきました。
事件の無事解決と未成年者との配慮から、また未だに収まらない反響下で関係者に対する配慮等の理由のようです。
名前だけが一人歩きしている状況になってしまっているので、当サイト並びにblogは、実名の伏字の処置をとらせて頂きました。

日記の中で○○○になっているのは上記理由の為です。

2005年4月7日

本日までに閉鎖の予定だった「娘が帰って着ました。」様が一旦継続される事になりました。

この反響の中で大英断をされたと心から感謝申し上げます。
TBも「賛否両論」いや「喜怒両論」から落ちついて来たようで安心しました。
発見(帰宅)の報告や「捜索の輪!」等の行方不明者の記述の時は「責任をすり替えている」、「娘がかわいそう」などのTBが目立ちましたが、「捜索の輪!」にとっては非常に多くの方に来て頂き、友梨ちゃんの事を知って頂けたと思います。

今回行方不明者の紹介をして頂いたのは、ご協力頂いた皆様への感謝の気持ち、恩返しのつもりだったと私は思います。(私が私信を送ったのも関係あるかもしれませんが・・。)
それを「沢山の行方不明者がいる事を初めて知りました。」のコメントに反応した方から「そんな事も知らないの?」等のTBが付き、傷つかれた事と思います。
TBをつけた人は「行方不明者」の名前や経緯をどれだけ知っているのでしょう。
行方不明当初はニュースで見聞きしても時間が経てば忘れてしまっている事も多いと思います。
私も友梨ちゃんの活動を始めてから知った方がほとんどです。
多分当時ニュースで見聞きはしたでしょうが、覚えていませんでした。
人の記憶とはそんなものだと思います。
その為に「捜索の輪!」を作り、webでの呼び掛けをしているのです。

「娘が帰って着ました。」様から今日だけで500アクセス、トータルで15,000アクセス以上の訪問を頂いております。

2005年4月6日

ステッカーを営業車に貼って3日目。

信号待ちする度にルームミラーで確認をするのですが、見て頂けているのか?
今日は東大阪、泉大津、堺を走りました。
普段から車種や社名を見たり、積んでる荷物を眺めたり、結構周りの状況を観察しながら走行しているのですが、他の方はどうなんでしょう?
「この会社は何をやっている会社なんやろ?」
「積んでる什器は何に使うんやろ?」
「どんな得意先を回ってるんやろ?」など・・・。

勝手に飛び込んでくる情報もあれば、意識しないと見落としてしまう情報もあります。
その中で自分に有用な情報、また相手が助けを求めている情報を見落とさないようにしなければいけないと思います。

少し意識をして回りの景色を眺めれば今まで見えなかったものが見えてくるかもしれません。

2005年4月5日

例のblogが4月7日で閉鎖されるそうです。

非常に反響があったblogだけに、開設の経緯、閉鎖の問題等々で多くの意見があるようです。
3月29日の日記のTBは1,300を超え、ネットワークの凄まじさには改めて思い知らされました。
今回の件は「行方不明の経緯」「結果」で余計に意見が出ているようです。
しかし、娘さんが行方不明と言う状況では、いち早く情報の発信をし、また何かに縋りたいと言う親御さんの心情を考えれば第三者である私が口を挟む権利は無いと思っています。
ただ言える事は、そのネットワークのお陰で「捜索の輪!」には多くの方に訪問頂き、協力を頂きました。

webでの情報発信は街頭のポスターと同じです。
前を通って、立ち止まり、初めて認知されるものです。
こちらから皆様のPCの扉を叩く事は出来ません。
何かの切欠で「捜索の輪!」の扉を叩いて頂いているのが現状です。
その切欠がテレビであり、新聞であり、ポスター・チラシであり、yahoo!などwebです。
今日もそのblogから600以上の訪問を頂いております。
出来ましたら今暫く閉鎖の延期をお願いしたいところですが、状況を考えればそうも言えないと思っています。

ネットワークは使う者次第で素晴らしい情報網になります。

2005年4月4日

今日、熊取町教育委員会の大野理事からメールを頂きました。

春の定期異動で教育委員会から学校現場に転任されたとの事です。
大野理事には「捜索の輪!」の活動当初から、友梨ちゃんのポスターを送って頂いたり、吉川様との橋渡し役になって頂いたり、「捜索の輪!」活動の良き理解者であり協力者でしたので、ある意味非常に残念です。

新聞社でも友梨ちゃんの行方不明当時から取材をされていた記者の方々の転勤もあり、取材に対する思い入れが何処まであるのか心配な面もあります。
それだけ年月が経っていると言う事ですが、たとえ担当者が変わっても友梨ちゃんが行方不明になっているのは紛れも無い事実です。

近々熊取町にお伺いしようと思っていましたが、出来るだけ早い時期にお伺いしたいと思います。

2005年4月3日

今日やっと車に貼るステッカーの印刷をしました。

以前熊取町役場にお邪魔した時に1枚頂いた物をスキャナーで取り込みwebにアップしていたのですが、用紙を購入する時間がなかなか取れずに今日になってしまいました。
現物より薄い色で印刷されますが充分目立つステッカーだと思います。
明日営業車に貼って営業に出たいと思います。
今回使用した用紙はサンワサプライのホワイトフィルムラベルで、耐水性に優れているとの事で選択しました。
是非営業車などに貼って頂きたいと思います。

また最近、街中やコンビニからポスターが減ったように思います。
継続した協力は貼って頂いている方自身の意識も変わると思いますので是非継続的なご支援をお願い致します。

ポスターは「チラシ・ポスター・ダウンロードページ」から印刷をお願い致します。

2005年4月2日

昨年の2月以来の反響です。

その時は2日間で延べ86,000人の方に訪問を頂き、大きな反響・協力を得る事が出来ました。
その前の新聞掲載(2003年11月)ではクワガタ飼育関係、少年野球関係のサイト様から多くの協力を頂き、2月はいろいろなコンテンツのサイト様から100以上のリンク協力を頂きました。
それが切欠で「yahoo!登録サイト」に登録して頂き、今日に至っております。
昨年の5月には、「捜索の輪!」活動を広く知って頂くために初めてこちらから新聞社、テレビ局にメールを投げました。

その後大きな変化もなく日々活動をしておりましたが、つい最近「blog」の存在を知り、blog版「捜索の輪!」を作り活動をして参りましたが、やっと「blog」が生きてきたように思います。

昨日はHP版、blog版併せて延べ10,000人の方のご訪問を頂きました。

2005年4月1日

昨日の余波で今日もHP版「捜索の輪!」へのアクセス数が多いです。

昨日のアクセス数は18,700、サイト開設以来3番目に多い数字です。
「blog」からも多くのアクセスを頂き、「○○○、どこにいるの?」(現blog名:娘が帰ってきました。)様からは最終8,350の訪問を頂きました。
ページ別では「blog」2,700、「近況情報」2,100、「掲示板」1,160、「ゆりちゃんの輪!」870と、「blog」を入れたトータルページビューは28,000以上になりました。

今日はHP版のアクセス数は午後10時現在で3,700ですが「blog」は5,000を超えました。
「blog」は一昨日までの平均は70アクセスでしたので、その多さにはに驚くと同時に昨日より多いと言う現象に困惑しております。
「blog」を作ったのはHPへの橋渡しのつもりで作ったのですが、それが今日に限っては逆転してしまいました。

原因を調べてみると、楽天blogのカテゴリー別の前日のアクセス数で17位にランクされていました。

昨日一日でHP版、blog版併せて「捜索の輪!」には延べ20,000人以上の訪問を頂きましたので少しは「風化」のスピードにブレーキをかける事が出来たと思います。

ご訪問頂いた皆様、是非、協力・情報をお願い致します。

2005年3月31日

今朝yahoo!に友梨ちゃんの記事が掲載されました。

その影響で午前8時、9時台のアクセス数は6000以上になり、解析で状況を調べて見るとyahoo!以外にも「○○○、どこにいるの?」様から午後10時現在で8,000以上の訪問を頂きました。
連日500アクセスでしたので、今日一日で1ヶ月分に匹敵する訪問数になります。
近況情報のページには2,000、blogには1,700、掲示板には1,100、ゆりちゃんの輪には800とトータルページビューは25,000以上になりました。
しかし、「情報送信フォーム」、「バナー置き場」のページへのアクセスは数十でしたので、今後の課題として修正の検討をしたいと思います。

今日は友梨ちゃんの11歳の誕生日です。
全国(6ヶ所)で1万6千枚のチラシ配布が行われました。
吉川様が誕生日にチラシを配るのは2度目の事です。
警察も支援者の皆様も本当に頑張っています。

少し遅い誕生日パーティーになりますが、どうかご家族が一緒に誕生日を迎えられますよう皆様のご支援、情報をお願いいたします。

2005年3月30日

昨日、急遽ページをアップしたので少し手直し等を施し先程再アップしました。

1年10ヶ月も前の事ですので、どれだけ記憶に残っているのか、どれだけ連絡があるのかは判りませんが捜査の進展、友梨ちゃんへ近づく為に是非ご連絡をお願いいたします。

今朝早くリンク協力の連絡を頂いた「防災家」様のリンクのページで「みつみちゃんを救う会」のバナーを見かけました。
そのサイトは和歌山県岩出町の井辺美摘(いべ みつみ)ちゃんが海外での移植費用の協力を募っているサイトです。
実は先日スーパーでポスターを見たばかりでしたので彼女の事は知っていました。
「捜索の輪!」の活動を始めてから私も嫁もポスターには非常に敏感になっているようです。

今までご協力頂いたサイトにお邪魔した時なども「捜索の輪!」以外にいろいろ協力のお願いをしているバナーを目にします。
しかし、今の活動に重点を置きたいので、黙殺しているのが正直なところです。

今回はポスターでの印象もありバナーを見た以上は何かしなければと感じました。
「バナーを貼るのが協力?」と一部の方の意見もありますが、ポスター、バナーを見た時の心理状態で協力か、黙殺かが分かれると思います。
気持ちに余裕が無い時などは「何か貼ってる」程度で通り過ぎると思います。
もしかしたら気が付かない人もいるかもしれません。

私の場合は友梨ちゃんのポスターをじっくり見たのが10日間の休暇の時でした。
これが仕事中だったら・・・。
そう考えるとバナー(リンク)の設置は協力を得られるチャンスが増える意味で大きな協力だと思います。

同じ和歌山県人ですので取り急ぎバナーを貼らせて頂きます。
募金は追って送らせて頂くつもりです。

2005年3月29日

今日1ヶ月ぶりに捜査本部の○○警部補と話をしました。

捜査状況がほとんど聞こえてきませんので、友梨ちゃんの事を心配されている多くの方にご報告出来る情報があればと思い電話をさせて頂きました。
少しでも進展があれば協力にも弾みがつくのですが、あまりにも情報が少なすぎます。

「捜査本部から皆様にお伝えする事をないか?」と思いお聞きすると「行方不明当日の車両についての情報の呼び掛けを・・・。」と言う事で、本日別ページをアップ致しました。
「吉川友梨ちゃん事件捜査本部からのお願い」です。

当日その付近を徒歩、自動車等で通行された方は捜査本部までご連絡下さい。
自分は関係無いと思わずに是非ご一報をお願い致します。

2005年3月29日A

仙台市で行方不明になっていた女の子が無事帰宅されました。

詳細は判りませんが、兎に角無事だっと事は喜ばしいことです。
今回blogと言う新しい情報網を目の当たりにしました。
多くの方が心配し、応援している姿には感動しましたが、一部の方から「偽善」「そんなのが協力?」などの書き込みが目に付きました。
以前「捜索の輪!」にも同じような書き込みを頂きましたが、何れにしろ情報発信の一つには間違いないと思っています。

2005年3月28日

今日掲示板に「平松総合調査事務所」様から書き込みを頂きました。

以前からリンク協力をして頂いている企業様なのですが、今回は「超能力捜査スペシャル」で友梨ちゃんを取り上げて頂けるとの情報を寄せて頂きました。

テレビで取り上げて頂く事には「賛否両論」があります。
しかしリスクを侵してでも、それ以上の効果は期待出来ると思います。
顔写真の氾濫、番組構成いろいろ「負」の部分はありますが、情報の呼び掛け、風化の抑止、そして情報等「正」の部分の方が遥かに重要な要素だと思います。
放送日時は何時なのかは把握しておりませんが近々だと思います。

是非今一度皆様に関心を持って頂き、情報に繋がればと願っております。

2005年3月27日

昨日の日記に書いた「○○○、どこにいるの?」から画像が消えていました。

どうも書き込みの内容を読んでご夫婦で削除の判断を下したようです。
確かに画像の氾濫にはリスクを伴います。
しかし行方不明者を探す為には「顔写真」「特徴」は必要です。
顔もわからない人をどうして探せるのですか?

友梨ちゃんの時も同じような意見がありましたが、「今何が一番重要な事か?」だと思います。
顔写真の氾濫には賛否両論はあると思いますが、多くの方に顔を覚えて貰う為には負の部分は削除して考えなければいけないと思います。
「ロリ系の餌食になる事」はご両親にとっては耐え難い事だと思いますが、その為に大事な娘さんの情報を隠匿してしまう事で折角の情報網の効果が半減します。

是非画像の再アップとバナーの使用を熱望します。

2005年3月26日

昨日「捜索の輪!」へのアクセスがいつもより多かったのでリンク元を調べました。

すると、そのリンク元の日記の中に「○○○、どこにいるの?」のblogの事が書かれていました。
このblogは行方不明(家出?)の少女のお母さんが情報呼び掛けの為に3月24日立ち上げたblogです。

行方不明になっているのは仙台市若林区の○○○○○さん(11)。
3月16日夕方、JR仙台駅前の店の近くで友人と別れた後、行方が分からなくなっています。

「捜索の輪!」でも情報呼び掛けをさせて頂きます。

2005年3月23日

今日、毎日新聞に「記事の転載申込書」を送りました。

するとすぐに藤田記者から電話を頂き、書類の不備の訂正をして頂き、週末には記事をお借りすることが出来そうです。
ついでに少しお話をさせて頂きましたが、「捜査の状況はどうなのか?」「捜索の輪!の活動意義は?」など本音で語ってくれました。
その中で「捜査が順調に進んでいる時は必要無いサイトですが・・。」とか「もう少し肩の力を抜いた方が良いですよ。」など、キレイ事では無く本音で話をしてくれた事は今後の活動の参考になりました。
以前の取材の時にも感じましたが相手の心中を即座に察する素晴らしい洞察力をお持ちの方です。

今度の休みにはお借りする記事を載せた「近況情報」をアップ出来ると思います。

2005年3月22日

「諦めたらそれで終わりだ。」

「諦めずに頑張っていれば必ず・・・。」
救命病棟24時の進藤先生のセリフの一部です。
当たり前のようですが非常に重い言葉だと思います。
「諦めない事」が今我々にとって一番重要なことなのです。
1年10ヶ月たった今でもリンク協力やチラシの配布のご協力、多くの方が情報の発信をして下さっています。
皆さん「諦めず」に活動を続けてくれています。

「諦めなければ必ず見つかります。」

2005年3月21日

友梨ちゃんが行方不明になって1年10ヶ月が経過しました。

日数に換算すると660日以上になります。
関係者にとってはつい最近の事のように感じると思いますが、この時間の永さを考えると途方も無い時の流れです。
私がこの活動を始めて1年9ヶ月近くになりますが、ほとんどすべての出来事が昨日のように感じます。
しかし、新しい事件、事故が起こる度に皆様の記憶から少しずつ消えて行っているように思います。
何かの切欠で「そんな事件があった。」「まだ見つかってないの?」と思い出して頂くのが実情のように思います。

友梨ちゃんの他にも沢山の行方不明者がいる事をこの活動を通じて知りました。
他の事件に拘っていない私の感覚が皆様の感覚と同じだと思います。

「知って頂くこと」「記憶に留めて頂く事」
それが大事な事だと思います。

2005年3月19日

昨晩遅くに「近況情報」の更新が完了しました。

今日最終チェックをし、昼過ぎにアップしました。
記事数を数えると179記事になっていました。
今までこれだけ多くの記事を配信して頂いたお陰で沢山の方に知って頂けたと思います。
また記事の中によく出てきますが、ポスターやチラシの掲示、配布が数十万部以上になっていると思います。
公共機関が作成した以外にも熊取町の黒田雅美さんは個人で18万枚ものコピーをし、2ヶ月かけて大阪府外の教育委員会などに自ら配布に回られたそうです。
多くのボランティアの方も駅やデパートなどで手配りをして頂いております。
これだけ多くの方が協力に拘ったのは過去に類を見ない出来事だと思います。

明日で1年10ヶ月です。
友梨ちゃんが無事発見される日まで引き続きご支援をお願い致します。

2005年3月18日

一昨日から少しずつ「近況情報」の更新作業を行っています。

まず「読売新聞様」からお送り頂いたhtmファイルをテキストファイルに変換して、日付を確認しながら、既掲載の記事の間に挿入していきます。
そして見出しを拡大して、<記事提供:読売新聞 日付>を末尾に入れて一つの記事の転載が完了します。
昨日までに記事の挿入が完了しましたので、あと2日ほどですべての作業が完了すると思います。
今月末には「毎日新聞様」から記事の提供を頂けると思います。
もうすぐ友梨ちゃんが行方不明になって1年10ヶ月になります。

そして11歳の誕生日も間近です。

2005年3月17日

今日、会社に「毎日新聞」の藤田記者から電話がありました。

記事の「使用申込書」についての件でした。
FAXで指定の書類を送って頂きましたので、早急に申し込みをしたいと思います。
ついでに記事のフォームをテキスト形式で送って頂く様お願いしました。
現在「読売新聞」の記事の転載作業中ですので、それが終わればすぐに作業にかかれそうです。

友梨ちゃんの取材が切欠で多くの新聞記者の方にお会いしましたが、皆様仕事とは別に心から友梨ちゃんの事を心配しているのがわかります。
しかし、何時からか「風化」の言葉を記者の方からも聞くようになりました。
「風化」をさせないようにするにはマスコミの露出が一番だと思います。

是非今後とも継続した記事の掲載をお願いします。

2005年3月16日

今日、毎日新聞の藤田記者から記事の件で連絡を頂きました。

著作権の問題があり社内調整に時間がかかったとの事でした。
嬉しい事に「使用申込書」の提出が条件で承諾が取れそうとのお返事を頂きましたので、早速ご連絡をさせて頂くつもりです。

無理なお願いを安易にしてしまい「産経新聞」「読売新聞」そして今回の「毎日新聞」の担当記者の皆様には大変な労力とお時間を取らせてしまい本当に申し訳ございませんでした。
この場をお借りしまして御礼申し上げます。

友梨ちゃんが行方不明になってもうすぐ1年10ヶ月。
今まで吉川様のお手伝いをさせて頂けたのも支援者の皆様のお力と報道各社の後押しのお陰だと思っております。

2005年3月14日

今日、読売新聞の池口記者から「友梨ちゃん関連記事」を提供して頂きました。

社内のデータベースで検索して頂き、合計70記事の提供のご協力を頂きました。
我が家は読売新聞を購読しているのですが、大阪版・泉州版等地域限定の記事が多くあり、先日の産経新聞と同じく初めて目にする記事が沢山ありました。

今回の70記事のうち「近況情報」に既掲載しているのは10記事ほどですので、捜査・支援・活動の状況を皆様に知って頂くうえで非常に有り難い事です。
大量の記事ですので今度の休みまで作業が出来ませんが、早急に掲載を進めて参ります。

一昨日の日記で少し苦言を書きましたがこの場をお借りしてお詫び申し上げます。
池口記者、記事の提供に対し厚く御礼申し上げます。

2005年3月12日

2月28日と3月8日の2回新聞社にメールを投げました。

最初は「チラシ配布の協力のご連絡」をし、2度目は「記事をお借りしたいとのお願い」です。
最初のメールに対して朝日新聞の中島記者から返事を頂きました。
2度目のメールに対する返事は産経新聞以外の全国紙3紙と共同通信(時事通信は未だに接触なし)からは残念ながら未だに返事を頂いておりません。
少しは反応があると思っていたのですが意外な結果でした。

今日「blog」のコメントにwatersheep様から書き込みを頂きました。
「知り合い(女の子二人の母親)にビラを渡して事件の話をした時に”他人事”というリアクションをされた事があります。世間では、想像以上に事件が風化しているのかもしれません。」

ご家族、関係者、捜索の輪!の支援者にとっては「他人事」でなくても世間にとっては既に過去の出来事になってしまったのでしょうか?

2005年3月11日

昨日「株式会社グランヒル大阪」様の飯沼様からチラシ配布完了のご連絡を頂きました。

8時前から社員様やご家族、ご友人の皆様のご協力で約1時間配布をして頂きました。
そのご様子をお知らせて頂いたのですが反応は少し残念な結果だったそうです。
「ご苦労様です」と言ってくれたり「頭を下げてくれた方」がいる反面「避けて通る人」があまりにも多かったようです。

飯沼様からのお便りに中に「他人事では無く自分事として捉えて頂ければ、もっと明るく、優しさのある社会になると感じました。」と書かれていました。

自分が同じ立場に置かれたら「避けて通る事」は出来ないと思います。

ご協力頂いた皆様本当にありがとうございました。

2005年3月8日

昨日「近況情報」の更新が完了しました。

産経新聞の籔崎記者から頂いた記事の2004年、2005年分です。
2003年分と併せると合計49記事(1記事は既掲載済の為48記事)でした。
思っていたより作業がスムーズに捗りましたのも柴崎記者のお陰です。

スクラップブックの記事を手作業で打ち直して頂いた記事も沢山頂きました。
「送って下さい」と簡単にお願いしたばかりに大変な作業をして戴く羽目になった事をお詫び申し上げます。
そして心より感謝申し上げます。

本日、各新聞社の友梨ちゃん版記者の皆様にメールを投げました。
一つでも多くの記事の掲載が協力への切欠になると信じています。

2005年3月7日

20日頃まで休みが取れそうに無いので今日は早く帰って来ました。

最近掲示板の返信も遅れ勝ちですし、メールは無機質な返信になっていると思います。
作業時間が少ないので事務的になってる事を反省しております。
来週は研修、会議、搬入で3日間完全に営業活動が出来ません。
昼間の仕事、夜の作業と、もう少し余裕を持って行いたいと思います。

先日、産経新聞の籔崎記者から送って頂いた記事を順次「近況情報」のページにアップしています。

今までwebに掲載されている記事しか掲載しておりませんでしたが、以前、読売新聞の萩原記者からも大阪版の記事をお送り頂き掲載しました。
普通ご家庭で取っている新聞は一紙だと思いますので、目に触れた事の無い記事も多いと思います。
今回49記事を産経新聞様から頂き、「捜査状況」「支援の状況」「ご家族の心境」等、「心を動かされる記事」が沢山散見されました。

少しでも多くの方に読んで頂く事で、「心を打たれ」また「心を動かされ」ご協力に繋がると思います。

報道機関の皆様、出来ましたら「近況情報」に掲載されていない記事の提供をお願い致します。

今日は少し時間を取って「近況情報」の更新をする予定です。

2005年3月6日

本日、「株式会社メルファム」様の田中様から「チラシ発送」のご予定のご連絡を頂きました。

トップの方も趣旨に賛同頂き、企業としてのご協力になります。
今回のご協力は昨年の6月、7月、今年の2月に続き4度目で、過去3回で合計10,000部以上の発送をして頂いております。

継続的なご支援は関係者にとっては非常に心強く思います。
また、同じ志を持つ同士として活動を続けて行きたいと思います。

2005年3月5日

本日「吉川友梨ちゃん捜索の近況情報!」の更新をしました。

先日、産経新聞の籔崎記者から送って頂いた記事の2003年5月〜12月24日分です。
更新をしながら記事を読んでみると、当時の様子が蘇ってきます。
特に私がこの件に拘り始めた6月初旬からは「つい最近」の事のように鮮明に憶えています。
ご両親のコメントは終始気丈に努めているように感じますが、内心はどうしようも無い憔悴感に駆られているように思います。

特に6月19日のお父さんのコメント、お母さんの手記は皆様に是非読んで頂きたいと思います。

今回掲載した記事は <記事提供:産経新聞・籔崎記者> の分です。
2004年、2005年分は追って追加掲載致します。

2005年3月4日

今日「産経新聞」の籔崎記者からメールを頂きました。

一昨日友梨ちゃんに関する産経新聞掲載の記事2003年分を送って頂きましたが、本日2005年5月20日の最新版までの全ての記事を送って頂きました。
先日の20記事と併せて49記事になります。

また、メールには全ての記事の「捜索の輪!」への転載の承認も頂きました。

休みが取れないので掲載までには若干のご猶予を頂きますが、早急に作業を進めて参りますのでご勘弁下さい。

薮崎記者、記事の提供に対し厚く御礼申し上げます。

2005年3月3日

昨日「産経新聞」の籔崎記者から友梨ちゃんに関する記事を送って頂きました。

webでの配信がほとんど無いので先日の取材の時にお願いをしました。
今回頂いたのは2003年5月22日から12月24日までの20記事です。
非常に多くの記事を掲載して頂き、改めて産経新聞の取り組みにお礼を述べたいと思います。

今月は20日頃まで休日出勤が続きますので何とか代休を取って、頂いた記事は順次「近況情報」のページに掲載させて頂きます。
これを機にもう一度事件を振り返ってみたいと思います。

薮崎記者本当にありがとうございました。

2005年3月2日

今日はいつもより「捜索の輪!」へのアクセス数が多いのでリンク元の確認をしました。

今でも定期的に「yahoo!」「google」で検索をしているのですが、すべての確認作業は難しくなって来ています。
その為時々アクセス解析でリンク元を調べるようにしています。
すると先日報道されていた「藪野優子さん」の捜索依頼のページに突き当たりました。
彼女は「平成16年9月12日」から行方不明になっています。
「捜索の輪!」で沢山のご協力を頂いている「だんじりサイト」を運営されている事もあり当サイトでも情報の呼び掛けをさせて頂きます。

皆様是非ご協力をお願い致します。


藪野優子さんを探しています

2005年3月1日

昨日「株式会社グランヒル大阪」様の飯沼様からチラシ配布の日程のご連絡を頂きました。

嬉しいご連絡でしたので、熊取町教育委員会様、新聞社5社にメールを投げました。
チラシ配布は、吉川様や支援者の皆様が定期的に大型店やターミナル駅で行っていますが捜索の輪!の支援者(協力者)の皆様が纏まった形での協力は初めてだと思います。
今まで個人、グループでのご協力は何度も頂きましたが、企業としての協力(制作、印刷、配布)は非常に有り難い事です。
今後もこのような形のご支援をいただける事を願います。

日  時:3月10日午前8時前から約30分
場  所:大阪市営地下鉄「西田辺駅」周辺
協  力:(株)グランヒル様の社員様、ご家族様、ご友人様
配布数:1,000枚

2005年2月27日

先日「+こぼうずたいむ+」様のCOEL様からjavaの修正版を送って頂きました。

お借りしたのは2003年10月16日からですので一年以上お借りした事になります。
私はjavaの知識は全く無いのですが友梨ちゃんが行方不明になってちょうど1年の時に表示がおかしくなり急遽修正を施しました。
知識が無いのでソースを見ながら数時間かけて作業をしましたが、その後ちょうど○ヶ月の時にも表示がおかしくなりどうする事も出来ませんでした。

元々お借りしたjavaは子供さんの年齢表示用でしたので規格外使用をさせて頂いておりましたでのある意味仕方が無いことです。
それで今回表示がおかしいの見て当サイト専用に修正したものを送って頂きました。
非常に判りやすい説明文を付けて頂いておりましたので何とか無事作業が完了しました。

お送り頂いた時のCOEL様のメールには
「実は今まで一日でも早くスクリプトが不要になって欲しいのと、あまり先のことを言うのも気が引けて、修正の件をなかなか切り出せませんでした。
しかしこのまま時が過ぎて、また5月に慌ただしい修正をさせてしまうよりも、お手が空いた時に直していただいた方が良いだろうと考えるのです。」と書かれていました。

お気遣い本当にありがとうございました。

2005年2月26日

最近2ヶ月の「捜索の輪!」へのアクセスは15,000/月になります。

リンク元に関しては直近の2ヶ月間の平均は
@協力サイト様から(81〜83%)
A検索エンジンから(8〜9%)
Bブックマーク(お気に入り)から(7%)
C日記、掲示板から(2〜3%)
と言う結果が出ています。

メディアの露出があれば「検索エンジン」の比率が上がります。
11月は奈良の楓ちゃん事件の為、2chに楓ちゃんと絡んで友梨ちゃんの事が多く書かれましたので2chからのアクセスが10%を超えた時もありました。

メディアの影響でリンク元も大きく様変わりします。
関心を持ち続けて貰えるようメディアの皆様宜しくお願い致します。

2005年2月24日

今日得意先の店長に「この前新聞に載ってたなぁ。」と言われました。

昨日は会社の同僚から同じような事を言われ、皆さん見てくれているのが実感出来ました。
小さいスペースでしたがその小さな記事を見つけて読んでくれた事は非常に有り難く思います。
きっと多くの方が友梨ちゃんの事を知って頂けたと思います。
また、事件が解決していない事も知って頂けたと思います。

新聞、テレビ、ラジオ、webとあらゆるメディアから情報の発信を続ける事がこれからも必要です。
また、人から人への伝達では、話し手は事件の再認識の為、聞き手は事件を知る為に重要な事です。
そして聞き手は今度は話し手になり友梨ちゃんの事を伝えて行って欲しいと思います。
何かの機会に話題に出して頂く事が必要です。
そしてチラシ、ポスター、ステッカーは視覚に訴える重要な要素です。

情報の蛇口はこんなに沢山あります。

2005年2月23日

今日「捜索の輪!」の掲示板に「テレビのチカラ」や「超能力」について2名の方から書き込みを頂きました。

「TVのチカラ」は時効間近の容疑者の検挙や、家出人捜索でそれなりの実績がありますが友梨ちゃんに関しては全く手掛かりは見つかりませんでした。
また超能力に至っては「死んでる」「生きてる」と赤の他人が無神経に透視結果を全国に伝えました。
テレビの影響力は絶大なものです。情報発信、関心を喚起するにはこれ以上のものは無いと思いますが、目的である発見に至っては全く「力」を発揮して頂けませんでした。
これでは「本当の力」では無く「暴力」でしかありません。
いきなり「あなたの子供は死んでいます。」と言われたらどう思うでしょうか?

以前お父さんの永明さんの手記で「あまりにも人1人の生き死にを簡単に決めてくれるものだと、いいかげんにしてもらいたい気持ちでいっぱいです。私達の娘の事件はテレビドラマでも映画の話でもありません。」と書かれていました。

超能力者が本当に「超越した能力」を持っているのでしたら「その力」を発揮して下さい。
見つけられないのだったら「超能力者」と名乗らないで欲しいと思います。

もし今後テレビで取り上げて頂けるのなら「本物の超能力者」を召還して頂きたいと思います。

2005年2月22日

今日嬉しいご連絡を頂きました。

先日「管理人からのお知らせ」で告知させて頂いていた「チラシ配布の協力のお願い」に対して「株式会社グランヒル大阪」様の飯沼様からご協力の申し出を頂きました。
早速チラシを用意して頂いている「株式会社メルファム」様の田中様にメールをお送りすると折り返し発送手続きの連絡を頂きました。
飯沼様、田中様本当にありがとうございます。

また以前から「捜索の輪!」のトップページ等で友梨ちゃんが行方不明になってからの日数を自動計算してくれる「java」をお借りしている「+こぼうずたいむ+」様のCOEL様から、javaの修正版を送って頂きました。
元々別の目的のjavaを流用させて頂いていたのですが今回「捜索の輪!」専用に修正を頂きました。
修正作業は次回の休みに実施させて頂きます。
COEL様本当にありがとうございました。

今回のご支援で「捜索の輪!」活動は多くの支援者に支えられ、また共に同じ目的、同じ願いで活動している事があらためて実感出来ました。

皆様本当にありがとうございました。

2005年2月21日

産経新聞で「捜索の輪!」を紹介して頂いたお陰で昨日は普段の2〜3割アクセスが増えました。

「新聞を見て・・。」とお便りを頂いたり、リンク協力を頂いたり致しました。
しかし思ったより反響が少なかったように感じました。
その話を嫁にすると「新聞を読んだ人がすべてパソコンを使うとは限らないので、web以外では充分インパクトはあったと思うよ!」と言ってくれました。
反響を体感出来るのは「アクセス数」「掲示板」「メール」ですのでついついそう思ってしまいます。

昨日、友人から「焦らないで下さい」とメールを頂きました。
昨年12月からアクセス数が減ってきていますのでそれが焦りの原因かもしれません。
リンク協力が増えてもアクセスが増えない現象がある時期から続いています。
リンク数やアクセス数を増やすのが目的では無いですが、情報呼び掛けの手段として増やす必要はあります。
その大きな要素に少し変化が出ているのは確かです。
「blog」を作ったのもその為です。

もっと何かしなといけないと思います。

2005年2月20日

友梨ちゃんが行方不明になって1年9ヶ月。

今日の産経新聞の朝刊に「捜索の輪!」の事が載っていました。
今回の記事の内容は「捜索の輪!」の紹介と言う形で載せて頂いております。
事件の状況や掲示板の事、自宅でポスターが印刷出来る事等の内容です。
今日その記事を見て掲示板に協力の連絡を頂きました。
メディアに出る事は「知って頂く」「支援を頂く」のが目的ですので非常に有り難く思います。

どうか他のメディアからも情報発信をお願い致します。

2005年2月19日

友梨ちゃんが行方不明になって明日で1年9ヶ月になります。

最近は記事らしい記事も出ていなかったので明日に期待しています。
以前ある方と話をしていて「新しい事、変わった事をしないと記事にならない」と寂しいようですが現実を目の当たりにしました。
しかし、先日の産経新聞の籔崎記者の話では「もう一度原点に戻ったり、継続的に支援をしている事柄を取り上げて行こうと思います」との考えをお持ちです。
しかし読者に関心を持って貰う事が大事ですので内容に苦労しているのは事実です。
捜査当局からの声も全く聞こえてきません。
少しでも捜査本部の見解も聞いてみたいと思っております。

サイトを通して皆様にお伝えする事案が無いのが残念です。

2005年2月17日

吉川友梨ちゃんの件で産経新聞の籔崎記者とお会いしました。

産経新聞は友梨ちゃんが行方不明になった2003年5月20日以来毎月20日に記事を書いて頂いております。
新しい事件・事故が起こる中で定期的・継続的に記事を書いて下さる姿勢にいつも感謝しております。
午後9時半に自宅に来て頂き11時頃まで話をさせて頂きました。
捜索の輪!を始めた切欠や活動についての事、また協力して下さる皆様からのメールや掲示板への書き込みの事、支援の数々。
活動を通して私が教えられた事も沢山あります。
その励ましや感謝のお言葉でこれまでサイトを管理・運営する事が出来た事。
これからどのようにしていくか、また私からのお願いも言わせて頂きました。

もうすぐ1年9ヶ月になります。
友梨ちゃんが無事帰還するまでサイトは継続します。
是非皆様からの情報をお願い致します。
そして情報の呼び掛けのご協力も併せてお願い致します。

2005年2月16日

今日の読売新聞に「少年Aの顔写真(目線入り)が2chに掲載されている」との記事が出ていました。

大阪法務局の要請で画像は削除されたようですが、「重大な人権侵害」との法務局のコメントが載っていました。
殺された方の人権やご家族の人権を無視して、加害者の人権だけを声高に言うのにはいつも怒りを覚えます。
被害者は人権どころか命まで奪われているのです。
少年法と言う法律で守られているのは判りますが、そこまで加害者を擁護する必要はあるのでしょうか?
自動車の運転中違反を犯せば減点、免停、免許取り消しになるのと同じように事件を起こせば人権の失効がされるべきだと私は思います。

先のイトーヨーカ堂事件は仮釈放中の事件です。
一体更正とは何をもって更正と言うのでしょうか?
人権に守られて刑期を過ごしていて本当の更正は出来るのでしょうか?
過失致死はある程度の人権は必要かもしれませんが、殺意を持った殺人にはたとえ未成年者でも人権を剥奪して善良な市民との接触を一生避けるべきだと思います。

奈良の楓ちゃん事件も同じです。
更正出来ていない人間が娑婆に出て来てはいけないのです。
人権を言う前に更正システムの見直しの方が優先されるべきだと思います。

痛ましい事件が二度と起きない為にも・・・。

2005年2月15日

また悲惨な事件が起こりました。

今度は17歳の少年が教師を包丁で刺し3人を死傷。
安全な学校が今回も惨劇の舞台になりました。
池田小学校事件の教訓がここでもいかされなかったように思います。
卒業生だった為無防備だったのかもしれません。

17歳と言えば私の子供と同じ位の年齢ですので、多分親も私と同じ位の年齢だと思います。
社会が悪い・学校が悪いと必ず出る言葉ですが、やはり親の問題ではないかと思います。
親は自分の子供に躾、礼儀、マナー、常識を教えなければならないと思います。
その中でも「人様に迷惑をかけない」「怪我をさせない」は大切な事です。
そして「命の大切さ」はもっとも重要な事柄です。

午後の共同通信の配信記事では「小学校時代にいじめに遭った際、担任の先生が助けてくれなかった」と供述しているようですが、当時は被害者との接点は無かったようです。

しかし今の教師の人格レベルは相当低いように私は認識しています。
「金八先生」や「ごくせん」が受けるのは、今の教師には無い理想像を生徒達が持っているからだと思います。

「生徒の事を真正面から見てくれる先生」

「子供の事を真正面からみれる親」

それが大切な事だと思います。

2005年2月13日

今日は楽天で「blog」を作ってみました。

最初に作ったものと合わせて3個作りましたが一番使いやすいような気がします。
昨日の「fc2」と今日の「楽天」を継続する事にします。
今日の「楽天」には「吉川友梨ちゃん捜索の輪!blog」と言うタイトルをつけサイトの補完と言う形にしました。
blogには「トラックバック」と言う機能がありblog間で情報の共有が出来、また他の更新情報も見る事が出来るそうです。
情報の発信、共有の一助になれば良いと思います。
まだ日記を1日分しかアップしておりませんが、トラックバックやコメントをお願い致します。

Blog版「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」

2005年2月9日

昨日「株式会社メルファム」様の田中様より友梨ちゃんのポスター3,200部を近畿郵政局管内の郵政局様への配布のご連絡を頂きました。

田中様は過去に2度配布のご協力を頂き、今回で3度目のご協力になります。
ポスターの配布数も合計13,200部になります。
今回作成頂いた分でまだ1,000部ほど残ってますので配布のご協力をして頂ける方は必要部数をお送りさせて頂きますのでご連絡を宜しくお願い致します。
また、ポスター印刷に際し前回と同様「吉田印刷大阪営業所」様の岡本様のご好意で無料で印刷をして頂きました。

ご協力本当にありがとうございます。

2005年2月9日A

今日珍しく捜索の輪!のアクセス数が1000件ほどになりました。

何かの形で報道されなければ1000を越えることは最近ではありません。
解析でリンク元を調べてみると「SOHOビジネスで成功する方法!」様から400件ほどの訪問を頂いております。
多分昨晩バナーを貼って頂いたようです。

掲示板も最近では珍しく数件の書き込みを頂いております。

皆様の関心が少し薄らいで来た様に感じておりましたのでアクセス数、書き込みが多いと少し安心します。
しかしまだまだ情報が必要です。

是非「関心」「協力」「情報」をお願い致します。

2005年2月3日

やっと作業が完了しました。

WITHママ様のサイトの「捜索の輪!」への掲載作業です。
先日該当サイト様でランダムにバナーが表示される事がわかり追加掲載の作業を行っておりました。
当初は残り101サイトすべてと思っておりましたがページが表示出来ない、バナーが出ない等が15サイトあり合計86サイトのご協力です。
23サイトを既掲載させて頂いておりましたので今回追加と合わせて109サイトでのご協力になりました。

今後とも情報の発信のご協力をお願い致します。

2005年2月2日

今年の1月5日の日記に「WITHママ」様の事を書きましたが、昨日メールでリンク協力のご連絡を頂いた方のサイトのリンクに「画紫廊雲」様の名前があり改めて調べてみると、トップページ下のバナーがランダムに変わり、その中に「捜索の輪!」のバナーも掲載されているのがわかりました。
前回たまたま表示されたサイト様だけを掲載させて頂いたのですがほとんどのサイトで表示されているので遅ればせながらリンク作業を行っております。
前回は23サイト様の掲載をさせて頂きましたが今回残り101サイト様を掲載予定です。
大きな組織としてのご協力本当にありがとうございます。
このような組織・仲間の集合体でのご協力は面を広げる良い機会だと思います。

2005年1月31日

今日、阪神高速を走っていると「友梨ちゃんのステッカー」を貼っている車を見かけました。

貨物系やセダン系では無くスポーツマフラーにワイドタイヤと言う車だったので凄く印象に残りました。
バイク便やトラックには以前からポスターを貼って頂いているのは良く見かけますが、ステッカータイプは今までに一度しか見かけた事はありません。
皆様どうか訴求のご協力をお願い致します。

また以前からご協力頂いているドライバーの皆様、貼って頂いているポスターが色褪せていましたら新しいポスターへの貼り変えのご協力も併せてお願い致します。

是非継続した支援のご協力をお願い致します。

2005年1月15日

今日の読売新聞の朝刊に友梨ちゃんの事が少し載っていました。

記事は「近畿の学校『安全に限度なし』試行錯誤」と言う見出しです。
小見出しには熊取「防犯予算前年比10倍増」・奈良「駆け込み場所600箇所増設」
近畿は池田小学校事件があり以前から防犯意識が高い地域ですが事件が起こってから本腰を入れるケースが多いように思います。

また奈良の事件も以前働いていた大阪の毎日新聞販売店の集金代金の横領で事件当日逮捕状が出ていたにも拘らず販売店の所長が警察の調べに対して「所在を知らない」と言っていたそうです。
非常に悪質な対応に記事を読んで思いました。
これは間違いなく「犯人隠匿」です。
大局を考えずに自分の利益だけを考えた自分勝手な行動に憤りを感じます。

もし所在を告げていれば当日の逮捕、若しくは楓ちゃんの保護も可能だったと思うと残念でなりません。

2005年1月5日

12月10日に「画紫廊雲」の紫雲様から掲示板に書き込みを頂きました。

その中に「WITHママ松戸」のなつまま様から捜索の輪!の事を聞いたとの事でリンク協力を頂きました。
その翌日には「ほのか&大樹の成長!!」のカスミ☆様からの書き込みにも「WITHママ」の名前があり気になっていたのですが時間が無くてそのままになっておりました。
昨日解析で調べて見ると数件「WITHママ」からの訪問がありましたので、本日すべての「WITHママ」のサイト120件近くを調べました。
一部接続出来ないサイトや、トップページのみの調査でしたが23サイトでリンク協力の確認が出来ました。
ご連絡を頂いておりませんが本日「ゆりちゃんの輪!!」に掲載させて頂きました。
掲載漏れまたはあらたなご協力に対してはご連絡を頂けると助かります。

ご協力本当にありがとうございます。

2005年1月1日

昨年は「捜索の輪!」の活動に多くのご協力を頂き本当にありがとうございました。

友梨ちゃんが行方不明なって1年7ヶ月以上が経過しましたが未だに有力情報に結び付いていません。
最近は警察の捜査状況も全く見えてきません。
捜査状況が見えないと今後の協力にも影響が出てきますので現在判って情報の開示をお願いしたいと思います。
もちろん捜査上の問題があるのは理解していますので公開できる範囲で結構ですので是非お願いします。

民間レベルでは今でも各方面で情報の発信の協力を頂いております。
官民一体の活動が今後も必要です。

今年も支援活動のご協力宜しくお願い致します。

2004年12月30日

先月奈良県で殺害された有山楓ちゃんの犯人が逮捕されました。

毎日新聞販売店に勤める36歳の男です。
犯人は同様の事件の前科があり同級生は「あいつかもしれない」と思っていたそうです。
たとえ前科があっても更正している人も沢山いると思いますので都度疑うのはよくないと思いますが今回は違いました。
警察はつい最近容疑者としてリストアップしたそうですので「あいつかもしれない」と思ったら一応警察に連絡をしていればもっと早く犯人検挙に繋がったと思います。

犯人が逮捕されましたので奈良県警HPのリンクを解除しました。

皆様のご協力に感謝致します。

2004年12月14日

昨日友梨ちゃんのページで一部のバナーの表示が出来なくなりました。

「ビルダー」で確認するとちゃんと所定の場所に貼られているのに何故かアップすると無くなっています。
訳が解らなく何度も貼り直したりしましたが駄目でした。
しかし今日会社で確認すると「ちゃんと」表示されていました。

原因は「ノートン」の最新版をインストールした時に設定した「広告ブロック」機能が働いているため表示出来なくなったいたのです。
特にバナーのサイズを認識して商用サイズのバナーをブロックしていたようです。
折角協力者の皆様に作って頂いたバナーなので焦りました。
と言う事は「ノートン」で同じ設定をしている方も見れない事になります。

もしバナーが表示されていない場合は一時的に「広告ブロック」を「オフ」にして下さい。

2004年12月9日

昨日友梨ちゃんのお父さんの「吉川永明様」からメールを頂きました。

先日の日記の内容でご心配をおかけしたようです。
ご心配や気を使って頂きました事に感謝すると共に申し訳なく思います。
しかし本当に吉川様と私とでは背負っているものが違いすぎます。
私の事など気にしないて頑張って頂きたいと思います。

捜索の輪!には、沢山の方からメールや掲示板に書き込みを頂きます。
時には管理人として、また吉川様の代弁者として返信をさせて頂いております。
その反面「私は一体何者?」と思うことも時々あります。

しかし一つだけ解っていることがあります。
サイトを通して多くの方に「知って頂く事」です。

捜索の輪!は多くの方に支えながら活動をしております。
その活動が少しでも吉川様の支えになれればと思います。
そして友梨ちゃんが無事ご家族の下に帰って来る事を信じております。

2004年12月5日

先日「NPO法人」のサイトに吉川様の11月の手記が書かれていました。

その中で「2ヶ月ほどここに文章を書く事ができなくて私達が諦めてしまったのか、つぶれてしまったのかとご心配をおかけしたようですが、決してそんな事はありません。」と書かれていました。
関係者の皆様は誰もそのような事は思っていませんが、サイトを訪れた方が見てどのように感じるかが気になり、先日教育委員会の大野理事にその事をお願いしました。
それが今回の手記に繋がったのかは私にはわかりませんが、手記の執筆で安心した反面反省もしております。

「お前に私の気持ちが解るのか?」と指摘されたようです。

2004年11月21日

11月17日誘拐殺害された有山楓ちゃんの事件解決に結びつく情報提供のお願いが奈良県警のHPに掲載されました。

事件当日の目撃情報や未だ発見されていない誘拐時に楓ちゃんが持っていたランドセルや携帯電話などです。
当日の不審者や不審車両など気になる事があれば是非県警にご連絡をお願い致します。
「もしかしたら」「あまり自信がないけど・・」どのような事でも結構です。
その「もしか」「あまり」が重要な情報になるかもしれません。
その「もしも」はご自分で判断するのではなく警察が判断しますので些細な事でも構いません。
皆様からの情報が捜査を円滑にします。
一日でも早い犯人検挙は警察だけではなくご遺族、近隣の皆様、全国の皆様の願いです。

今回も「捜索の輪!」にもリンクを貼りました。
小さな協力しか出来ませんが情報発信が協力の第一歩だと思います。

皆様是非情報をお願い致します。

奈良県警察   楓ちゃん事件の情報ページ

2004年11月21日A

昨日の新聞記事がwebに載ったといつもニュースソースの連絡をして下さる杉原様から掲示板に書き込みを頂きました。

私も昨日検索をして探したのですが見つかりませんでした。
早速「近況情報」に掲載しましたが、いつも連絡を頂き本当に助かります。

バナーの提供、チラシ・ポスター配布や掲示のご協力、リンクの呼び掛け、サイトの代行登録のご協力、そしてニュースソースのご連絡と本当に多くの方に支えられ、またご協力を頂きながら日々サイト運営を行っております。
皆様のご支援が「捜索の輪!」の原動力です。

非力な管理人ですが今後ともご支援をお願い致します。
そして友梨ちゃんが無事発見される日まで共に活動をお願い致します。

2004年11月20日

吉川友梨ちゃんが行方不明になって今日で1年半になります。

先日読売新聞、毎日新聞の取材を受け友梨ちゃんの事が記事になると喜んでいたのですが掲載されたのは毎日新聞だけでした。
他の紙面は見ていないのでわかりませんが、多分産経新聞には掲載されていると思います。
毎日新聞に掲載された事をサイトに訪れて頂いた方から掲示板で教えて頂きました。
すぐに近くのコンビニで紙面を購入し内容を確認しました。

普段のアクセス数は最近4〜500アクセス/日ですが今日は午後6時時点で1600あります。
しかし以前のように反響は大きくありません。
しかし検索エンジンから多くの方に来て頂きましたのであらたな情報が齎される可能性もあると思います。

皆様今後ともご支援をお願い致します。

2004年11月20日A

この日記を書いている時に嫁が読売新聞の夕刊に友梨ちゃんの事が載っていると新聞を持って来てくれました。

記事の内容はボランティア組織「こども見守り隊」の発足の事が書かれていました。
その件は先日熊取町教育委員会にお邪魔した時、理事の方に教えて頂きました。
地元では友梨ちゃんの事を少しでもマスコミに取り上げて貰えるよう考えています。
何か施策を考えその中で友梨ちゃんを絡ませて行く方法です。
悲しいですが、そうでもしないと記事にならないのが現実です。

しかし新聞社によって幾分温度差があるように感じます。
産経新聞は毎月20日に記事を掲載し続けていますが、他紙は記者の思い入れに反し紙面に出る事は少ないです。
担当記者は記事を書き続けても載せるのは紙面を構成する人・新聞社の判断に委ねられます。

次の節目は半年後の2年になります。
定期、不定期に拘らず何らかの形でメディアに露出しないと関係者以外の記憶から消えて行くのはそう遠くない事だと思います。
そうならないよう関係者が頑張っている事を忘れないで下さい。

捜査員延べ2万2千人、ポスター・チラシ40万枚、情報1560件、その努力が報われる日が必ず来ると信じています。

2004年11月18日

今日は「捜索の輪!」へのアクセスが普段の3倍以上あります。

何かの記事が配信されたのだと思い検索してみると、奈良市で誘拐された有山楓ちゃんの記事が出てきました。
その記事の中に友梨ちゃんの事が書かれていたのでそこから検索をして「捜索の輪!」に来てくれたようです。
しかし、どうしてこのような悲劇が頻繁に起こる世の中になったのでしょうか?
本当に子供が被害に遭う事件・事故が多すぎます。

最悪の結果に終わった事は非常に残念でなりません。
楓ちゃんのご冥福をお祈り致します。

2004年11月17日

昨日急用でお会い出来なかった「毎日新聞社」のF田記者とお会いする事が出来ました。

支店長の了解を取って午後4時頃から約1時間、会社近くの喫茶店でお話をしました。
以前「遊楽帳」と言うコラムで「捜索の輪!」の紹介をして頂きましたがその時は電話取材だったため今回が初対面です。
非常に的確な質問や、こちらの話の本質を瞬時に見抜く洞察力は素晴らしいものがありました。

しかしここでも「風化」の話が出てきました。
ご家族や捜査当局、教育委員会、そして支援をされている各団体は1年を過ぎても変わらぬ活動を行っていますが「節目」の期間が長くなるとそれだけ世間の関心、注目が薄れてきます。
1年半と言う「節目」に大きく取り上げて頂ければ、停滞気味のムードも払拭されると思います。
そして有力情報が齎されることを期待します。
皆様是非情報をお願い致します。そして活動への協力も併せてお願い致します。

「捜索の輪!」が更新を続けて行く限り「風化」は無いと信じています。

2004年11月16日

今日毎日新聞社のF田記者から電話を頂きました。

各紙が友梨ちゃんの事を記事にして頂けるようで非常に勇気付けられます。
生憎私は東大阪に向かっている途中でしたので夕方会社近くでお会いする約束をしました。

会話の中で「キタで暴行を受けて亡くなった方の友人が犯人に繋がる情報を呼び掛けているサイトがあるので相互リンクしたらどうですか?」と言われました。
立場は違いますが友梨ちゃんの件に係わっているので考える事は同じです。
「昨日、捜索の輪!と他の二つのサイトにリンクを貼りました。」とお返事をさせて頂きました。

それから急いで仕事を片付け会社に戻った時、H田記者から再び連絡を頂きました。
どうも急な取材が入った為会えないとの事でした。
社会部記者ですのでいつ何時事件が起こるかわかりませんので仕方がないです。
時間の都合で電話取材で終わりそうですが、捜索の輪!をじっくり見て頂ければ大体の事は判って頂けると思います。

多分今回は「情報を呼びかけている二つのサイト」を絡ませた内容になると思います。

2004年11月15日

情報をお願いします。

10月26日午前2時ごろ、大阪市北区堂山町で、戸野竜秀さん(28)に3人組の男が殴るけるの暴行を加え、バッグを奪って逃げた。
戸野さんは、頭部をひどく損傷し、意識不明で病院へ。婚約者や家族の祈りも届かず、一度も目覚めることなく、11月7日、脳挫傷などで亡くなった。

この事件は発生当初から知っていましたが、昨日犯人と思われる似顔絵が入ったビラを配ったり、webで情報の呼びかけをしているのを知りました。

拙サイトも捜索の輪!で多くの方の協力を頂いておりますので今度はこちらが協力させて頂く番だと思いサイトで呼びかける事にしました。

リンクを貼る事しか出来ませんが、知って頂く事が大事だと思います。

皆様ご協力をお願い致します。

詳細は → 起業WEB -起業家たちのコミュニティ-

2004年11月12日

一昨日「読売新聞社の○池記者」から電話を頂き、本日お会いしました。

この20日で友梨ちゃんが行方不明になって1年半になるのでその特集の為の取材です。
担当が替わった為「○池記者」とは今回が初対面です。
現在のリンク協力数や捜索の輪!を通じての支援活動などをご説明させて頂きました。
その他サイト運営についてや掲示板の書き込みの事、サイトの更新など「捜索の輪!」の趣旨、目的、狙いなどの話をさせて頂きました。

また他の活動についてのお話もお伺いして現在置かれている状況が非常に厳しい事も感じました。
新聞社の方も購読者に関心を持って貰える紙面作りを意識して取材をして頂いておりますが捜査の進展や活動状況に変化はないようです。

活動当初はこれだけの長期戦になるとは予想もしていなかったので今後の支援活動が心配です。

2004年11月8日

今日熊取町教育委員会にお伺いして来ました。

友梨ちゃんの事で奔走されている大野様とは今年5月の支援集会以来です。
吉川様や捜査本部の様子、報道関係の事などお話をお聞きしました。
当然捜査状況はわかりませんが現在も所轄に本部が置かれています。

「捜索の輪!」同様大野様の所も情報提供が極端に減ってきているそうです。
産経新聞は行方不明以来毎月20日に記事を書かれているそうですが反響も少なくなっているように思います。
今回お伺いした理由は関心や協力そして情報提供が減っていると感じたからです。
大野様もいろいろ手立てを模索されていますが現在は行事に友梨ちゃんの事を絡めて行くことしか方策はないようです。
メディアの露出度が減っても捜索の輪!は絶えず情報の発信は出来ますがそれだけでは関心や協力を喚起する事は不可能です。
このままでは確実に「風化」のスピードが加速します。
早急に「風化」の速度を落す手段を講じないといけません。

今回大野様にはキツイ事も申しましたが吉川様はじめ関係者側が失速すればそれを見た方も同じように思うと思います。
継続して活動をしている事をアピールする事が今一番大事な事だと思います。

2004年11月8日A

吉川様が毎月手記を書かれているNPO法人のサイトがあります。

手記は2月から書き始め現在8月までです。
以前日記にも書きましたが8月とそれ以前とでは表現が全く違います。
8月は今まで押し殺していた感情が一気に吹き上がったような文章を書かれていました。
それだけ吉川様の憔悴が文章から伝わってきます。
今日「9月10月の手記が書かれていませんので9.10月をお願いして下さい。」と申し上げました。
大野様は度々吉川様とお会いしているので行方不明当時と今とでは体調面の変化や疲れの度合いが手に取るようにわかっていますので私の意見に苦慮しておりました。

サイトを見た方が更新されていない手記を見て「どう思うか」です。
webの怖さはここにあります。

継続する事で相手にこちらの意思が伝えられます。
事件が解決していないこと、諦めていないことを伝えるにはそれしかありません。

失礼を承知で申し上げました事をお許しください。

2004年11月4日

今日久しぶりに熊取町教育委員会の大野様と話をしました。

最近捜査の進展があまり見えてきません。
また捜索の輪のアクセス数、掲示板への書き込み、協力、そして情報が顕著に減って来ています。
アクセス数がそのまま皆様の関心に結びついていると思いますので非常に危機感を感じています。
その打開策として捜索の輪の今後の活動についてお話をしたいと考えています。

そんな心配をしている中、今日堺市にある携帯電話ショップの小田様からチラシ配布の連絡を頂きました。
堺、高石を中心に6000枚の配布のご協力を頂きました。

湿り勝ちな状況下でのご協力は本当に有難いと思います。

台風、地震と大きな災害で世間の関心が他所を向いてしまうのは当然の事かもしれませんが友梨ちゃんの事も心に留めていて下さい。

2004年10月2日

今日午後9時からテレビで「FBI超能力捜査官の史上最強千里眼マクモニーグル奇跡の挑戦 」と言う番組の中で「吉川友梨ちゃん」の透視・捜索の様子が放送されました。

先日の日記にも書きましたが「生放送」では無いので「発見」されれば既にニュースで報道されるはずですので「発見」には期待はしていませんでした。
しかし「証拠物件」や「監禁されていたかもしれない場所」の特定や「今でも犯人と一緒にいる」などの情報もあり、停滞気味の活動に少し光明が見えたように思います。

でも今回の放送で多くの方に知って頂けた事は期待通りの成果だと思います。
新聞、テレビではほとんど取り上げて頂けなくなり、地元関西ではほとんどの方に知って頂いていると思いますが、少しずつ記憶から消え去ろうとしています。
関西以外では知らない方も多くいらっしゃると思いますのであらたな訴求が出来たと思います。
行方不明から1年4ヶ月が経過しましたが今回の氏の発言に勇気付けられました。

皆様からの情報が必要です。
情報発信、情報提供のご協力をお願い致します。

2004年9月24日

昨日「友梨ちゃん掲示板」に小学5年生の人から書き込みがありました。

内容は配慮の欠けるものでしたが小学生だと言う事で普通にレスを入れたのですがどうもそうでは無かったようです。
昨晩同じHNでとんでもない書き込みがあり、当然それに対するレスも過激なものになりました。
昨日見落としたのが今回の泥沼の原因ですが、それに便乗する輩もいて掲示板に訪れて頂いた方、レスを入れて頂いた方本当に申し訳ございませんでした。

この書き込みに私が気がついたのは今日の昼間でした。
幸い昼間ALFさんの事務所にいたのでPCをお借りして削除しましたが会社に帰ってIPを確認すると最初に書き込んだ小学生と同じIPでした。
同一人物かIPを詐称しているのかはわかりませんが本当に酷い書き込みでした。

多分中高生だと思いますが何年か経って自分がした事に後悔をしてくれれば良いのですが何も感じずに成人してしまう事だけはないように願います。

2004年9月18日

今日読売テレビ(日本テレビ系列)でFBI超能力捜査官マクモニーグル氏が出ていました。

何処かの番組と違いある程度結果を出している番組ですので「友梨ちゃん」の事も取り上げて欲しいと思っていたら10月2日の放送で取り上げて頂けるようです。
その模様を番組の予告でやっていました。

番組で友梨ちゃんが発見されれば良いのですが生放送でない限り放送日までに報道されなければ放送だけで終わってしまいます。
しかしテレビで取り上げて頂く事で全国の皆様に友梨ちゃんの顔と行方不明の事等多くの情報を伝えることが出来ますのでその点は評価に値します。

最近は新聞の報道も一部の地域だけで取り上げられる程度です。
webの活動だけでは限界があります。
地道で継続した活動は出来ても一度に多くの方に知って頂く事やインパクトを与える事は出来ません。

先程の予告で「友梨ちゃん」の事が少し放送されるだけでこれだけの反響がありました。
予告は20時台後半ですので放送の冒頭ならもっとアクセスが多かったと思います。
20時50分からの訪問はほとんど検索エンジンから飛んできています。

下表はアクセス解析で本日のアクセス数を時系列で表しています(22時00分現在)

33
18

16
12

14
6

17
12

10
4

5
4

3
1

3
3

12
6

18
11

14
11

25
13

26
19

24
18

31
21

24
17

26
19

21
14

28
23

27
18

137
65

125
50

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21


2004年9月4日

先日「捜索の輪!」に不可解な書き込みがありました。

貼っているバナーが勝手に変わったとの事でした。
調べてもわからず、思い当たるサイト様も確認しましたが、良くわかりませんでした。
昨晩その方の掲示板に行き、やっと真相がわかりました。
どうやら他のサイト様をリンクしてバナーも直リンクされていたようです。
私もHPを初めた頃は「直リンク」の意味もリンクの貼り方もいまいちわからなかったので仕方がないと思いますが、捜索の輪!活動が大きくなり、ご自身のサイトで捜索ページを設置している方が増えた為、勘違いされる方が多いように思います。

皆様友梨ちゃんの事を心配していろいろ活動をして頂いているのはわかりますが、協力して頂いている方が混乱、勘違いをしないよう配慮をお願いします。
以前「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」という別サイトが出来た事があり、混乱を避ける為に強行手段を取った事があります。
画像やバナーは自由に使って頂いても結構ですが、「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」と言うタイトルだけは絶対に使わないで下さい。

皆様の混乱を避ける為ですのでどうか宜しくお願い致します。

2004年8月28日

NPO法人の「全国生活支援事業団」のHPに吉川様の8月分の手記が掲載されていました。

このNPO法人は今年の2月から吉川様と共に活動をされチラシの配布等も行っています。
手記も2月から毎月掲載されその時々のお気持ちが書かれています。
しかし今月の手記は今までの手記とは幾分表現が変わっていました。
今まではご自身の気持ちや感情を殺して皆様に情報の提供のお願いに終始していましたが、今月の手記は今まで押し殺していた感情が一気に吹き出た内容でした。
本当はもっと以前から書きたかった事だと思いますが、何よりも友梨ちゃんの事を一番に考え、叫びたい気持ちを抑えていたと思います。
第三者である私にも今回の内容に関してはまったく同じ気持ちですが心の奥底までは共有することは出来ません。
同じ目的を持って活動をしていても当事者と第三者とではあまりにも立場が違いすぎます。

しかし我々の活動が少しでも吉川様の支えになれば幸いです。

2004年8月24日

久しぶりに捜査本部のS警部補から電話がありました。

先日協力者の方から頂いたメールの件についてです。
現在1300件程の情報が齎されているようですが有力情報に結びついていません。
1年以上経った今でも少しの情報にもすべて捜査されている姿が感じ取れます。
時々「警察はちゃんと調べてくれているの?」との書き込みを頂きますが、間違い無く捜査をしてくれています。
前にも書きましたが警察の捜査の根幹は皆様からの情報です。

気になる事があればどんな事でも結構ですので是非ご連絡をお願い致します。

2004年8月24日(2)

先日協力者の「さんま様」の方から新しいバナーを作ったとの連絡を頂きました。

今回のバナーは縦長サイズのバナーです。
最近blogが多くなりましたのでそこに貼って頂くのにちょうど良いサイズという事でお借りすることになりました。
友梨ちゃんの事を心配して少しでも皆様の目に留まる様にとの考えでその形になったそうです。
頂いたメールからもそのお気持ちが伝わって来て、最近少し低迷している雰囲気が解消された気分です。

皆様是非ご利用をお願い致します。

「daradara2004」
「林田健司を抱きしめたい!」

2004年8月20日

今日の読売新聞の朝刊に「友梨ちゃん」の事が載っていました。

その件で萩原記者に連絡を取り久しぶりにお話をさせて頂きました。
しかし記事を書いたのは萩原様ではなく、和歌山支局の記者の方だったようです。

「最近あまり記事を見ないですね!」と言う話をしたら「大阪版には載っていますよ。」との返事が返ってきました。

「捜索の近況情報」も最近載せる記事が無く、その結果関心も薄れてくるとの危惧があったので大阪版に載った記事を送って貰う様お願いしました。
記者の方に「記事を送ってくれ」と図々しいお願いをしたにも拘らず快く送って頂く事になりました。
もちろん私の知らない記事ばかりでした。
6月18日、20日、7月13日、20日、8月14日の記事です。

早速「捜索の近況情報」のページにアップさせて頂きました。

萩原様ご協力本当にありがとうございました。

2004年8月8日

今日泉佐野の会場に行く途中、泉佐野警察に寄ってきました。

先日送られてきた情報を捜査本部の方に渡す為です。
「2時頃に行きます。」と電話で言っていたのですが渋滞の為2時45分頃に佐野警着。
1階で名前を告げるとすぐに担当の方が降りてこられました。
生憎私が知っている方ではなかったのですが真剣に説明を聞いて頂きました。
今日の情報が役に立つのかはわかりませんがこれからも皆様から送って頂いた貴重な情報は必ず関係者にお伝えいたしますので宜しくお願い致します。

また直接大阪府警に送って頂ける方も併せてお願い致します。

2004年8月6日

今日「愛知県警」の担当者の方から電話がありました。

「捜索の輪!」のトップページにリンクをしている「佐野由香利ちゃん」のページが、県警のサイトから無くなっていたので問い合わせをしていた返事でした。
今までは「愛知県警」のサイト内ページだったのが先日から「一宮警察署」のサイトに移動したとの回答を頂きました。

「管理人からのお知らせ」にも告知致しますが協力下さっているサイト管理人様リンクの変更をお願い致します。
また無断で貼っている件に関しても「官民一体となっての情報呼び掛けですので引き続き貼って頂いて結構です。」との回答を頂きました。
皆様これを機にご協力をお願い致します。

「佐野由香利ちゃん・捜査にご協力を!」
新url http://www.pref.aichi.jp/police/jiken/ichinomiya.html

2004年8月2日

今日は非常に嫌な日でした。

友梨ちゃんの掲示板に心無い書き込みがあり、来訪者の方に非常に不愉快な思いをさせてしまい申し訳なく思います。

秘匿性の高いwebの世界では顔も名前も知られない為に無責任な事を平気で書き込む人がいます。
過去にも何度かありましたが今回の書き込みは多分中学生くらいの子供だと思います。
非常に幼稚な内容や行動にはさすがに見ていて情けなく感じました。

執拗に書き込んでくるので「アクセス制御」を施しましたが、もし関係ない方が掲示板にアクセス出来ない事がありましたら申し訳ございませんが管理人までご連絡下さい。
なにぶんあまり知識がないので何処かでご迷惑をかけているかもしれません。

宜しくお願い致します。

2004年7月24日

今日ふと思い出して以前「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」の完全コピーをしたサイトを検索で探してみました。

一度閉鎖されたようですがまた復活していました。
その中の掲示板を見ていると「私も以前仮面を被った偽善者達の中傷を受けました。」と書かれていました。
まぁ!考え方、常識、マナーの相違なんでしょうが、些か呆れました。

私は偽善者かもしれませんが「仮面」などは被っていません。
当時はメインサイトも友梨ちゃんのページから飛べるようにしていましたのでプロフも丸わかりでした。
偽善者達の「達」とは友梨ちゃんの輪の仲間の事です。
私は偽善者でも何でも良いと自分では思っています。

たとえば道で苦しんでいる人を介抱している人を見ている人がいるとします。
介抱している人は「偽善者」なのでしょうか?
それなら近くで見ている人は何でしょう?
善良な人でしょうか?
偽善者でも何でも「人の助けをする人」を「何もしない人」が非難出来るでしょうか?
何もしない人、他人のサイトを完全コピーして自分のサイトにアップする常識の無い人より「偽善の協力」の方がはるかに役に立つと思います。

非常識だと注意された人には中傷にしか感じないのでしょう。
だから非常識な人なんです・・・。

2004年7月22日

昨日「株式会社メルファム」様の田中様よりメールを頂きました。

以前友梨ちゃんのポスター5,000部を近畿郵政局管内の郵便局他への発送のご協力を頂いた方です。
今回は勤務している会社の中国支社様のご協力で中国管内の郵便局へ2,000部の発送のご協力を頂きました。
今回も前回と同様「吉田印刷大阪営業所」様の岡本様のご好意で無料で印刷をして頂いたそうです。

ご協力本当にありがとうございます。

2004年7月8日

今日熊取町教育委員会の大野様からポスターを送って頂きました。

先日の記者会見の時に吉川様が披露していた謝礼の告知が入ったポスターです。
早速サイトにアップしましたので掲示・配布のご協力をお願い致します。
ついでにプラウザからA4サイズで印刷出来るように別サイズのポスターもアップしました。
こちらも併せてお願い致します。

2004年7月5日

今日吉川友梨ちゃんのお父さんから謝礼の件で正式発表がありました。

午前中に関係者の方から11時に記者会見をするとの連絡を頂きました。
発表をすることで「捜索の輪!」に問い合わせ等が来た時に対処出来る様にとの配慮から事前に連絡を入れてくれました。

生憎仕事中だったので報道等は見ていませんでしたが夕方4時頃にyahoo!に掲載されたので内容を見ることが出来ました。
その中でお父さんが持っていた新しいポスター(謝礼の告知入り)は教育委員会の大野様から送って頂ける事になっていますので追ってサイトにアップしたいと思います。

皆様是非情報をお願い致します。

2004年7月1日

今日で友梨ちゃんのリンク数が900サイトになりました。

昨年の7月22日に16サイトで「ゆりちゃんの輪!!」をスタートして、10月6日で100サイト、11月19日の新聞掲載の反響で20日に200サイト。
12月6日300サイト、2月14日400サイト、20日の新聞掲載の影響でその日に500サイト、3月9日600サイト、4月4日700サイト、5月20日前後の新聞報道で当日800サイト、そして今日の900サイト。

頂いたメールも1000通近くになりました。
2月からスタートした掲示板も600近くの書き込みを頂きました。

リンク数を増やすのが目的ではないのですが、多くのサイトからの情報発信を続けていかなければ「風化」は避けられません。
しかし残念ながら時間と共に関心、記憶は薄れていきます。
我々に出来ることは「風化」のスピードを少しでも遅らせる事くらいなのでしょうか?

2004年6月26日

昨晩協力者の方からメールを頂き電話で話をしました。

彼は社内で友梨ちゃんの事を話して下さりサイトにバナーを貼って頂いただけでなく捜索費用のカンパの呼びかけもしてくれました。
昨日の電話は内容は送金方法についての確認でした。

従業員様からの善意のカンパも25万円になったそうです。
熊取町教員委員会の大野様のご協力で吉川様にお渡して頂ける事になりました。

ポスターの制作費用、謝礼の一部に充当して頂けると思います。

2004年6月25日

昨日、友梨ちゃんの活動を初めて丸1年になりました。

「吉川ゆりちゃんを探しています!」のページをこのサイトの1ページとしてアップしたのが活動の始まりです。
それから「ゆりちゃんの輪!!」「捜索の近況情報!」とページを増やして行き、8月に別サイト形式の「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」を立ち上げました。

その後皆様からお借りした素材の活用と要望により「服装のページ」「携帯サイト」「ポスターのDLページ」を作りました。

本来なら1周年はめでたい事なんですがこのサイトが1年も続いてしまった事は残念でなりません。

最良の形でサイトを閉鎖する日が早く来る事を願います。

2004年6月20日

今日で友梨ちゃんが行方不明になってちょうど1年1ヶ月になります。

新聞に「200万円」の情報料(謝礼金)の記事がでていました。
以前からメール等で「友梨ちゃんの輪で懸賞金は出さないの?」との問い合わせが何度も送られてきました。
「金の絡む事を第三者が勝手にすべきではないと思います。」との回答をいつも送っていました。

今回の件も相当以前から吉川様が考えていた事だと思います。
早い時期に出すのが良いのか?この時期の方が良いのか?
何故今頃とのご意見も多いと思いますが、この時期を選んだのは当事者である吉川様ご本人です。

皆様情報提供をお願い致します。

と書いて一旦アップしたのですがその後「吉川様」から電話を頂き、今回の記事は「吉川様」からの正式発表ではないとの事です。
急遽、「管理人からのお知らせ」「吉川ゆりちゃん捜索の近況情報」にコメントを載せました。

今回の記事はあくまで「予定をしている」とのご理解をして頂きたいと思います。

2004年6月9日

今日の「毎日新聞」の夕刊で捜索の輪!が紹介されました。

関西版の「憂楽帳」と言うコラムです。
「28万件」と言うタイトルを付けてサイト開設の切欠、協力サイトの種類や数、ポスターがダウンロード出来る等です。

活動を始めてすぐに連絡を頂いた「熱烈ヤエン塾 ヤエンであおりいか」の管理人の7 きつねさんの言葉も載っていました。
「自分達の自慢とかを載せるのじゃなくて、役に立ちたいと思った。」 (原文を省略)
活動を通して私が教えられる事も多いですし、今まで続けることが出来たのも皆様の励ましや、感謝の言葉のお陰です。

一日も早く良い形でサイトの閉鎖が出来る事を願いながら日々管理をしております。

2004年6月8日

大阪の事務所に戻ってメールをチェック、電話対応等して4時に株式会社メルファム様にお邪魔しました。

吉川友梨ちゃんのポスターを5,000部郵送して頂いた会社です。
事務所が近くだった事もあり、直接会ってお礼を述べようと思いお伺いしました。
今回中心になって活動してくださった田中様は私の印象以上の好青年で、社長もこの活動を応援して下さっているとの事でした。

このように多くの方に活動して頂き、また趣旨に賛同下さった企業様が無償で印刷して頂いたりと本当に感謝の気持ちで一杯です。

今後は全国の支社店にも呼びかけ、活動を続けて下さるそうですのでまた動きがありましたら皆様にご報告したいと思います。

ご協力本当にありがとうございました。

2004年6月7日

今日「毎日新聞」の記者の方からメールを頂きました。

夕刊社会面の「憂楽帳」と言うコラムに友梨ちゃんの記事を載せる予定だそうです。
記事を載せて頂けるのでしたらこちらも協力は惜しみません。
早速電話をして話をさせて頂きました。
原稿の締め切りが今日の夜との事で15分ほど話をして切りました。

1年が経過してから記事らしい記事は出ていないので非常に有り難い事です。
定期的に記事が出れば「風化」も防げると思います。
そして捜査の進展も併せて掲載出来れば尚良いのですが。

2004年5月20日

今日で吉川友梨ちゃんが行方不明になって1年になります。

この1年に向けて吉川様は積極的にメディアの前に登場して呼び掛けを続けています。
その姿を見る度に複雑な気持ちになります。

1年、365日、本当に長く苦しい月日を過ごされ心身共に疲れ果てているにも拘らずマスコミの前に出る心境は残酷なものです。
ご自身の事より友梨ちゃんの発見に繋がる情報を呼びかけ、そして世間から忘れ去られる事の不安と闘っている姿を見ると出来る限りの応援をしたいと思います。

今回私も初めてマスコミに働きかけをしました。
少しでも多くの方にサイトの存在を知って貰うことで支援の輪が広がると思います。

私にはこんなこと位しかできませんが引き続き活動をしていきたいと思います。

2004年5月20日(2)

今日「朝日新聞」の記者の方から電話を頂きました。

「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」の事が記事になるとの事でした。
夕方会社近くの地下鉄の売店まで新聞を買いに行って来ました。

webでも同じ記事が掲載されていました。
その記事が配信されたためでしょうか?
それとも夕方のニュースで友梨ちゃんの事が報道された為でしょうか?
午後6時台のアクセス数が1000を超えました。
また報道ステーションでもサイトが映し出されていました。
この時間帯も同じく1000アクセス以上ありました。

今回掲示板の書き込みは約40スレッドでした。
一部不謹慎な書き込みがあり掲示板に訪れた方には不愉快な思いをさせてしまい申し訳なく思います。
本当にすみませんでした。

今日でリンク協力も800を超えましたが、同時に1年と言う時の永さも感じました。

2004年5月18日

今日から友梨ちゃんのページに府警の情報送信ページを直リンクしました。

少しでも早くまた多くの情報が警察に届けられるようなればと思い捜査本部の担当者様にお願いをしました。

いろいろありましたが承諾が出ましたので早速リンク作業をしました。
捜査本部のご担当者様本当にありがとうございました。
そして偉そうな事を言って申し訳ございませんでした。

今までも時々私信を頂き教育委員会経由で捜査本部には情報が行っていたのですが、これを機に直接府警に情報を送るようにしたいと思います。

皆様も気になる事がございましたらご一報頂ければ幸いです。
現在捜査本部の担当者様も必死で友梨ちゃんの捜査をして頂いております。
我々が多くの情報を捜査本部に送ることで友梨ちゃんの早期発見に結びつきます。

皆様是非情報提供をお願い致します。

☆大阪府警情報送信ページ☆

2004年5月17日

今日吉川友梨ちゃん事件捜査本部の警部補から電話を頂きました。

昼過ぎ会社に来て頂き情報提供の事でお話をさせて頂きました。
現在何件かの情報を送っているのですがその一つ一つの情報に対してきっちりと捜査をして頂いている事も確認できました。
しかしまだ有力情報には結びついていません。
小さな事でも結構ですので、気になった事は警察の方にご連絡下さい。
皆様から寄せられた情報に対してはすべて捜査をして裏づけをとってくださっています。

事件解決には皆様からの情報が必要です。

もし警察に連絡するのを躊躇される方はこちらまで連絡頂ければ責任を持って対応させて頂きます。

是非情報提供をお願い致します。

2004年5月16日

本日1時半より熊取町町民会館で”がんばれ友梨ちゃん”支援集会が開催されました。

生憎の雨にも拘らず多くの支援団体、学校関係者らが多数詰め掛け、報道機関も15社ほど取材に来ていました。
会場には区長会、府教委、婦人会、町議会、青年団をはじめ社協、幼稚園、保育所の関係者や熊取町の小中学校の関係者、ご父兄など多くの支援者が会場に詰め掛けました。

地域教育協議会連絡会会長、熊取町町長、町議会議長、大阪府知事、泉警察署署長の挨拶のあと、友梨ちゃんのお父さんも挨拶に立ち支援者に対してお礼の言葉がありました。

今回初めて教育委員会の大野様や友梨ちゃんのお父さんお母さんと直接お会いする事が出来ました。
私が今までお断りしていたので今日になったんですけど。。

集会が終わってから各団体が今回用意したチラシ8万枚を持って24箇所総勢550名体制で各地に散って行きました。

一刻も早く友梨ちゃんが帰還出来るよう活動を続けて行きたいと思います。
皆様引き続きご協力をお願い致します。

2004年5月16日(2)

今日の集会でマスコミのあり方に疑問を感じました。

世間では次から次へと事件・事故が起こりその都度新聞、テレビで報道されます。
しかしいつの間にか忘れさられたように報道されなくなります。
世間の関心が無くなったのか、報道されないから世間も忘れるのかはわかりませんが、友梨ちゃんの事も今後そうなる可能性も出てきます。

担当記者の方は関係者と会う機会も多いので最後まで記事を書きたい、皆さんに思いを届けたいと思っているのが良くわかります。

しかし今日のNHKのカメラマンは少しでも良いアングルで撮ろうと非常識にもズカズカと舞台に上がり関係者に注意される一幕もありました。
吉川様はタレントでも何でもないのです。
大事な娘さんが行方不明になっている被害者なのです。
大事な事は何か?何を訴えるべきか?の再考をお願いします。

マスコミの影響力は測りしれません。
我々はマスコミの力をお借りなければ友梨ちゃんの事を忘れ去られてしまう不安がいつもあります。
少しでも取り上げて頂きたいですが、商業ベースに乗らないものは排除されます。

多くのボランティアの方が必死で活動をしてくれています。
マスコミもその「力」を心のこもった使い方をして欲しいと思います。

2004年5月15日(1)

昨日協力者の方からメールを頂きました。

メールには友梨ちゃんのポスターがDL出来ないと書かれていました。
理由は私にも判らなかったので念の為にページを見ると・・・。

画像が消えていました。

zaqのサーバー容量が少ないので大きなファイルを別のサーバーにアップしていたのですが、長い間ログインしていなかったためでしょうか?閉鎖されていました。

すぐに最近容量アップしたzaqのサーバーに画像を再アップして復旧完了!

ご迷惑をお掛けいたしました。

2004年5月15日(2)

毎日新聞社の記者の方からメールを頂きました。

少しお話をさせて頂いて、こちらが送ったメールを見ていない事がわかり先日各報道機関に送ったメールを再送しました。

送ったメールを見て頂けなかったのは残念ですが記者の方がサイトの事を知って連絡をくれました。

お送りしたメールからサイトの内容、経緯がわかって貰えると思いますし、当サイトからのお願いもご理解して頂けると思います。

今後の連絡を待ちたいと思います。

2004年5月15日(3)

今日の読売新聞の夕刊に「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」の事が書かれていました。

初日は「捜査の事」昨日は「ご両親の事」そして今日は「支援の事」でした。
熱心な取材と丁寧な記事は担当記者のH原氏の人柄が出ているように思います。
昨日の記事には行方不明当日の動きや心境が克明に書かれていて読んでいて涙が出てきました。

今日は吉川様の記者会見があり夕方のニュースでも放送されていました。

明日は熊取町で支援集会があります。
連日マスコミで取り上げて頂いているので今まで事件の事を知らなかった方からの連絡も頂くようになりました。

この一番大きな報道の時期に多くの情報が齎され、事件解決に繋がれば幸いです。

2004年5月13日

5月16日(日)に熊取町で「”がんばれ友梨ちゃん”支援集会」が開催されます。

役場近くの町民会館で午後1時半からです。
私も参加させて頂く予定をしております。
今回新しいポスターも作られ、集会終了後支援団体等多数が各地に散ってチラシの配布をする予定です。

今日読売新聞の夕刊に友梨ちゃんの記事が載っていました。
都合3回掲載されるようです。
集会当日もマスコミ各社が取材に訪れるようですので世間の関心が高まると思います。

活動のご支援、情報呼び掛け、ポスターの掲示、チラシ配布のご協力をお願い致します。

2004年5月12日

今日は「共同通信社」のO西様と久しぶりに会いました。

昨年サイトの事で取材をして頂き2度記事を配信して頂きました。
一度はちょうど「不審車両」の記事との複数配信だったのでそちらが載りましたが11月にスポーツ紙、地方紙に掲載されました。

新聞等で出ると一気に協力サイト様が増えます。
今回も配信して頂けると思いますが今回の一連の報道が終われば当分マスコミの期待は出来そうにありません。

現時点では新聞社3社だけですが、相当大きな反響になると確信しています。
「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」活動は情報呼び掛けの窓口を増やして多くの方に事件の事を知って頂き、有力な情報に結び付けて行く事です。
その為にはマスコミの力が是非とも必要です。

是非他のマスコミの皆様の協力をお願い致します。

2004年5月11日

今日携帯に「朝日新聞社」の記者の方から電話がありました。

営業で東大阪を走っている時でした。
時間は午後2時半頃でしたので予定していた施設様に訪問してすぐに会社に戻りました。
4時に会社の前で落ち合い近くの喫茶店で1時間ほどお話をさせて頂きました。

8日の昼頃に朝日新聞社にはメールを入れたのですがその日に担当の方がサイトを見て担当の記者の方に連絡をしてくれていました。

こちらが送ったメールに対しちゃんと対応して頂けた事に感謝したいと思います。

友梨ちゃんのサイトが紹介されるかはまだわかりませんが是非取り上げて頂きたいと思います。

2004年5月11日(2)

今日家に帰るとメールが来ていました。

今度は「共同通信社」の担当記者の方からです。

「メールの趣旨はよく分かりました。協力させていただきます。」と非常に有り難いお言葉を頂き、明日お会いする約束をしました。

彼には昨年の11月に記事を配信して頂き、その影響で多くの協力者を得ることが出来ましたので今回も大いに期待したいと思います。

これで新聞社3社の協力を得ることが出来ました。

2004年5月10日

午後9時半頃、「読売新聞社」の記者の方から電話がありました。

先日も直接お会いしてお話をさせて頂きました。
今日は30分くらいお話をさせて頂いたんですが非常に好感の持てる取材姿勢で今度の記事にも期待しております。
逆に彼に話を聞くと行方不明当初は必ず紙面に載ったそうですが、進展が無い状況では書いても記事にならない事も多いようです。
吉川様はじめ関係者の皆様や警察・担当記者の皆様にとっては片時も忘れられない事なのですが、新たな事件・事故があればそちらが優先されるのは仕方の無いことです。

今日の時点では他の報道機関からの連絡はまだありません。

「読売新聞社」だけでも記事の掲載を是非お願い致します。

2004年5月8日

今日昼前から報道各社にメールを送りました。

先日の読売新聞の記者の方が「この20日に向けて報道各社が特集を組む」とおっしゃっていました。
今回の報道が最後の大きな報道になるので友梨ちゃんのサイトを訴求する最大且つ最後のチャンスだと思ったからです。

今後はマスコミの報道が減るのは確実ですのでその前に少しでも多くの方に活動を知って貰う必要があります。

NHK、民放、新聞社に送ったメールでどれだけ反応はあるかはわかりません。
今まで取材等で接触が有ったのは「産経新聞」「共同通信」「読売新聞」「朝日放送」だけです。
「産経新聞」以外の3社は記事の配信、報道をして頂き本当に有り難く思います。

「読売新聞」はまた記事を書いてくれると思いますので非常に期待しております。

2004年5月6日

今日読売新聞の記者の方から電話を頂きました。

この20日で吉川友梨ちゃんが行方不明になって一年になるのでその取材のためです。
今後20日に向けて各メディアが大々的に捜索並びに情報の呼び掛けの行うそうです。

夕方記者のH原氏と難波で落ち合い、1時間半ほど話をしました。
情報もあの車の報道以来これと言った進展もないようです。

今度の報道の後はそれほどマスコミで取り上げてくれないと思いますので最後の取材になるかもしれません。

以前も書きましたが、webはメディアの後押しが無いと非常に弱い媒体です。
絶えず情報発信をしているもののその情報を見る切欠はマスコミの報道が重要です。

今後はwebでの活動が非常に位置づけになってくると思われます。

2004年4月20日

今日で友梨ちゃんが行方不明になって11ヶ月が経過しました。

新聞では小さく記事が出ていましたが、時々夕方のニュース等でも報道されています。
バイク便や運送のトラックの荷台にポスターを貼ってくれているのも時々見かけます。
最近では家の近所のピザ屋のバイクにも貼ってくれています。

駅やコンビニにも掲示しているのを良く見かけますが風景やPOPの一部にようになってきている様にも感じました。

多分友梨ちゃんに関しては他の事件より大きく呼びかけが出来ているように思いますが事件解明の糸口すら見つかっていません。

あと一ヶ月で一年になります。
新学期まで、クリスマスまで、正月まで、誕生日まで、5年生になるまで、と節目までに発見をと願ってきましたが、今度こそ大きな節目までに解決してほしいと願います。

2004年4月17日

今日検索をしていると「和歌山砂山少年剣友会」様の掲示板で「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」の事を書いて頂いているのを見つけレスをさせて頂きました。

するとすぐに管理人様から情報呼び掛けのリンク協力の連絡を頂きました。
管理人様は大阪のつばさ剣道クラブ様のサイトで捜索の輪を知り掲示板で呼びかけをしてくれていたのですが、今回の事でリンク協力をして頂きました。
同じ和歌山、子供が剣道と共通点が多いのも嬉しい限りです。
他クラブとの交流も活発なようですので今後は剣道サイト様での協力も増えてくると思います。

2004年3月31日

今日は吉川友梨ちゃんの誕生日です。

時事通信の配信記事が掲載され普段の20倍以上の訪問を頂きました。
行方不明から10ヶ月以上も経過し、「無事でいてほしい!」と思う気持ちが日増しに強くなります。
お父さんが今日難波駅でビラ配りをされたそうです。
子供の誕生日に行方不明の我が子のビラを配る気持ちを考えたら胸が張り裂けそうな思いです。

先日の六本木ヒルズの事故も森ビル側の主張に虚偽の疑いも出てきています。
記者会見では森ビル側の対応の方が三和側より良いように思いましたが実際は指示したのは森ビル側のようです。

何れにしろ危険なものを作った三和側も問題ですが、光熱費の削減を優先した森ビル側にも問題はあります。
多分回転ドアを子供が一人で通過することを想定していなかったのでしょうね。

回転ドアが市場から姿を消すのは間違いないと思います。

2004年3月24日

今日共同通信と時事通信の記事が配信されました。

友梨ちゃんは1学期の終業式をはじめ2学期そして3学期も4年生の終業式には一度も出席する事が出来ませんでした。
4年生の行事では最初の始業式、そして行方不明当日の遠足だけです。
友梨ちゃんやご両親にとっては月日だけが残酷に流れています。

行方不明から10ヶ月、この活動を始めて9ヶ月と時間の経過は普通の生活をしている我々と吉川様とでは同じ時間では無いと感じます。

最初は何かしなければならないとの使命感から始めた活動がここまで長期になるとは誰も想像しなかったことだと思います。

もうすぐ彼女の誕生日です。

どうかそれまでに戻ってきてください。

2004年3月11日

久しぶりにリンク元解析をしました。

以前はリンク元解析が日課で、毎日友梨ちゃんのリンク協力サイトを探してはゆりちゃんの輪のページに追加していたのですが、2月20日からのアクセス数が多すぎて解析するのを止めていました。
先日久しぶりに調べてみると連絡を頂いていないサイト様が20以上散見されました。
すべての方から連絡を頂いている訳ではなく、いつも見つけては追加をする毎日でした。
逆に今回のように申し出の方が多いは珍しいです。
でも非常に助かりますので連絡を頂けるとありがたいです。

一度2月20日まで遡って解析をしようと思います。

2004年2月22日

本当に読売新聞、ヤフトピの影響力には驚いています。

20日の読売新聞の朝刊の全国版?に載ったお陰で朝8時過ぎからアクセス数がすごかったです。

夜中の3時には既にweb掲載させていたようで3時〜7時でも毎時100アクセスはありました。
でも8時からのアクセス数は半端じゃありません。
8時〜10時の3時間だけで60,000アクセス、11時にヤフトピから外れたので少し落ち着きましたがそれでも毎時1000以上のアクセスがありました。
結局2日で86,000アクセス、メール・板が150以上、リンク協力114の結果でした。

2004年2月18日

今日家に帰るとこんなメールが来ていました。

<以下内容:名前、電話番号は伏字>
突然のメールをお許し下さい。
私は、熊取町をはじめ泉州地域を担当しております読売新聞関西空港記者室の記者・○○○○と申します。
間もなく友梨ちゃんが行方不明になって9か月を迎えます。そこで、インターネットによる情報提供の現状
を取材させていただければ、と考えております。
貴サイトでは、友梨ちゃんに関する情報提供を広く、継続的に呼びかけられ、今では400ものサイトの協
力を得られていることから、ぜひ最近の状況について、お話を伺いたく思っております。
お手数をお掛けしますが、できれば今夜にでも、電話連絡をいただくことはできないでしょうか。
ご多忙の中、大変恐縮ですが、何とぞよろしくお願い申し上げます。
読売新聞関西空港記者室の電話番号は、****−**−****です。

<引用終わり>

早速電話をして30分ほど話をしました。
最近あまり報道されないので気になっていたので嬉しいです。
メディア、webの協力で広く訴求が出来ればより多くの方に関心を持って頂けると確信しています。

また近々記事になれば良いのですが・・・・。

2004年1月30日

「島崎俊郎-アダモちゃん★ねる」で吉川友梨ちゃんのリンク協力をして頂きました。

タレントのオフィシャルサイトでのリンク協力は初めてです。
芸能人繋がりで「ゆりちゃんの輪!!」が広がって行けば非常に大きな戦力になることは間違い無い事だと思います。

あと大手企業のサイトでの協力の輪が広がってほしいと思います。

2004年1月1日

昨日23時頃からリンクサイトの皆様に年末のご挨拶の書き込みをしました。

その後「ゆりちゃんの輪!!」のサイトを順番に訪問して板に書き込みをしていたのですが100件くらいで疲れてしまいました。

リンクを貼ってからほとんど訪問していなかったのですが、サイト閉鎖やリンク解除が数件あり少し残念でした。

すべてのサイト様に訪問出来ませんでしたがまた機会があれば順次ご訪問させて頂きます。
ご挨拶が出来ていないサイト様この場をお借りまして「今年も宜しくお願い致します。」

で、その後掲示板の書き込み出来るところはほとんどご挨拶に行きました。
多分昨日、今日で200サイト以上だと思います。

でも書き込みを拒否する板や会員でないとログイン出来ないところもありましたでそのサイト様申し訳ございません。

2003年12月26日

今日は非常にアクセス数が多いです。

24日は終業式だったので新聞、テレビで報道されたようですので普段より少し多めでしたが、昨日の夜から急にアクセスが増えたのはどうしてかなっ?と思って今日同僚の○田君に聞いてみると、「アホなおっさんが吉川家に恐喝の電話を入れたらしいよ!」と教えてくれました。

どうりで検索エンジンからのアクセスが半数以上なのに納得しました。
関心を持って貰えたのは嬉しいですが、どうもやり切れない気持ちです。

吉川友梨ちゃん捜索の近況情報!」更新

2003年12月17日

どうしてなんでしょう?その2

今日そのサイトに行くと、「お借りしました。」の文字は削除されていて、ページのレイアウトも変更されていました。
でも、ポスターやその他の画像は使っていました。

私がゆりちゃんのページを作るに当たって自分の考えや思いの他に皆様からの要望、ご助言を取り入れて出来る限り分かり易く、必要な情報、素材を取り入れてきたつもりです。

素材も皆様が時間をかけて、また思いを込めて作ったのをお借りして使わせて頂いております。
ポスターはkaedeさんや熊取町教育委員会のO野氏のご好意で送って頂いたものを使用させて頂いております。
このサイトのリンク協力者の皆様や素材を提供して下さった皆様とは心が通じ合ってこの活動を続けているつもりです。

私の言いたいのはそれだけです。

2003年12月16日

どうしてなんでしょう?

また、余計なクレジットを入れる羽目になりました。
前回の事件の後「当サイト内の画像・バナー及び記事で管理人が承諾しているもの以外の無断転載・無断配布を禁じます。」なるクレジットを入れたのですが、

今回は
★画像等の二次使用についてのお願い★
本サイトの画像、バナー、ポスターはすべて製作者、提供者の承諾を得て使用させていただいております。
管理人の承諾の無いものは二次使用を固くお断りいたします。って入れました。

おまけにそのサイトには
「このページに掲げたポスターは「吉川友梨ちゃん捜索の輪」というサイトからお借りしました。」と書かれていました。

こちらに連絡もしないで「お借りしました」ってのには呆れてものも言えません。
「貸して〜!」「うん!良いよ!」で初めて「お借りしました」になるんですよ。

ダウンロードページはポスターの入手先が解らない方のために作ったページです。

前にも書きましたが「善意」と「無断借用」は別次元の話です。
今回は前みたいにurlを公表するのもあほらしいので辞めにしますが、誤解・混乱を防ぐのもサイトを運営している者の勤めですのであえて規制を致しました。

おまけにそのサイトの管理人は自分の本を出版している人です。
なおさらそれくらいのことはわかってると思うのですが・・・。

もちろんリンク及びリンクバナーはフリーですのでどんどん使って頂き、情報の呼びかけをお願いします。

何故かそのサイトの管理人は3日間で55回も「ゆりちゃん」のページに来ています。

2003年12月7日

昨日「吉川友梨ちゃん」のページが40000アクセスを達成しました。

リンク協力も昨日で300サイトに増えました。
先月はカブクワ仲間のtontonさんの呼びかけで一挙に20サイト以上の協力を得、今度は富田林の少年野球チーム「ジュニア金剛」の千田様の呼びかけにより10チーム以上の協力を得ました。
そして今日は「在宅ビジネス」のサイトを運営している長岡様の呼びかけもあり皆様のサイトから輪が広がっています。

「お友達繋がり」「ヤエン繋がり」「素材屋さん繋がり」と本当にリンクの輪が大きくなっています。

皆様これからもご協力お願いいたします。

2003年11月30日

今日セブンイレブンに吉川友梨ちゃんのポスターのコピーをしてきました。

先日熊取町教育委員会の大野氏からチラシとポスターを送って頂き、びきちゃきmanさんにお渡しする前にサイトにアップするためです。

ポスター、チラシともB4大ですので、家のスキャナで読み取ることが出来ないのと、A4にすれば皆様の家でも印刷が出来ると考えたからです。

A4カラーコピー1枚50円でした。昔のカラーコピーは1枚200円以上したように思いますが最近は安くなったものです。
ついでにポスターの掲示のお願いもしてきました。

和歌山県警からもポスターの掲示の依頼があったようです。
ポスター、チラシは既に40万枚以上作製されたようですので費用も相当かかっていると思います。

少しの枚数でもご家庭で印刷して利用して頂ければ嬉しいです。

吉川友梨ちゃんチラシ・ポスターダウンロードページ

2003年11月21日

今日も掲示板にリンク協力の書き込みを頂きました。

tonton様の呼びかけのお陰で皆さん快く協力してくださっているのが文章から伝わってきます。


今回はtonton様が呼びかけてくれましたが「毎度!のあきさん」「PTAのkaedeさん」「M部長さん」その他大勢の方があちらこちらに声をかけてくれたり、お友達のBBSに書き込みしてくれたりしているのをよく見かけます。

「ゆりちゃんの輪!!」は水面に落ちる一粒の雨垂れが起こす波紋から、雨が降るように幾つもの波紋に広がっています。

今日熊取町教育委員会のO野氏からもメールを頂きました。
地元でもいろいろ活動をされているようです。立場、役割は違いますがお互い頑張って行きたいと思います。

これからも友達、仲間の輪を大切にしながら「ゆりちゃんの輪!!」が大きくなって行く事を期待したいと思います。

2003年11月20日

昨日のテレビのニュース、新聞の記事のお陰でアクセス数、リンク協力が増えています。

新聞は日刊スポーツ以外にも京都新聞にも掲載されていたと聞きました。
カブクワ仲間の皆様からもリンクの申し出を頂き今日で200サイトを超えました。

捜索が難航すると今度の記事の配信は「終業式」までないかもしれませんが、webの世界は毎日のようにリンク協力が増えていくことでしょう。

皆様今後ともご支援お願いいたします。

2003年11月19日

今日tontonさんから掲示板に「ふくちゃん!今日某新聞でこんな記事を発見しました!」と書き込みがありました。

掲示板に書き込みがあると携帯に配信されるようにしているのですが画像まで表示されないで「何やろ?」と思っていると今度は○芝・関西支社のA利氏から電話が入りました。

「今日の日刊スポーツに○田君の事が載ってるよ!」と・・・。
それで慌てて掲示板を見ると「友梨ちゃんの写真を携帯に」の見出しが飛び込んできました。
記事を読んでみると「和歌山市の会社員○田○(43)が・・・・。」と出ていました。

それで速攻会社近くのローソンで新聞を立ち読みして載っているのを確認してから3部購入。

会社でじっくり読むと内容に間違いがあり帰宅後訂正文をアップしました。

友梨ちゃんの事が記事になるのは有り難い事ですが「記事は正確に」お願いしたいものです。

管理人からのお知らせ

2003年11月19日(2)

今日のスポーツ新聞に続き夕方のニュースの中で「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」が紹介されました。

ビラ配りの様子や友梨ちゃんのお父さんのインタビュー、バイク便のポスター、そして「インターネットで沢山の方が情報を呼びかけている」との内容でした。

サイトに対する詳しい説明はありませんでしたが、そのお陰で「今日テレビで見て・・・。」とリンク協力の申し出を数件頂きました。

その番組でも夜のNHKのニュースでも言ってましたが、「風化」を危惧する声が出てきています。

webでは毎日誰かに見ていただいているので風化はないと思いますが、アクセス数は横ばいです。
今回のように新聞、テレビで報道されなければやはり弱いです。

でも地道な活動ではありますが「友梨ちゃんの輪!!」は確実に広がっています。

2003年11月16日

今日「吉川友梨ちゃん」のページが30000アクセスを達成しました。

カウンターを設置して4ヶ月弱での快挙です。
って言っても実は各ページに同じカウンターを埋めているのでページ合計での数字です。

元々友梨ちゃんのトップページは4番目に作ったページですのでそれまでにリンク協力して頂いたサイト様からのリンクは別々のページに飛んでくるのでこのような対応になりました。

でも1ヶ月に8000ページアクセスは非常に有難いです。

今日は夕方からアクセス数が増えてきたので「どうしてだろう?」と思い検索をしてみると「共同通信」の記事が配信されていました。
それで検索から友梨ちゃんのページへのアクセルが増えたのがわかりました。

リンク協力以外にもマスコミの配信記事も大きな要素になります。

我々はwebの世界で呼びかけをしていきますので、マスコミの皆様どうか記事の配信、報道をお願いします。

吉川友梨ちゃん捜索の近況情報!」更新
時事&自事通信!」加筆!(吉川友梨ちゃん行方不明事件の考察)

2003年11月13日

今日朝日放送の記者の方から再度メールを頂きました。

昨日の日記にも書きましたが放送日が決まりました。
11月19日(水)の午後6時18分放送の「NEWSゆう」の特集のコーナーの中です。

20日でゆりちゃんが行方不明になって丸6ヶ月になるので特集を組むそうです。
内容や露出度はわかりませんがテレビでゆりちゃんの事を放送してくれることで皆様の関心も喚起できると思いますのでありがたいことです。
ただ大きな事件が起こると中止になるようですが・・・。

関西ローカルなので関西以外の地域の方は見れないと思いますが、また他の地区でも放送して欲しいものです。

2003年11月12日

今日朝日放送の記者の方からメールを届きました。

もしかしたらテレビで「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」のページが紹介されるかもしれません。

友梨ちゃんが行方不明になってもうすぐ半年になります。
そのため情報を呼びかける特集を企画中との事です。
どのような形になってもテレビで呼びかけて頂けるのは非常に心強く思います。

メディアの後押しがないとwebでの活動も湿りがちになります。
リンク協力サイト数が増えているにもかかわらずページへの訪問数は横ばいです。
だんだん「友梨ちゃんのバナー」や「吉川ゆりちゃんを探しています!」の言葉がただの広告としか映らなくなってきているかもしれません。
しかし今日リンク協力サイト様を2件追加しました。

もし決まったらご報告しますね!

2003年11月11日

昨日友梨ちゃんのリンク協力の新しい試みを発見しました。

ヤフオクの出品のページにリンクを貼って頂いています。
昨日「ゆりちゃんの輪!!」にリンクアップしようか悩みましたが、タイムアップすればなくなるので一旦止めにしましたが、今日確認をしたらすべて同じ出品者の方だと分かりその方の全出品リストのページをリンクしました。

現在リンク協力して頂いている方のサイトはお友達を中心にリンクの輪が確実に広がっていますが、ヤフオクのような不特定多数の方が訪れるページのリンクはまた違った広がりを見せてくれると思います。

2003年11月9日

今日は以前から気になっていた「吉川友梨ちゃん」の新ページをアップしました。

以前あんじチョコさんからイラストを送って頂いたので是非それを使ってページを作ろうと思っていたのですが必要としているポスターが遅れたり、PCを買い換えたために周辺の設定等が手間取りやっと今日になりました。

吉川友梨ちゃん行方不明当時の服装

2003年10月29日

昨日に続き今日も熊取町のO野氏からメールが来ました。

今日ポスター、チラシを発送してくれたとの事でした。
先程送信メールをじっくり確認すると確かにスペルが違っていました。
先方に着いていないこちらにも戻ってこない所謂迷子メールだったのが確認できました。
しかし、結構キツイ事を書いてしまったと反省しています。
どうも役所の人間は昔から好きになれないのでついつい態度に出てしまいます。
お詫びのメールを入れましたのが許して頂けたでしょうか?

特に友梨ちゃんの件に関してはマジになってしまいます。
少し冷静になって今後は対応したいと思います

2003年10月28日

今日kaede様から吉川友梨ちゃんのポスターを送って頂きました。

熊取町役場にメールを送って一週間無しのつぶてだったのでお願いしました。
で、今日やっと返事が来ましたが、どうもメアドが間違っていて先方に着いていなかったとの事ですが、こちらにも戻って来ませんでした。(迷子メール?)

まぁ!それはそれでポスターも来た事だしこれでやっとあんじチョコ様から送ってもらったイラストを入れたページの制作取りかかれます。

ポスターがB4なので家のスキャナーでは取り込めません。

A4でカラーコピーしてからスキャンしないと・・。

2003年10月20日

今日もTVのチカラで吉川友梨ちゃんのことが放送されていたようです。

私が家に帰ったのが9時を過ぎていたので番組を見ることが出来ませんでしたが、午後8時台のアクセス数は増えていました。

でも9月29日のサイトビューは1215/時間、10月13日は484/時間。
で、今日は174/時間と確実に減っています。

皆さん認知してくれたので検索をしなくなっての減なら良いのですが、関心が薄れたのなら危機感を感じます。

行方不明になって今日で5ヶ月です。私がこの活動を始めて4ヶ月近くになります。
リンク協力も133サイトに増えました。
リンクは増えているのにアクセス数は横ばいです。毎日見る訳ではないのでしょうが、ちょっと気になります。

季節は秋から冬に向かっています。
友梨ちゃんの体調も気がかりでなりません。一刻も早い救出を願います。

2003年10月14日

今日は日記を書くのも辞めて寝ようと思っていたのですが、家に帰ってメールチェックをすると昨日の1件に続きリンク協力の申し出が3件来ていました。

皆様昨日のテレビを見て協力を思い立ったとの事でした。

今回の放送は前回の時よりwebの世界の反響は半分以下でした。
前回は友梨ちゃん関連4ページの総訪問数が2日間で延べ3,654だったのですが、今回は2日で延べ1,340でした。(午後10時半現在)

このようにリンク協力のメールを頂くといつもながら嬉しく思います。
それとこの前の件の時には40通近いメールを頂戴しました。
前回の放送後から今日までの送信件数は約70通、よう書いたなぁ!と思います。

昨日更新のついでに「無断転載禁止」のクレジットを何ページかに入れました。
今まで友梨ちゃん関連ページには入れていませんでしたし、ココは「利用規定」のページに入れていただけだったのですが、トップページにも入れてみました。

こんなの入れないと判らない人も情けないですが、入れる方も情けないです。

2003年10月13日

9月29日に引き続き今回も「吉川友梨ちゃんの公開捜査」がTVのチカラで放送されました。

前回の透視では、はっきりと場所の放送はありませんでしたが、今回はその場所を公表していました。

以外にも岡山県備前市周辺との事です。
テレビを見て情報を寄せたある方の話は「5月21日の朝岡山県内の国道2号線で不審な車のそばで友梨ちゃんらしい女の子を見た!」と言っています。

ロシアの超能力者・グラバヴォイ氏の透視と符合します。

関係があるのかどうかは判りませんが、手掛かりが無い現状を考えれば一つの可能性かもしれません。

2003年10月12日

先日携帯用の画像を「WEB学術架空都市 キシノポリス」の管理人様から送って頂いたのですが上手く保存できずに一応「友梨ちゃん関連ページ」に貼っただけでした。

昨日いつものように検索をしていると送って頂いたのと同じ画像を見つけビックリしました。
よーく調べて見ると管理人さんのページだったんです。
本当に良く出来たページでドコモ以外の画像も送って頂いたのに利用できずにいた私にはありがたいページです。

早速管理人様にメールを送りリンクの承諾を得ましたので先ほど「友梨ちゃん関連ページ」にリンクアップしました。

そのページには各社携帯会社用の画像とDLの方法等が非常に親切に書かれていました。
ページの下には
※このページの画像、文章は無断で使用しており、著作権法に触れることをしておりますが、一刻も早く生
還して頂く目的の上で行いましたので、ご理解頂ければと思っております。
また、ご指摘がありましたら修正・削除等を考えておりますのでこちらまでよろしくお願いします。
と書かれていますが、非常に配慮された文章でした。

吉川友梨ちゃん捜索にご協力ください

これこそ善意で作ったページだと一目でわかるページ作りですね。

2003年10月11日

えらいこっちゃ!!

吉川ゆりちゃんで検索すると例の「善意の名を借りた悪質なサイト」が出てきます。
もちろんサーバーからファイルも削除していますし、元のページに直したので従来の「吉川ゆりちゃんを探しています!」が出てきます。

最近サボりがちなグーグルさえもこのありさまです。
それでもこのページのアクセス数が多いのは興味のあるタイトルのせいでしょうか?

話は変わりますが、先日「携帯用の画像」を送って頂き活用させて頂いていますが、今日は「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」のバナーを送っていただきました。

あんじチョコのハムスターパーク」のあんじちょこさんからです。
本当にいつもこんな嬉しいお便りばかりだとありがたいのですが・・・。

吉川友梨ちゃん捜索の輪!のバナーです。
リンクバナーとしてご利用下さい。
但し、サーバーの負担になりますので直リンク禁止です。
このバナーはあんじチョコのハムスターパーク
あんじチョコ様から送って頂きました。

早速友梨ちゃん関連ページすべてで使わせていただきました。

本当にありがとうございます。

そして今81*33のバナーも送っていただきました。
これはトップページで使わせていただきます。


2003年10月9日

今日例の人から掲示板に書き込みがありました。

メールではなくわざわざこっちの掲示板に書き込むのは何故でしょうか?
良く言えば皆にお詫びを言いたかった。悪く言えば自分に非はないことを言いたかった。
でもココは友梨ちゃんのサイトとは別のサイトです。
メールするのが普通だと思いますが・・・・。

「吉川ゆりちゃんを探しています!」のページの「加工は自由」をすべてのページが加工OKと誤解したように書いていましたが、それなら何故「ご意見・中傷はご遠慮下さい」と書いていたか?

本当に誤解なのか?確信なのか?

私はその人と1度もメールのやり取りすらした事がないのでその人の性格・気性を知りませんので何とも言えませんが・・・。

でも今回のことで沢山の方からメールを頂きましたが一人だけその人と同じ解釈の人がいました。

何十人の中の一人でもそう解釈する人がいる以上表現方法を変えた方が良いかもしれません。

何れにしろ自分のサイトのそれもトップページが他人のサイトに加工されてくっついているのは嫌なものです。

2003年10月7日

残念ですが、一旦吉川友梨ちゃんのページを変更しました。

今日の午後11時までに削除をするよう警告していたのですが、時間まで待つ事もないと思い10時45分頃削除されていないのを確認して、即実行しました。

今まで3ヶ月以上本当に沢山の方から「リンク協力の申し出」などを頂き活動も徐々に広がっていたのですが・・・。残念です。

現在のリンクからはまったく飛べなくなりました。
リンクの先には「善意の名を借りた悪質なサイト」があるだけです。
壁紙も悪質っぽくしたかったのですが・・。

こんなことはしたくなかったのですが・・・。
皆様ごめんなさい。

2003年10月6日

昨日からしょうもない事で時間を取られています。

私が最初に見つけた不正行為を黙認したのがそもそもの間違いでした。
友梨ちゃん関連ページには告知はしたのですが今のところ連絡はないです。
一応タイムリミットを決めたのでそれまでには何かアクションを起こすとは思うのですが、どうでしょうね?

HPを初めてもうすぐ1年になりますが今まで本当に沢山のそれもマナーも良識もある方ばかりと知り合えたのは偶然なんでしょうか?

よくアラシとかの話を聞きますがBBSでもたまにSOHOの書き込みがある位で楽しく過ごさせて頂いております。

やはりネットには魔物がいるんでしょうね!!それも常識のない魔物が・・。

2003年10月5日

今日「WEB学術架空都市 キシノポリス」の管理人様から「吉川友梨ちゃんの携帯用画像」が送られてきました。

友梨ちゃんが無事見つかるよう皆さんがいろいろ考えてくれているのが本当に嬉しく思います。

友梨ちゃん捜索の携帯サイトがないので「友梨ちゃん関連サイト」にアップしました。
携帯の待ち受け画面や友人・知人に転送していつでも見てもらえるようにご協力お願いします。
早急に携帯用サイトを立ち上げるつもりですが・・・・。

携帯電話用画像です。
待ち受け画面やお友達に転送してご利用下さい

但し、画像を送信する場合は相手の同意を得てから行って下さい

画像はWEB学術空間都市 キシノポリス
岸様が作ってくれました。


で、先程急遽携帯用サイトを立ち上げました。
でも画像が上手く表示出来ないです。私の携帯が古いのかサイトの作り方に問題がある
のかわかりませんが、「吉川友梨ちゃん捜索!」(携帯版)です。

2003年10月5日(2)

悲しいお知らせです。

現在私が管理している「ゆりちゃん関連ページ」が最近不正加工・未承諾加工が目立っています。

皆さん心よりゆりちゃんの事を心配してリンク協力して頂いているのを踏みにじる行為だと思います。いやそれ以前にネットの世界の常識が無いとしか言いようの無い行為です。
「吉川ゆりちゃんを探しています!」のページはリンク・加工フリーのクレジットを入れていますが、「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」はフリーにしていません。
それを勝手に使っておきながらおまけに加工フリーの書き込みや
※尚このページの加工に関してのご意見、中傷等はご遠慮下さい。と但し書きまでする始末です。
人が作ったものを不正流用してこの言いぐさはどうなんでしょう?

連絡先がわかればメールで連絡するのですが方法がわからないのであえて「ゆりちゃん」のページで告知しました。

こんな人はHP作る資格はないでしょうね。

今までこの活動をしていて初めて悲しい思いと侮辱を受けた思いです。

2003年10月4日

ゆりちゃんのページを登録している検索エンジンの「フェニックスサーチ」のトップページに「吉川ゆりちゃんを探しています」のリンクが貼られているのを今日見つけました。
個人サイトや個人の商用サイト、公共のサイトでのリンク協力も嬉しいですが、このような「検索サイト」でのリンク協力は本当に感謝の気持ちで一杯です。
個人運営ではないので多分担当者の方が上司の了解を得て貼ってくれていると思います。
あと「ファミリー共済」「こうべNetページ」のトップページにも「吉川友梨ちゃん捜索の輪!」のリンク、バナーを貼って頂いております。
こちらも個人運営ではないのに本当に企業として協力して頂き本当に感謝しております。

リンク協力の申し出のメールや掲示板への書き込みもよく頂きます。
人知れず貼って頂いているサイト様も結構多いので解析や検索で調べて「ゆりちゃんの輪!!」で紹介させて頂いております。

無関心と言われるこの時代の中でこれだけ多くの方に協力していただき本当にありがとうございます。

2003年9月30日

昨日のテレビの余波で今日もゆりちゃん関連ページのアクセス数は多いです。

ココは相変わらずのマイペースで推移していますが・・・・。
ゆりちゃん関連ページのアクセス数は今日は約1,300です。
改めて「テレビの影響力」には驚かされます。
現在「ゆりちゃんの輪!!」のリンク協力も90サイト様を超え、別にページを加工して自分のサイトにアップしているのも加えると100サイトを越えたと思います。

中でも圧巻なのは「吉川友梨ちゃん捜査の輪!!」です。
こっちは私が作った元祖「吉川友梨ちゃん捜索の輪!!」のページです。
すごいと思いません?

普通は絶対やらないことですが今回はいかに訴求するかですので、アップされた方も協力しようとする気持ちがあってのことだと思いますが、見つけた時はびっくりしました

このようにして「リンク協力の輪」は確実に広がっています。

2003年9月29日

今日テレビ朝日系列で午後7時から「TVのチカラ」が放送されました。

5月から行方不明になっている「吉川友梨ちゃん」の行方を超能力で探すと言う内容です。
昨日「JUSUMINE」のちいちい様からも連絡があり期待していました。

生憎家に帰ったのは番組の終わりの方だったので嫁から内容を聞きました。
3人の超能力者が透視をし最初の2人は友梨ちゃんは既に死んでいると言ってましたが最後のロシアのグラバヴォイ氏だけは「今も生きている」と言っていました。

親御さんもグラバヴォイ氏の透視を信じてこれからも頑張ってほしいと思います。

私もゆりちゃんは何処かで監禁されてるように思いますので本当に早く見つかってほしいと思っています。

現在「友梨ちゃん関連ページ」を運営しているのですが、関連4ページのアクセス数は9時から10時の1時間だけで1,215アクセスありました。
普段は多い日でも300アクセス、少ない日で100アクセスですのでテレビの影響力には驚いてしまいます。
今日のトータルは11時35分現在で2,072アクセスありました。

ややもすれば忘れがちなこの世の中で既に忘れ去られた事件も多いように思います。
テレビ、新聞、webとあらゆるメディアを使ってこの事件を風化させないようにしていってもらいたいものです。


「吉川友梨ちゃん捜索の輪!!」
「吉川ゆりちゃんを探しています!」
「ゆりちゃんの輪!!」
「ゆりちゃん捜索の近況情報!」

2003年9月2日

「ゆりちゃんの輪!!」のリンク協力が増えています。
スタートしたのは7月22日で、その時のリンク数は16サイト、7月末で26サイトでした。
今日数えると66サイトに増えていました。
翔犬社さんの「尋ね人」や他のリンクを併せるとトータル195サイトの輪になりました。

皆様本当にありがとうございます。

ゆりちゃんの消息は未だわかっていませんが活動を続けていけば必ず有力な情報がもたらされると信じています。
地元ではチラシ配りも継続して行われています。
webの世界でもあちらこちらの掲示板に協力のお願いの書き込みをしている方もいらっしゃいます。

皆自分に出来ることを精一杯やってくれています。

2003年8月29日

今日「ゆりちゃん」のポスター・チラシ用のファイルをアップしました。

先日の日記(22日)で「吉川友梨ちゃんのページをバイクに貼っても良いか?」とのメールを貰ったことを書きましたが、あのページを印刷すると写真が綺麗に出ないことがわかりました。
それで今日ワードで印刷用のファイルを作りました。
遠方の方や近くに住んでいても入手先がわからない方での手軽にご自宅で印刷して活用していただけると思います。

近くで見かけたポスターが破れていたり汚れているのがあれば新しいのと貼り替えて下さい。
そして目に付くところに貼って頂けるようお願いして下さい。

宜しくお願いします。

吉川ゆりちゃんを探しています!(印刷用)

2003年8月22日

昨日・今日で「吉川ゆりちゃん」の件でメールが3件ありました。

昨日のメールは名前も何もわからない方からでしたが「自分のバイクにポスターを貼ってもいいか?」との内容でした。
本当に心やさしい方が沢山いてこちらが恐縮することばかりです。

今日は「ゆりちゃん」のお友達のお母さんからでした。
本当に地元(知り合い・お友達)では皆さん相当憔悴していらっしゃる姿が文章から読み取れます。

事件の方も少しは手掛かりらしいものも見つかっているようですがいまだ有力情報には結びついていないようです。

明日・明後日「24時間テレビ」があります。
娘は明日チャリティに参加してダンスを踊るとの事。

小さな事でも自分に出来る事をやるのは良いことだと思います。

2003年8月18日

今日の読売新聞の朝刊に「吉川ゆりちゃん」の記事が載っていました。

新聞で報道されるとその影響で「吉川ゆりちゃんを探しています!」のページへのアクセス数が極端に増えます。

webの世界は世界中に繋がっていてすばらしい情報網と言われますが、影響力はテレビ・新聞には及ばないようです。
報道関係は一般大衆に向けて情報を発信します。
テレビのチャンネルを回すといろんな情報が飛び込んできます。
新聞の紙面を捲ると大きな見出しが目に飛びこんで来ます。

Webは自分が必要とている情報を自分で探しにいかなければいけません。

Webの世界の情報は必要な時に必要な情報を見るという個人主導のメディアです。
それが必要な情報になるには報道関係(テレビ・新聞)の後押しが無いと弱いです。

今日共同通信社様の取材を受けました。
記事が出ることで少しでも「ゆりちゃん捜索」に関心を持っていただきたいと思い協力させていただきました。

ゆりちゃんが無事帰ってくるその日まで「ゆりちゃんの輪!!」活動を続けていきたいと思います。

2003年8月14日

何気なくメールチェックをすると、共同通信社の記者の方からメールが入ってました。
「吉川ゆりちゃん」の件についてです。

<以下メールの内容>

共同通信で記者をしている○○と申します。突然メールを送りましたこと、非礼をお許しください。
私は現在、大阪府警の担当で、友梨ちゃんの事件を取材しています。ネットで検索していたところ、たまたまこのホームページを見つけました。

失跡から間もなく3カ月になりますが、有力な手掛かりがなく、捜査は暗礁に乗り上げているようです。
記事を配信できれば、情報提供を促すのに少しはお役に立てるかもしれません。
そこで、ネットでの支援状況を取材させていただけないでしょうか。
いきなり勝手なお願いで恐縮ですが、取材の趣旨をかんがみ、ご協力ください。
メールか携帯にご連絡いただけたら幸甚です。よろしくお願いします。

共同通信社大阪社会部
記者 ○○○○   電話**-****-**** 携帯***-****-****

<引用終わり>

先日産経新聞の記者の方からも同じようなメールが入りメールで返信しました。
何人かに取材をしたようでその内容は新聞にも載っていました。
マスコミで取り上げてくれれば関心を持つ人も多くなって情報提供を促すには一番良い方法だと思います。

最近新しい記事も見当たりませんので是非取り上げて頂きたいものです。

2003年8月4日

今朝私の掲示板に「はせちゃん」様から書き込みを頂き初めて知ったのですが、愛知県一宮市で2001年(平成13年)11月12日から佐野由香利ちゃん(11歳)が行方不明になっているそうです。

あと3ヶ月で2年になりますが、検索サイトで調べたら行方不明から一年近くの記事が出てくるだけで最新の記事・情報がありませんでした。
継続してリンクを貼っているサイト様もいるようですが非常に少ないのが現状です。

当サイトで追って情報提供の呼びかけをしたいと思いますが取り急ぎ関連サイト情報だけリンクします。

http://www.pref.aichi.jp/police/fumei/ichinomiya.html

2003年8月1日

今日新しいページを作りました。
ゆりちゃん捜索の近況情報!」です、最近マスコミの露出度も少なくなり風化が心配です。検索しても新旧混在のため今の状況がわかりにくいのが現状です。

勝手に記事・写真をコピペしていますので、ちょっとまずいかもしれませんね。

2003年7月31日

「ゆりちゃんの輪!!」も皆様のご支援で26サイト27ページになりました。
今日「翔犬社」様を(「ゆりちゃんを探しています!」を加工して使用して頂いているサイト様)の欄に移行しました。

「翔犬社」様は以前から「尋ね人」なるページで行方不明の方への呼びかけなどを行っていてすでに成果もでております。

このページのリンク数も70サイト様を超え非常に大きな「輪」になっています。
今回別で呼びかけているサイト様も「ゆりちゃんの輪!!」に追加しようと思います。

トータルで100サイトを超えると思います。

2003年7月23日

6月24日に「吉川ゆりちゃんを探しています!」をアップして1ヶ月がたちました。

協力してくださっているサイト様も今日で16サイト(17ページ)になりました。
ゆりちゃんが行方不明になって2ヶ月以上経過し本当に心配です。
ページにアクセスしていただく件数も昨日が124件、一昨日が165件でした。
時間かたてば風化してしまう事件が多いですがゆりちゃんが見つかるまでこの活動は続けていきたいと思います。
そしてもっと多くの方に関心を持っていただき、手掛かりになる情報を待ちたいと思います。

2003年7月19日

一昨日産経新聞の記者の方からメールを頂きました。

5月から行方不明になっている「吉川ゆりちゃん」のことをサイトで協力のお願いをしている件についてです。

沢山の方に関心を持っていただきたいと思いその内容を紹介します。


<以下メールの内容・原文のまま(お名前・電話番号は伏せています)>

はじめまして
産経新聞社社会部のSと申します。
熊取町の吉川友梨ちゃんの捜索について担当している記者です。
友梨ちゃんの捜索がネットの世界でもひろがっているというような記事をかいています。
貴方もスタートページでアップしているのですが、どのような経緯でアップしたか取材したいのです。
できれば、メールを返信していただくかこちらの方まで連絡をいただけないでしょうか
産経新聞大阪府警記者クラブ(**−****−****)
折り返し、こちらから連絡します
よろしくお願いします

<引用終わり>

それで私の気持ちを書いてメールを返信しました。

<返信したメールの内容>


お問い合わせの件ですが、私には6歳と14歳の子供がいます。
もし、自分の子供が行方不明になったらと思うと親御さんの心中が痛いほどわかります。
それと「ゆりちゃん」の写真を見ていると自分の娘のような錯覚に陥りました。

アップする少し前に熊取町近くのGSでトイレを借りた時に張り紙を見ました。
地元の人も少しでも役に立ちたいと協力している姿を見て少しでもお役にたてればと思いサイトで呼びかけることにしました。

目撃情報があまりにも少ないこの事件で当局並びに関係者の方々が情報をどれほど必要としているかよくわかります。
本当は現地まで出向いて捜索活動の協力をしたいところですがなかなか実行に移せませんのでwebの世界で微力ながら情報を呼びかけました。
リンクを貼って頂いているサイト様もあるようです。

特に子供が関係する事件を目にすることが非常に多くなったような気がします。
多分子供がいなければこんな気持ちにはならないと思いますが・・・・。

<引用終わり>

その後改めてS氏からの返信

<返信の内容>

早々の返事、本当にありがとうございます。
この事件(まだ、事件と断定できませんが)は本当に情報が乏しく、私も現場を通るたびに不思議な感覚につつまれます。

友梨ちゃんは賢い女の子で決して、人についていくような子ではありません。
寄り道もしないでまっすぐに家に帰るのです
しかも、友梨ちゃんが歩いていた100メートル先には親子が同じ方向を歩いていました。
そして150メートル先には、ペンキやさんが作業をしていました。
しかし、だれも友梨ちゃんの悲鳴を聞いたり、異変に気づいたものはいません。

平日の午後三時というのは、決して誰にも気づかれず人を連れ去るには難しい時間帯です。
そして、現場の道路は地元以外の人たちはあまり利用しない場所です。

友梨ちゃんはどこにいったでしょうか。生きていてほしい私たちも祈りながら、地を這うような取材を続けています。

コメントありがとうございました。
掲載予定は7月18日産経新聞夕刊です。

産経新聞社社会部 S

<引用終わり>

2003年6月24日

5月20日行方不明になった「吉川ゆりちゃん(9才)」が消息がわからないまま1ヶ月が経ちました。

ゆりちゃんの安否も気がかりですし、同じ子供を持つ親として親御さんの心中を察すると胸が張り裂ける思いです。

私に何か出来ないものかと考えサイトで「情報提供」を呼びかけることにしました。
少しでも多くの方に見ていただき有力な情報が寄せられることを願っています。
そして早く見つかってほしいものです。

「吉川ゆりちゃん」を探しています!



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